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2007年5月30日 (水)

海鴎 4A

Haiou  大抵の方は「海鴎」というとこの2眼レフを思い浮かべるのではないでしょうか?実際には蛇腹ブローニー判や、かの有名な「紅旗」を製造したのも海鴎ブランドを持つ上海照相机ですね。本カメラについてはコンテンツを纏めてあるのでご覧ください。日本では「TEXER」のブランドで流通していたようですね。拙僧も新同品をフジヤで手に取った事がありますが、やはり日本の商社が介入するとクオリティの差は国内流通物とは比較にならないほど良かったですね。ヨドバシあたりは鳳凰に一杯食わされたみたいですけど。

Haiou_2  このカメラを北京で拾ったのは、もう6~7年前ですけど、丁度拙僧が写真趣味に傾倒する入り口に立っていた頃ですね。まだ、若かったですから、前日に北京から返ってきてテスト撮影もしていない本カメラで近所の娘さんをモデルに身内撮影会をしました。楽しかったですねえ。

Haiou_1  EOS1Vを構えるあんちゃんは、その後、拙僧の結婚式の撮影をしてくれたのですが、腕前はそんじょそこらの写真屋さんより遥かに上でしたねえ。大体、6畳の部屋にRZ672台にバルカー3灯ってのは素人離れしているわよねえ。丁度同じ時期に故郷の友人も結婚したのですが、その差は明らかでしたねえ。ああ、もしかしたらその友人も見ているかもしれないのか。すまぬよY同志。

Haiou_3  結婚式と言えばそもそも妻と知り合ったのも、この時の北京行きの中国国際航空の機内で席が隣り合ったからなのだ。そういう意味でも例え壊れてしまっても捨てられないカメラですな。今は妻の実父が使用していた文革時代の4Aも手元にあります。義理兄が所有していたものを口八丁で奪取したのだ。ソビエト物と同じように、年代が古い方が作りはしっかりしているみたいです。中国も大変な時代だったと思うんですけど、よくぞと拍手を贈りたいですね。4Aもオートマットの4Bも今も西単のデパートで売っていますけど、日本で程度の良い中古を探した方がずっと安くて信頼できますよん。

Make03  ちなみにこれがメイク中の妻をニコンFE+Newニッコール50mmF1.4で撮影したもの。自分の幼少期を撮影したニコンで妻を撮るというのはニコン者の末端としては感慨深いですなあ。フィルムはコダックのISO3200を使いました。思い返せば宝石のようなフィルムが星の数ほど輝いていたいい時代でしたなあ。

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2007年5月29日 (火)

ニコン D70

Image1a  っと、いう訳で大分後回しになってしまったのだけれども、拙僧の「痛恨の寝カメラ」はニコンD70なのですわい。価格とか購入経緯とかは秘密ね。とにかく、3週間ほど「カメラの村さ来」でバイトした金額未満としておくわあ。勿論、レンズまで手が回らないから手持ちのAFニッコール24~50mmを標準装備にするわあ。意外としっくりきていると思うんだけど自惚れかしら。

Dsc_0016  いきなり、某光学機器メーカーN社に勤めている先輩に「ああ、あの不良品」と言われてしまったけれども、別に気にしないわあ。本カメラが、いろいろとボロが出ている事は拙僧も知っていたから、入手したその日にニコンのサービスセンターに電話したら、次の日には宅配業者が引き取りに来たわあ。っで、その間の1日だけ屋外撮影したのだけれども、いいわよ、やっぱりFマウントを手にしているっているのは幸せな気分になるわよね。キムタクが同じことを言っているのが鼻持ちなら無いけど、拙僧も大人だから気にしないことにするわあ。

