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2007年2月28日 (水)

アグファ スカラー200X

   Imgp1551

先日の珠海行きで見慣れない中国製モノクロフィルムを発見した。中国製モノクロフィルムというと楽凱の「ラッキーパン」が有名だけれども、公元の「ERA100」と言うフィルムで「公元」がメーカー名なのかフィルム名なのかも解らない。それで、その場に有った4つのフィルムを全て拾って、更に20本注文したのだけれども、卸業者が取り扱いを止めてしまったと言うので手に入れることは出来なかった。そう言えば、件の「ラッキーパン」だって2006年1月に北京中を探したけれども見つからなかったから、日本国内で現地価格とはかけ離れた価格帯で発売されていても仕方がないな。

Imgp2201_1  帰国後、早速そのフィルムを使いたかったのだけれども、未着手のネガが大量にある上に妻の大号令で手持ちのカメラを大粛清するためにネットオークションの掲示画像を整理しなければで時間が無い。そこで思い出したのがめだか猫殿の名前だ。氏は拙僧の稚ブログに付き合っていただく心の広い方なのだけれども、それだけではなく、拙僧のようにコシナの自己完結ズームをとりあえず動くことを確認して笑ってから家庭内ジャンク箱にほおりこむのではなく、意欲的に作品をコンテンツに掲載なさっている。変り種のフィルムを託すには最適だと思いフィルムを送りつけた。自分で撮影する時間が無いからといってフィルムを押し付けるなどと言う迷惑はちょっと他には無いな。

 それで、ネットオークション用の撮影や画像の整理に憔悴しきっていると、突然1本のフィルムが到着した。なんと、めだか猫殿がアグファのスカラー200Xを譲ってくれたのである。予想しなかったプレゼントに疲れも吹き飛びました。

 アグファのスカラー200Xは世にも珍しいモノクロのポジで、その硬調な描写をあえて女性ポートレイトに使ってみたいなどと思っているうちにアグファ自体がなくなってしまい、悔しい思いをしていたのでした。こんな形で願いが叶うとは思いませんでした。ありがとうございます>めだか猫殿。

 問題はもったいなくて使えないところなんですが、うかうかしていると現像も出来なくなってしまうでしょうから、今度こそ先送りを防がねば。

 カメラは買ったのかなあ・・・。

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2007年2月25日 (日)

エプソン フィルムスキャナー FS-1200WINS

Dscn3591  SCSIって知っているかい?(元)UNIX屋の拙僧も修行時代にはWindows95の仕事もしていたし、元々工業高校でメカトロニクスを専攻していたからなじみのある規格ではあった。ざっくり言うと、芋づる式に周辺機器を複数接続できる、クールなバス規格なのだ。まあ、RS232Cやプリンターポートと見た目は変わらない。拙僧が自前でパソコンを買えるようになった1995年だか1996年だかにフラットヘッドスキャナーを買うときには、SCSI物とUSB物のどちらを選ぶかで相当悩んだ。確かUSBは、まだ1.0でSCSIの方が転送速度が速くて有利だとパソコン通信上で言われていたのだ。現在ではリサイクルショップのジャンクコーナーで380円とかで転がっている黄昏物のプリンタやスキャナーが全てSCSIなのだから、世は一瞬先は闇だなあ。ちなみにSCSIは「すかじー」と発音して、どこか日産の「スカG」を思わせて語感の良いものであった。

Image2  

 それで、「これじゃマックでチーズバーガーにポテトもコーラも付けられねえよ。」という値段で越冬ツバメを歌っているSCSI浪人を何時か雇ってやりたいと拙僧も思っていた。しかし、PC周辺機器はカメラに比べても遥かに嵩張るので妻の逆鱗に触れるのは目に見えている。それに、型落ちのWindowsMEを搭載したダイナブックだって流石にSCSIポートなんて付いていない。周辺機器は捨て値だけれども、SCSIのPCカードそのものは結構な値段がするので、どっちを選ぶかと言えばやっぱり5000円のクールピクス950を選んでしまうのは仕方がないな。