Dsc_0056  手に取るとずしりとした重さと縮緬外装がニコンの高位機を手にしているって充実感で幸せになるわよね。いつ頃からか知らないけど、クールピクス950も似たような旋盤とかフライス盤とか工作機器みたいな表面仕上げになっていたのよね。クールピクス950もニコンの看板を背負っていたカメラだから、入手した時の記憶がよみがえったわよ。ファインダーも光学プリズムじゃないらしいんだけど、最近の廉価デジ一眼に比べたらいい具合よ。AFもクレバーでさっくり合うわ。出来上がった画像をPCで眺めたらうっとりするわあ。ツライチでピントが合っているのがはっきり解るしねえ。本音を言うとMFでのピントの山は*istDLの方が掴み易いんだけど、別に気にならないわあ。所詮、実際に撮影に持ち出すのは*istDLなんだし、本カメラはサービスセンターから帰ってきてから、室内で陸ヤドカリや熱帯魚を撮影して遊んだけれども、屋外に出したことは一度もないし、バッテリーの再充電もまだした事は無いわあ。サービスセンターの明細には「異常無し」って書かれていたけれども、ちゃんとたまにフリーズしたりするわよ。まあ、バッテリーの抜き差しで復活するから気にしないわ。寝カメラだしね。

Imgp2711  でも、本当にFマウントのデジ一眼が手元にあるってのは幸せな気分よねえ。本皮のきれっぱしでオリジナルのストラップを作ったわあ。ボルトの位置で長さが変わるようにしてあるの。勿論、拙僧の作った物だから、ボルトの増し締めしないと不安な代物だけれども、別に寝カメラだから大した問題じゃないわよね。

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2007年5月25日 (金)

ニコン クールピクス775

Dscn4415  大佐殿のブログのデジカメ温故知新でアッパークラスのクールピクスとパワーショットのコンテンツを発信なさっているので、拙僧も対向してロワークラスのクールピクスとパワーショットの戦い、つまりナカタに対峙するクーピー一家の絶望的な戦いを「さらばラバウル」調ででっちあげようと思ったのだけれども、虚しい事に気づいたのよねえ。だって中国で一番人気のデジカメブランドと言えばソニーで、その広角側が38mmのサイバーショットよりアユの28mmの方が絶対に幸せよって拙僧自身が北京人の女子高生にプッシュしているんだから。ブラックエンペラーとホワイトナックルの仁義無き戦いを見ていたように語るほうが誰も傷つかないわよね。でも、彼の地でも「尼康(ニコン)」のブランドは「佳能(キ・・・)」に比べて遥かに効くらしいからちょっとはハートウォーミングな話よね。もっとも、それは自分が買うカメラでないというのが悲しいのよね。つまり、被写体としてFマウントの前に立つのは名誉だけれども、選択肢としてクールピクスは無いと言うことらしいのよね。なんとなく理解できるのも悲しさに輪をかけるわあ。

Dscn4506_2  そのクールピクス775も既に手放してしまったのでクールピクス885とIXYデジタル(初代)を比べてみたけれども、あまり意味が無かったわねえ。ラバウル調の与太話は例によってコンテンツを纏めたので見て欲しいですわい。

 クールピクス775っていいカメラでしたよ。これで単三型電池で動いたらクールピクス3100やらサイバーショットS75の方を先に処分したんですけどねえ。

 ああ・・、また「痛恨の寝カメラ」の紹介が先送りになったなあ。

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2007年5月17日 (木)

カラーネガフィルム

Mxzd0002 前回思わせぶりな発言をしておいて申訳ないのだけれども、知らない間に、かなり困った事態になってしまっていたので、拙僧の痛恨の一打は後回しにしてそちらを報告させていただきたい。
随分前から方々の写真・カメラコンテンツを賑わせていたいた通り、ダイソーの105円カラーネガが終了した。これを他河の火事だと思っていたのはキタムラでコニカミノルタのISO100のカラーネガが98円で転がっていたからなのだけれども、その頼みの綱のコニカミノルタまで消滅してしまったのだ。いや、150円のISO400の27毎撮りカラーネガは残っているので大抵の撮影は問題ないのだけれども、実は大きな落し穴があったのだ。それはハーフ判コンパクトカメラのテスト撮影なのである。
中古カメラ人民として覚醒してしまったからには、ハーフ判闘争は避けて通れない。未だにネットオークション方面では、リコーオートハーフ辺りで激戦が繰り広げられているけれども、一時期のハーフ判ブームも最近は落ちついたようで、コニカEYEやキヤノンデミ戦域は安定してきて拙僧でも手が届くようになってきた。実は最近、ハーフ判カメラがMYブームなのだ。とは言っても、所詮拙僧の手の届く物件は完動品という事はなく、露出計が壊れていたりするのだけれども、この頃のメーカーは手心が有ったので基本的にはEEカメラなんだけれども、シャッターは単速でもF値を設定できたりして撮影に使えないことも無いのだ。