Image3_2  っと、ここまでは2004年前後の話である。あちこちで書き散らしているけど2006年は激動の年で、銀塩カメラもデジ一眼も価格が暴落した。粘っていたのが300万画素以上のコンパクトデジカメなのだけれども、これもSDカードとxDカードの価格差が致命的になってきたのでフジやオリンパスの物は変動がありそうな気がする。いや、価格の暴落はカメラだけでは無かった。なんとエプソンのフィルムスキャナーが105円で転がっていたのである。それも電源コードとフィルムアダプターとSCSIケーブル付き。これには拙僧も衝撃を受けた。ちょうど980円で「遊び用クラノートPC」を入手して間もなかったから速ゲット。ついでに例の近所のリサイクルショップでSCSIのPCカードも購入した。これも980円で保証付き。一番、難航したのがPCカードのポートとフィルムスキャナ側のポートを結合する両側がオスのアダプターの捜索だったのだけれど、これもリサイクルショップのジャンク籠を端からひっくり返して探し出したな。3時間も暴れまくってブツのプライスタグは50円。こういうのは有効な時間の消化の仕方なのだろうか。高尾山の登山よりよっぽどっ達成感が有りましたぞ。

Image11  っで、取り込んだカラーネガの画像がこんな具合。この程度の画質が実用になるかどうかは意見が分かれるかもしれませんが、なんて言ったって105円ですぜえ。世の中はデフレなのかしら。

 カメラは買っていませぬ。なんと立派な夫なのだろう。無職なのがちと寒い。

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2007年2月23日 (金)

アドテック CD-RWディスクドライブ

Dscn3392  さて、当局の陰謀にて地下に潜る事になった特攻野郎FMVだが、何時までも燻ぶっているようなクラノートPCじゃない。一通り動くことを確認した時点で、今更CDドライブが未搭載だと気づいた。こいつはうっかりだったよ、お富さん。もっとも、ジャンク物クラデジカメはメーカーが気を利かせてHP上で転送ソフトを公開していなければ使うことは出来ないので、そういう場合はメインPCでダウンロードしたファイルをFDなりスマートメディアなりにコピーすればいいから、取り立ててCDドライブが必要な訳ではないのだけれども、拙僧は工業製品に思い入れをしてしまうタイプなので何とかシステムを完成させたくなってしまうのだ。それが非力だったり未熟な工業製品の方が思い入れが強くなってしまうのは、己を投影してしまう一種の病気なのだけれども、拙僧の場合は本当に手帳が発行されてしまったので、どこまで冗談で済ませてしまえるのか自分でも解らないな。

Dscn3394  兎も角、件のリサイクルショップに走った。ジャンクコーナーを丹念にひっくり返してもCDドライブを搭載してまともに動きそうな物件は見当たらなかったので、まあ、先の買い物はまんざら間違いではなさそうだ。とりあえずジャンクコーナーには動きそうなCDドライブが無かったので普通の中古コーナーへ転戦したら、保障つきのCD-RWドライブの1セットが2980円で転がっていた。アドテックというメーカーは全く聞き覚えがなかったが、この種のPC周辺機器メーカーや商社は履いて捨てるほど在るけれども、どうせ組み立てている工場は同じだろうから気にならなかった。それより付属ソフトがWindows98に対応しているかが重要だけれども、それは問題なかった。もっとも、今時、外付け式のCDドライブなんて無いだろうからリサイクルショップで転がっているものは大抵大丈夫だろうけれども、うっかりWindows95にしか対応していない物を掴むとも限らない。値段がちょっと高めだけれども、別のハードオフではジャンク物が1980円で転がっていたから、保障付なら妥当な線か?アンダー1000円以下の博打を打つ手もあるけど、その日は疲れていたので楽を金で買うことにした。

Dscn3396  物件はちゃんと認識して付属ソフトも正常に動くようだった。ところで、こいつはよくよく観察してみると、見慣れた380円とか580円の枯れススキ物にモダンなガワを被せただけのように見えてきた。何度か「寂れたリサイクルショップ」と紹介してきたけれども、実はあの店は去年の秋頃までは本当にぺんぺん草も生えないような店だったのだけれども、突然モダンな店構えに生まれ変わったのだ。しかも、そのポリシーはハードオフのそれと瓜二つ。そういえば、あの店のスキンヘッドの店長は1~2年前に燐市のハードオフで見たような気がする。そうだ、思い出したけどそのハードオフには履いて捨てるほどノートパソコンが折り重なっていたのだけど、ある日突然底払いしたのだ。その時期はあの店のリニューアルと重なるかもしれない。もしかしたら、あの店の折り重なるジャンクノートパソコンは元々ハードオフに転がっていた物なのだろうか?あのハードオフの店長は中々食えない人物だったから、もし同一人物だとすると気を引き締める必要があるな。

 まあ、そうは言ってもサブPCシステムが一揃え出来たのでよい気分である。今回もカメラは買っていない。大体、連日カメラを買い漁るのが異常なのであって、拙僧の厄介な病気も回復傾向にあるな(そうか?)。