ところが、困ったことにそういうマニアル絞りに設定すると大抵のハーフ判廉価カメラはシャッタースピードが1/30に固定されてしまうのだ。そうすると、幾らなんでもISO400のフィルムを詰めるのは辛い。気合があれば、中を開けてEEモード時の速度(大抵は1/125前後)に改造できないことは無いけれども、とりあえず巻き上げも絞りもシャッターも動くカメラを開けるのは忍びないし面倒なのだな。いや、本番撮影ならISO100のアクロスに400円払うのもやぶさかではないのだけれども、落札したばかりのテスト撮影に使うのはかなり抵抗があるのだ。この辺の財政事情は察していただけると思う。

Img_8345_1 悪いニュースはまだある。キタムラにレンブラントの葉書サイズを注文したら既に終了していると言うのだ。驚いてフジフィルムのHPを見たら印画紙の整理が予想以上のペースで進んでいるのである。レンブラントの特性も良い物ではあったが、唯一入手可能な葉書サイズだっただけにショックは大きい。もしかしたら、今でもイルフォードが年に一回だけ葉書サイズを作っているのかもしれないけれども、キタムラは中外写真製薬を取り扱っていないから安定的な供給が途絶えたことに変わりは無い。これは結構クリティカルなダメージだ。

では、拙僧がカラーネガを使っているかと言えば、殆ど使っていない。このGWの姪の来日でもモノクロやシングル8は消費したけれども、カラーネガはいい加減に使用期限が過ぎた110判を1本使っただけだ。写真を趣味と公言している拙僧がこの按配なのだから、最近聞かれるフジフィルムが感材部門を売却すると言う噂も聞き流せないな。

Rimg0002 そんな訳で、拙僧もとうとう自家現像に挑戦しようと思っているのだ。露出計の壊れたへっぽこカメラのテスト撮影のためというのが動機なのだから、車椅子で撮影なさったリヤリズム派のご年配の方々からは叱られてしまうかもしれないけれども、拙僧の稚ブログを見てくださる暖かい方々なら見逃していただけるだろう。幸い、失業中で時間は作れるからノウハウを蓄積するつもりですわ。

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2007年5月15日 (火)

ニコン クールピクス7600 その2

P1010046_2  家庭内紅衛兵による大粛清の嵐が現在も猛威を振るっている拙僧の軍管区なのだけれども、実は聖域が有った。それはニコンものだ。ニコンものは大号令が発せられてからもじわじわと増えてはいても決して減ってはいなかった。なんのかんのと言ってもニコンのネームバリューは市場で利くのだけれども、末端細胞とはいえ拙僧もニコン者の端くれなので「Nikon」の銘柄を手放すのを躊躇してしまう。

Dscn4344

 しかし、気づいたらこんな状態になっていた。実際にはクールピクス3100は別に部品取りボディがあるし、このクーピースタイル以外のクールピクスも半ダースは転がっているはずなので、流石に自分自身に灸を据えなければならないと思った。ドナドナの対象として選んだのはクールピクス7600だ。理由は「使わないから」ではない。「使わない」カメラなど、拙僧の家庭内ジャンク籠には幾つも転がっている。それに本カメラはまんざら使わないわけではない。珠海に行ったときもサブボディとして持参した。1月の抜けるような快晴下の北京でもスナップ撮影で被写体ブレしちゃう困った癖があるものの、作り出す画像は抜群だからだ。しかし、「兌換性」という走資派思考で本カメラを選択した。本カメラは拙僧が新品で購入した数少ないカメラであり、元箱からフルセットで揃っているのでそれなりの金額が付くはずだ。なんていったって700万画素級である。そして、それはその通りとなった。

Dscn4352_3  実は金策の必要に迫られる事情があったのであった。つまり、新しい別のニコンものを迎えていたのである。ちょこっと写っているのを確認していただけるであろうか?

 Stay tune!!

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2007年5月10日 (木)

楽凱 ラッキーパンSHD100(120判)

Image1_6   拙僧の稚ブログを読んでくださる方々も、北京の女子高生とブログ用で文通する34歳うつ男というのは奇異に思われるでしょう。拙僧だってそう思います。しかし、姪の彼女には北京や昆明で世話になった義理もあるので歓迎するにあたっては妻共々苦心し、また、楽しませてもらいました。その辺りのレポートもその内まとめたいのですが、まだ珠海のレポートも纏めてないのでいつになるやら。とりあえず、数寄屋橋のニコンハウスの前でツーショットを撮ると言うのは末端とは言えニコン者の義務を果たしたのではと思っているのですが、如何でしょう。

 今回の帰省は楽しかったことと悲しかったことの幅が大きかったですね。嬉しかったのは、やはり大佐殿に今回もお付き合いして頂いたこと。家族サービスでお忙しかったと思うのですが、ありがとうございました。もう、大佐殿と歩くと本当に笑える・・・じゃない珍品を発見するのよねえ。これも、そのうちレポートさせていただきます。

Dscn4397_5  さて、そろそろ話題を本題に戻したい。稚ブログを見て頂いている方々はご存知でしょうけれども、中国製モノクロフィルムの買付けとハンドキャリーを姪に頼んだのです。そしたら、120判が20本入った袋を2つ受け取りました。勿論、嬉しいんですがなんだか悪い取引をしているような錯覚を覚えたのは拙僧の精進の浅さからでしょう。確か、ライカ判を20本で120判を20本とお願いしたような気もするのですが、120判のほうが珍品なので很高興です。

Dscn4393_4  東京見物でブロニカを担いだので、当面は120判の撮影は後回しにして、複数の友人に押し付けて上がりを楽しもうと思ったのですが、最近、写真に熱心なSyari殿と知り合ったころもあって、啓発されて自分でちゃんと撮影してみる事にしました。カメラは落凱に敬意をしめして中国製二眼レフの海鴎を選択。これは妻が子供時代に義理父(他界)が愛用していたもので、ソビエト物と同様に年式の古いほうが作りはしっかりしています。このカメラは義理兄から借りたもので、当方も高年式のものを持っているのですが、出来は前者の方が遥かに良いですね。

Dscn4395_7  っで、これが現物。興味深いのは紅いインナーに包まれている点ですね。中国では特に紅色は縁起が良いとされていますから。箱の裏には現像特性が書いてありますが、アクロスをスーパーフジトールLで処理したときと同じような値ですね。何の注釈も無くフジに出しても大丈夫でしょう。ライカ判のときも大丈夫でしたから。Dscn4394_3

ところが、いきなり失敗してしまうんだなあ。大丈夫なのだろうか、俺? 

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2007年5月 8日 (火)