 Maybe you can call that the FMV。

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2007年2月20日 (火)

富士通 FMV-6266NU3/W

Dscn3389 拙僧がクラシックデジカメ闘争というインパール攻略戦のような絶望的な戦いを展開しているのは皆さんもご存知だと思うのだけれども、「今度はクラシックノートパソコンか、お気の毒に・・・」と思われるのはしばしお待ちいただきたい。

 クラシックデジカメも初期の物件になると撮影画像を内蔵メモリに蓄積して、シリアルケーブルでPCに接続して転送する必要があるのだ。WindowsMeの時代では、それでもRS232C->USB変換ケーブルで何とか転送できたのだけれども、WindowsXPになると変換ケーブルも認識しないし、そもそも転送ソフトがXPで走らないので事実上運用できなくなってしまう。今までは電源を投入後、3~5回に1度はそれなりに動くWindowsMeを搭載したダイナブックを騙し騙し使っていたのだけれども、流石にもうそろそろどうにもならなくなりそうなのであった。勿論、「そろそろ、180円で買った10万画素のデジカメで貴重な人生を削るのは止めたら?」との意見は正当性のあるものなのだけれども、拙僧は病気なのでしかたが無いのだ。台湾沖航空戦で大勝利と言ってしまったので、それが間違いでしたと言えなくなってしまった愚将のようだな。その結果、どのような悲惨な歴史を招いてしまったかは知っているのだけれども・・・。

Dscn3391  本来ならWindowsMeが走るブツを手に入れたいところだけれども、流石に1万円以下では入手困難なのでこの辺りは妥協した。まあ、大抵のクラデジカメはWindowsMe時代になった頃には外部媒体を導入しているので問題は無かろう。流石の拙僧も「保障はしないけど、とりあえずWindows98は動くみたい」とプライスタグに書かれたジャンクノートパソコンを、別売りACアダプター込みで限りなく6000円に近い金額で拾うのは躊躇した。けれども、最終的にこれだと思わされたのはPCカードスロットに64MBのスマートメディアの入ったアダプターが挿入されていたのだ。64MBのスマートメディアは中古市場では2500円はするだろう。そうしたら、ノートパソコンの価格は3500円相当となる。これで大義名分は出来た。いや、どちらかと言うと拡大路線の制止を無視した関東軍の暴走かな。どうやら、前オーナーはフォークリフトオペレーターだったらしい。だから、前オーナーもお店サイドも個人情報は消しておいた方が良いと思うんだけど。ちなみに前オーナーはエプソンとキヤノンのデジカメを使って、最終的にパナのFZシリーズを買うに至ってWindows98に見切りをつけたようだ。つまりそういう付属ソフトがバンドルされていたのだけれども、まさかあの店の店員はディスクトップのショートカットキーを消しただけでソフトが削除できたと勘違いしたのだろうか?あの店は大丈夫なのか?しかし、FZシリーズを手に入れるまでこのクラシックノートパソコンを使っていたとは物持ちの良いオーナーである。    

 今回もカメラは買っていない。妻との約束は守っているのだ。非常に清々しい気分である。勿論、ノートパソコンは妻の目の届かない所にしまってあります。いやいや、そう言えば北京の姪が拙僧のブログをたまに見ていると聞いたことがあるな。彼女は日本に興味があって、結構日本語も理解できるのだ。

 春香朋友。イ尓不要説姑姑、我買的東西。

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2007年2月16日 (金)

INX SDメモリーカード(1G)

Dscn3384 浜アユのポップなど無視してキタムラの中古コーナーに向かう。拙僧のいつもの習慣である。商品を無視して、とりあえずプライスタグだけを目で追ってしまうのは貧乏中古カメラ民族の悲しい性だな。

 それで1650円のプライスタグに目が止まった。そこで初めてブツを眺めるのだけれども、それは未開封のSDメモリカードの束だった。10個づつ、ゴムでくくった箱が2つ並んでいる。そして、そのSDメモリカードには「1G」と書いてあった。「1GのSDメモリカードが1650円?」、拙僧はプライスタグを見直して、それが隣の物件を示しているのではないことを確認する。プライスタグには「SDメモリカード」と書いてある。再び展示されていた箱の中を再確認する。やっぱり「1G」と書いてあった。早速、店員を呼んで「なんでこんなに安いの?」と聞いたら、「さあ~?」以上の回答を得られなかったのだけれども、兎に角、一つ買う事を宣言して手近のパナの12倍ズームに挿して撮影してみる。ちゃんと認識した。うわっ、本当に1GのSDメモリカードが1650円なんだあ!結局、拙僧は2つ買って、後日もう1つ買いました。