ニコン クールピクス2500 その2

 拙僧がニコンEMを(中古で)購入したとき。カメラブランド意識と言うのは殆ど無かった。だって、友人が勤めている旭光学と言う会社が「ペンタックス」というブランドのカメラを発売しているのを知ったのだって、ずっと後だったくらいだから。ただ、拙僧が小学校高学年辺りで父親がEOS630を購入し、そのお下がりとしてFEをぼとぼち触らせてもらえるようになったときに何となく「これは良い工業製品だ」と思った。だから、「ニコン=良いもの」と言う公式が脳に焼き付けられたのかもしれない。それが核心に至るのは別メーカー製の似たようなコンセプトの絞り優先AE専用機を手にしたときだ。それはEMに比べて明らかに安普請に作られていた。それはまだ「中古カメラ相場」などは知りもしない頃の話なので、その安普請が「価格相応の生活良品」だとは気づかなかったけれども、ぼちぼち「報道とニコン」とか「ちょっとピンボケ」など齧っていたから、「ニコンはローエンドでもニコンだ!!」とそれまでのトロキズムを放棄するに値したのである。まあ、安直な中古カメラ雑誌のステレオタイプのようなキャッチコピーではあるのだけれども、後にこの駄脳はロクでもない「根性焼き」ばかり焼き付ける事になるのだからせめてもの救いだな。勿論、ここでいう「良いもの」の傍らにはマイク真木ではなく、マ・クベ氏を立たせて欲しい。
 稚ブログを呼んでいただいている先輩諸氏の方々のご子息やご令嬢はそんなことはないと思うのだけれども、拙僧などは北米留学に完全に失敗してしまい、「自習」と称して図書館に引きこもるのだった。とは言っても英語なんてサッパリ解らないし解ろうともしないから「戦闘機」やら「単車」やら「スポーツカー」やらの写真が沢山載っている本を選ぶのだった。そこで我らのホンダ・アクティも世界のホンダの末端だと知る。あいつらが評価している日本車は「ハンダッ」だけなのだ。嘘だと思うなら、北米のそこそこの規模の都市ならかならずモーター・ミュージアムがあるから、ちょっと覗いてみるのをお勧めするな。必ず、モノクロのホンダドリームがマンTTを駆ける写真が飾られているから。実を言うと、連中が認めた日本車はもう一つある。それは「Z」だ。ただ、「Z」を意識する連中は字が読めない・・・じゃねえ、「Z」が紹介されているのは図書館にあるような立派な書籍ではなく、T-35みたいに厳重に武装しているキオスクで売っている、日本人の感覚だったらミスドのナプキンの方が金かかっているだろうと思えるようなぺらぺらの紙で製本された「俺様のコルベット」みたいな雑誌で、それには必ずといっていいほど「xx年モデルのコルベットはパーフェクトなコルベットとして蘇った。それはZと対等になったことを意味する」みたいな事が拙僧の英語力でも理解できるような解り易い英語でかかれている。今でもやっているのかどうかは知らないけれども「That’s70sShow」という70年代の米帝の生活をコミカルに描かれた帯のドラマ(?)があるんだけれども、そのパパは朝鮮戦争に従軍経験があって大の日本製品嫌いで愛車がコルベット。これが70年代のコルベットだから超カッコいいのよねえ。拙僧は詳しくないのでモデルとかわからないのだけれども。あれって北米人の「三丁目の夕日」だったりするのかねえ。

Imgp2313  ううっ・・・、前置きが長くなってしまったので大幅に端折ってしまうけど、既にブツ撮り用カメラとして本カメラを就役させたことは報告させてもらった。確か、その時に既に電池蓋の構造が不安だと洩らしたと思うのだけれども、やってしまいましたよ、三脚ごと足払い。そしたらねえ、やっぱり砕けたわあ電池蓋。でもねえ、それはまだいいんすよ。

Imgp2314  3脚ネジマウントがえぐれるっていうのは如何な物だろうか・・・。ニコンはローエンドでも「世界のニコン」じゃなかったのかよお。もう、拙僧は「ヤ」の字が大きいだの小さいだので大騒ぎする方々を笑えない。だって、パワーショットA10は前から後ろから足払い・上手投げ・内無双、散々転がしたけれども、「ボディを叩いてスイッチをONしなおす」程度の対処でルーデルのJu-87シュトーカに相当する死線をくぐって来たんだから。

 ちなみに、既に予備のボディを2台確保してあるので、その気になれば修復できるんですが、どうせまた倒すだろうからほおって置いています。ちなみにその予備の2台は2台共、クールピクスオーナーの悪夢、「システムエラー」を表示するのだ。トホホ。

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2007年5月 4日 (金)

東芝 ネオハルゲンミニ 12V50W

Dscn4312  拙僧の稚ブログにちょくちょく書き込んでくれる北京の姪はJ-POPや日本アニメーションのファンである。そういう娘さんは北京では珍しくない。「何がきっかけなんだろうねえ」と妻は不思議がるのだけれども、答えは非常に簡潔である。だって、日常的に中央電視台の6チャンネル辺りで日本アニメーションを放送しているのだから。十年も前に新疆ウィグル自治区のウルムチ市のホテルで「一休さん」が放映されているのでびっくりしたのだけれども、そのびっくりした理由は「珍念さん(漢字あっているのだろうか?)」の吹き替えが見事だったのだな。