P1000900  別のキタムラではニコンの600万画素級デジカメのクールピクスL6が10500円だった。もしかして、これがデフレなのか?東京では普通なのかなあ。

 パナの12倍ズームの画像はたいしたことはないですね。ちなみに、ちゃんとカメラは買ってません。

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2007年2月13日 (火)

ミノルタ ディマージュRD3000

Imgp1618  今回の物件は本当に拾わなかったのですが、その生存の確認は非常に稀なので取り上げさせてもらいます。

 まだ、ニフティのフォーラムが活発に機能していた頃、αユーザは持てる資源を有効に活用できるデジ一眼を渇望していたのですが、それは中々叶わぬ夢でした。ところが、実際には1999年にレンズ交換式のデジ一眼をミノルタは発売していたのでした。それがディマージュRD3000なのであります。その当時の拙僧はデジカメに大して興味を持っていなかったので、コンシューマーにどのように評価されたのかは正確には知りませんが、その後、後裔機が現れなかったところからおよそ予想は出来ますね。

 150万画素級の受光素子を2つ並べて300万画素級の画像を出力する発想だけで、なかなかの難物であると想像できるのですが、決定的なのはVマウントなんですよね。Vマウントなんてなんだそれ?っという疑問は当然なのですが、どういう按配かミノルタはAPSの一眼レフを発売するにあたって、αマウントと互換性の無いVマウントを新規採用したのですね。ミノルタのAPS一眼レフカメラは、カメラの素性はまんざらでもなかったのですが、αのユーザーが手持ちのシステムを手放してまでも欲しいと思わせるほどでもなく、ましてやFユーザーやEFユーザーからすれば「ふーん」という評価なのでした。どうも、ミノルタというメーカーは考え落ちとか素っ頓狂な技術に手間をかけて、市場の反応はさっぱりという悪い癖があるようです。拙僧も、ファインダーを覗いて勝手にズーミングするAF一眼レフには驚きと同時にある種の同情が湧き上がってしまいましたな。

 そういうわけで、ディマージュRD3000はミノルタ者にとっても忘れかけた過去になっているのであります(多分)。っで、何で拾いもしなかったカメラを本ブログで取り上げたかと言うと、それがマカオの寂れたショウウィンドウに飾られていたからなんですよね。プライスタグは無かったのですけど、別に値段は聞きませんでした。ただ、異国の地で忘れ去られようとしているこのカメラを、せめて本邦で公開したかったのでありまする。

 APS一眼のレンズをデジ一眼に流用するという発想は別に悪くないと思うんですよね。拙僧はプロネアSのシステムを非常に高く評価をしていますから、プロネアSデジタルが発売されたら3年後くらいには中古で買っても良いと思います。IXニッコールだって、なかなか良くできてましたよ。ただ、ミノルタの場合はAPS一眼のマウントを独自にしてしまった時点で失敗してしまいましたな。そればかりではなく、ミノルタというメーカーは技術力は有っても、何かと割を食って実入りが少ない不遇な歴史もありますしね。軍幹部に「SONY」のロゴが引っ付いているαデジカメを見るたびに、複雑な心境になります。

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2007年2月 9日 (金)

コシナ AF ZOOM LENS 28-70/F3.5-4.8 (FDマウント)

Dscn3364  それで、「FDマウントのAFレンズが手に入ったと思ったら使えなかったワン」と笑っていられればよかったのだけれども、どうやら拙僧は神さまに嫌われているようだ。いや、僧籍を語っていて神様にすがるのは筋違いかもしれないけれども。もしかしたら、幼少期に寺の塀によじ登った際にお地蔵さんの頭を蹴ってしまったので罰を受けているのか?あれは不可抗力なので勘弁していただきたい。どなたか取り次いでいただけないだろうか?