 何かのサブカル誌で(多分、大塚英二辺りだろう)TVアニメーション世代の子供はアニメの登場人物に自分を投影すると説いていた。これは多分本当だろう。子供というのはヒーローを求めるものである。そういえばルパン三世パートⅡのテーマソングでは、英語で「皆、ヒーローを求めているのさ、俺みたいなね。」と唄っていた。その英文を解読できたのは30代を過ぎてからと言うのが我ながら呆れるな。拙僧の世代は流石に土管の置いてある空き地にガキ大将が君臨していた世代ではないから、やっぱりヒーローはTVの中にいた。ヤッターマンのボヤッキー氏だ。氏の類稀なる閃きと天才的でユニークな発想で作り出されたメカは、しばしばいちゃついたコスプレバカップルの主人公を窮地に追い込める。しかし、奴らのX民解放軍ももう少しは手を抜くだろうと思わせる小物メカの人海戦術でくしくも敗北してしまうのだ。しかし、ドロンジョ女子、トンズラー傑、ボヤッキー氏は来週も必ず帰ってくる。いつかは、あのバカップルをいわしてほしい。拙僧ももう大人だから一度くらいは新大久保の魚民辺りでジョッキを交わしたいものだ。

ああ、拙僧は何を書いているのだ・・・。

Image1_1  例の黄昏リサイクルショップで見覚えのある電球を見つけた。見覚えがあるのはyoh氏のSH9の電球が切れたとのことで、予備が無いかと手持ちのSH10を覗いたからだ。それで似たような電球が転がっていたので拾い上げた。拙僧が幾ら無職とは言え20円の買い物なら躊躇は無用だ。それで、帰宅後、SH10のランプハウスを開けてみたのだけれども規格が異なるようだ。それでも、見てくれは似ているので別の映写機に使えるかもしれない。この手の8mmシネものは転がっていたらとりあえず確保するのはLPLのスプライサーをかい逃してからの鉄則だ。そこまでは笑っていられたのだけれども、SH10のランプを弄っているうちに折っちまったよ

 しかし、泣くのは止そう。ボヤッキー氏は名を変え何度も何度もヒーローに挑戦し、そして決して諦めなかったではないか。いや、拙僧にとってはボヤッキー氏こそがヒーローであった。でも、とりあえず今日はふてくされて寝ます。

PS.

どうやら8mm用電球ではないようです。

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2007年5月 1日 (火)

カシオ カシオペアA51

Dscn4354  ご存知の通り、拙僧は形態は様々だけど色々な公共的機関を利用している。そういう場所をご利用なさる方は意外と多くて、待ち合わせ時間も馬鹿に出来ないのだ。それが、「病院」とか「職安」とかだと笑っていられるのだけれども、「社会保険事務所」となるといささか悲壮感を打ち消すのが難しくなるので、この話は速やかに切り上げたい。

 中には畳みエリアを設けた気の利いた診療所もあるので、そういう場合は素直に寝転がせていただくのだけれども、待合室が混雑していて幸い椅子は空いていたものの寄りかかる壁もなく、仮眠もとれない場合も多々ある。まあ、頬杖をついて大人しくしていればいいのだけれども、根っからの貧乏性のせいかじっとしてるよりは何か作業をしていた方が楽に感じてしまうのだ。これは、まあ、それだけ辛い状況だったりするのだけれども、そういう時には既に読んだ事のある本とか、カメラとか単車とか精通している分野を解りやすく書かれた本などを読む。初期型のファンカーゴなら程度の良い中古でも60万円台だから、そこそのNSR80を探して合わせて100万円台で「自家用護衛空母ごっこ」が出来るだろうか?等と考えていると時間もつぶれるものである。本来は、そういう時にはちゃんとお脳を休ませなければならないのだけれども。