 そんな訳でコシナの自己完結AFレンズに遭遇してしまった。皮肉なことにFDマウント。以前、同じようなOMマウントの望遠ズームを紹介したことがあるけど、今回は標準ズーム。それもモダンな28mmから始まるズームレンズだから実用性も期待できる、AF機能以外は。悩んでいるのはOMマウントの望遠ズームも全く使っていない上に、最近妻から徹底的に怒られてしまい、カメラは買わない宣言をしてしまったのだ。「レンズは約束していないよん」などと言う冗談は通じない雰囲気なのである。年末に縦170cm、横90cmの割と大柄な棚を買ったのだけれども、妻はその棚にカメラ・レンズが収まると思っていたらしいのだな。ところが、収まるどころか、棚に一杯のカメラ・レンズを押し込んでも家庭内ジャンク箱の中は減ったようにも見えない。既にネットオークションで30台以上も処分してこの有様だから、妻は激昂したな。当然である。ロクに稼ぎもしない旦那がゴミ同然の代物に金を注ぎ込んでいたのだから。同時期に同じようなコシナの自己完結AFズームを拾っためだか猫殿はちゃんと撮影してブログに作品を発表なさっている。妻も本当に使うのなら10万円でも20万円でも構わないが、使いもしない500円のカメラを10台買うのは止めてくれと言うのだ。いやはや、反論の余地は無い。

 なので、このレンズで本当に最後の打ち止めである。いや、実際には既に宣言を逸脱しているのだけれども、2000円のジャンク物が当日のみ半額セールで転がっていたら、これは拾うしかないではないか。電極がさびていたのだけれども、ヤスリがけしたら動くようになりました。

 と、言うわけで当面はカメラは買いません。レンズも映写機も買いません。別に今あるストックを紹介するだけで2年はブログのねたに尽きない訳だし。

 念のために言っておきますが、本ブログで掲載した値段は本当の値段で、妻の認識とは 若干のずれ があるので、ご配慮いただきたく候。

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2007年2月 5日 (月)

キヤノン AC 35-70mm 1:3.5-4.5

 岡田いさく(ださく)氏は自身の著書で帝国主義政権下の日本軍の開戦は「自分勝手な思い込みと、相手に対する無理解」によって行われたと述べている。勿論、氏の著書であるから、知的なユーモアで巧みに読み手に重さを感じさせないのだけれども、恐らくその通りだろう。じゃあ、戦後の日本が戦前とどの程度違うかを真剣に考えると、かなり悲観的な気分になってしまうな。「自分勝手な思い込みと、相手に対する無理解」は、我々個人レベルでも日常的な悲劇を招いてしまうものである。Dscn3368_2

 さて、これも成田からの帰りの途中で拾ってきたレンズである。一瞥して黎明期のAF一眼レフレンズだと解った。純正のFDマウント物を手に取ったのは初めてだけれども、ペンタックスのME-FやオリンパスのOM30のように専用レンズをつけるとAFが機能し、そうでないレンズをつけるとフォーカスエイドが利用できるMF一眼レフベースのカメラは知っていたからその類だと思った。義理兄がたしかフォーカスエイド機能の付いたキヤノンのAシリーズボディを持っていたから、あれに組み合わせればAFが機能するのだと思った。絞りリングが省略されているから、プログラムAEとシャッター優先AEにしか使えないなあとは思ったのだけれども、キヤノンは絞り優先AEをトロツキー並みに警戒していたから、さほど不自然だとは思わなかった。

 三河へ向かうついでに大佐殿と連帯し、新宿・中野・秋葉原などで闘争を行い、新幹線に乗った。阿呆が映写機まで担いで転戦したのは記述の通りである。っで、その際に「キヤノンのEOS登場以前のAFレンズ拾ったんすよ」とポロっと洩らしたら「ああ、あのT80用のね」と仰る。そのT80がソビエト製主力戦車を指しているのではない事ぐらいは拙僧も理解していたのだけれども、何せ戦闘疲労で頭が緩くなっていたから、それ以上の思考は停止した。そういえば件のレンズの外装はAシリーズというよりはTシリーズの位相のものだ。いやいや、今は路上でイラン人と価格交渉するのが先だ。Dscn3377_1

  結論から言うと、本レンズはやっぱりT80専用のAFレンズであった。まあ、折角だから義理兄のボディも借りてきたんだけれども、それはAL-1であった。じつは拙僧もAL-1は持っていたのだ。この1~2年で爆発的に増えたのがFL/FDマウント物だ。ボディは少なくても3台、レンズは確実に1ダース以上転がっているはずだけど、怖くて数えていないでやんす。それに、ここん所が重要なのだけれども、それらのボディやレンズは1度も実際に撮影に使った事はないのだ。妻が本ブログを見たら、本当に離婚宣言をされてしまうかもしれないな。そんな重要なことをネットで公開する、この快楽よ。拙僧は興味が無いのだけれども、浮気と言うのも、こういった快楽なのだろうか?

 T80と言ったらガスタービンの125mm滑空砲では無くてTシリーズのセミエントリーモデルのようだ。「セミ」というのは上位機種にはマルチモードAE搭載のT70があって、下位機種にはプログラムAEオンリーのT50があるのだけれども、T80ときたら別に任意の露出を設定できるわけではないのだけれども、さりとて単純にプログラムAEオンリーと言うわけでも無いらしいのだ。これ以上は拙僧は実物を見たことが無いので断定できないのだけれども、どうやら3~5種類のプログラムAEパターンを搭載していて、それはピクトグラフ(絵文字)から選択するらしいのだけれども、多分、今時の一眼レフにも搭載しているポートレイトモードやらスポーツモードやらから任意のシーンを選択できるということなのだと思われる。ついでに言うと、AF性能は殆ど実用にならないレベルだそうだ。これで登場時はα7000と同じだと言うから、一種の悲劇ではある。

 ところで、拙宅の隣接する市に義理兄の細君の弟さん夫婦が住んでいて、その弟さんがAE-1プログラムを持っていて「2万で譲ります」などと言うので笑って誤魔化したのだけれども、帰りの車中で妻が「あのカメラは幾らぐらいなの?」と聞いたのだ。それで「まあ、露出計とシャッター速度は正常みたいだけれども、シャッターに泣きが出ているから高くても買取で2000円くらいかな」と答えたら、「結構高いねえ、それなら売値は5800円くらいだね。」と言うのだ。拙僧は一瞬背筋が凍りついた。そういえば、妻は職場で工場の原価計算や利益計画をしているから、工業製品の利潤については3年前とは比べ物にならないほど詳しくなっているのだ。年末の掃除であまりのカメラやレンズの多さを目の当たりにして本気で怒られてしまったのだけれども、その商品価値を正確に把握するようになったら、かなり都合が悪いな。いや、勿論、悪いのは拙僧の方なのだけれども。

 「自分勝手な思い込みと、相手に対する無理解」は、我々個人レベルでも日常的な悲劇を招いてしまうものである。

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2007年2月 1日 (木)

ニコン クールピクス2500

Img_8584  拙僧の手持ちの陣営で最も稼働率が高いのはパワーショットA10だ。3倍ズーム付きの130万画素級デジカメで、キヤノンとしても本命のIXYデジタルシリーズでは切れ味が強すぎて、いままで何の疑問も抱かずにオートボーイを使っていた中高年の方々向けに安く作ったものである。したがって、画質は平均以上だが操作系はオートボーイを踏襲している。つまりユーザーに余計なボタンを押させないように小さなボタンをフィクスしている。

 どちらかというと外へ出すよりは三脚の上に乗っている時間のほうが長かった。つまり、コンテンツ作成用のブツ撮りに使っていたのである。そうなれば130万画素級どころか、一番小さなサイズで撮影していた。それ程、マクロ撮影に向いているわけでもなく、小さなボタンをちまちま押すのも面倒ではあったが、慣れてしまえばどうと言う事は無かった。あえて付け加えれば蛍光灯下でのホワイトバランスの具合が良かったけれども、そんなデジカメなら他には幾つでもある。なのでデジカメは1リーグの野球チームを作るほど持っているけど、実際の撮影の殆どはパワーショットA10とファインピクスF401で用は足りていた。つまり、他のカメラは殆ど使わないと言うことであまりの馬鹿さ加減に自分で言ってて片腹痛いな。

Img_8600_1  ところが度重なる転倒にも耐え切れなくなったのかパワーショットA10の調子が悪くなった。やべえと思うほどの衝撃を受けてフリーズしたことも何度もあったが、どういう訳か自然治癒していたのでほっとしていたのだけれども、とうとうズーミングボタンの具合が悪くなってしまったのである。まあ、あれだけの災難を受けて、とりあえず撮影は出来るんだから大したものである。しかし、手持ちのデジカメの中でブツ撮り用として都合の良いデジカメがなかなかった。いかに拙僧がへぼな買い物をしているかを口外する様で恥ずかしいのだけれども、どれも帯に短し襷に流しなのである。ところが、意外なデジカメがその用途に適する事が解った。ニコンのクールピクス2500である。

 詳しい経緯はコンテンツで紹介しているので読んで頂きたい。クールピクス2500は、その登場時にはどちらかと言うと悪い評価をしていたのに、人間が成長すると良い部分が見えてくるものである。

 いや、成長はしていないな。家庭内ジャンク箱に溢れるカメラ郡を見れば。

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