 そんな過日、例の食わせ者のリサイクルショップで大柄な旧世紀然とした電子辞書を見つけた。良く見たら、旧世紀なのはその通りだったのだけれども、あのWindowsCEを搭載した「ハンドヘルドPC」、カシオのカシオペアであった。「ハンドヘルドPC」って今は聞かないっすよねえ。CPUはSH3、って良く分からないけど日立のチップみたい。RAMは8MBで外部I/FはコンパクトフラッシュにPCカードにRS-232C。液晶はモノクロなのだけれども、拙僧はテキストファイルの編集が出来れば構わないので充分である。コンパクトフラッシュソケットが時代的に大容量の物を認識しないのではと心配したけれども、とりあえず32MBのものが使用できたので何の問題も無いな。正直言ってポケットWordなんかよりもviの方がなんぼも嬉しい。探せばあるかもしれませんな、CE用のviライクなフリーソフトのテキストエディタ。素晴らしいのがタッチペン式のポインティングデバイス。やれトラックボールだのジョイスティックだのが本当に便利だと思っている方はいらっしゃるのであろうか?こういうコンパクトはボディを必要とされるシチュエーションは、アンダーなネガを期限切れの印画紙で焼いたようなせせこましい状況だろうから、簡潔にメニューやフォルダの指定が出来るのは嬉しい。更に電源は単三電池2本。この種の携帯端末の専用バッテリーはお亡くなりになっているのが普通なので、汎用品を使用できるのは福音というか決定打だな。CEはそれなりに遅いし、IMEがかなりお馬鹿さんだけど、どうせ拙僧はテキストファイルの編集しかしないし、IMEも少しずつチューニングすれば使い物になるだろう。

Dscn4356  電池寿命は25時間らしいけど、この辺りはちょっと眉唾よね。サイズは閉じたときに185x94x24.5mm。拙僧にしてはやけに具体的な数字が書けるのは、この物件てばパンフレットとガイドムック本が付属していたのだ。前オーナーの愛が感じられるなあ。拙僧なんてニコンUのときもクールピクス7600のときも*istDLのときも取り説なんて1~2回ぺらっと見たか、もしかしたら全く開いたことがないかもしれない。ああ、残っているのとちゃんと活用したのかは別なのか。拙僧も捨ててはいないから。それにしても、あの食わせ者のリサイクルショップもパンフレット+ガイドムック本付きで買い上げて、そのままジャンクコーナーに転がしておくとは、やはり気が抜けないな。ちなみに価格は2980円。これが高いか安いかは、これから拙僧がどう運営するかによって左右しますな。

 たしかNECがカシオペアの登場よりかなり前に似たようなコンセプトの「ハンドヘルドPC」をPC-98シリーズの末端として発売したけど、あまり成功しなかったようだ。本物件が登場した頃、拙僧はUNIXと格闘していたから市場の評価は記憶に薄いけど、兎に角、「ハンドヘルドPC」と言えばカシオペアかヒューレットパッカードのLXシリーズだったような気がするので、多分相当売れたのだろう。思うに、カシオペアの成功と言うのはマツダのデミオやホンダのモンキーに値するようだ。つまり、パッケージングの勝利である。パンフレットにはパソコン通信(既にIIJが興っていたけど、まだまだ主流はニフティだった)やデジカメとのリンケージを謳っていて、初期のQVシリーズの名前が記載されている。デジカメ市場を切り開いたカシオだけれども、瞬く間に輝きを失ってしまう。実際にはGUIとかインターフェイス周りは良く出来ていて電子デバイスとしては面白かったのだけれども、肝心の画質にあまり力を入れなかったのが残念だな。フジがファインピクス700を打ち上げた同時期に発売したのがQV-11から半歩しか進んでいないQV-770なのだからF-14がバリバリにぶっ飛ばしている横でやっとこさ殲撃8型を飛ばしているようなものだ。

 同じようにデジカメを発売した電子機器メーカーのエプソンは、スキャナーやプリンターが好調に売れているので、デジカメの販売は本気でないようだ。カシオは旧世紀から現在に至るまで、市場には「画質はちょっとあれだけどユニークなコンセプト」として評価されている。実際、インナースバイル式で8倍ズームレンズを搭載したQV-2800とか、やたらとコンパクトで今でも立派なブランドとして定着しているエクスリムシリーズとか、やっぱりユニークなパッケージングで一定の勝利を得ているようだ。

 拙僧の手元にも幾つかのカシオ物があるので、何れはコンテンツとして紹介させていただきたい。ところで、カシオペアのブランドもどっこい生きているらしい。勿論、現在のものだからインターネット直結で参加型のRPGを通勤電車で楽しんだりするのだろうな。

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