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2011年11月27日 (日)

オリンパス AF-10TWIN

Dscn6404  オリンパス、もうちょっとかかりそうである。そこで、本ブログではオリンパスを全肯定したいと思う。コンシューマでは、今はカメラ女子の必須アイテムとなったデジペンを保有し、伝統的に強い医療分野では世界シェアを確保している。つまり、本業は好調なのだが、過去につまらない事業に手を出して借金帳消しに闇金で借りたという事なのだろう。勿論、それは良くない。良くないのだが、それでつぶしてしまうのは如何なものか。つぶれはしないかもしれないが、外資に食いちぎられるのは忍びない。医療・光学分野は我が国でも新興国に比べてイニシアチブを持っているのだから、民族色を残したいものである。

Image13  ただ、高級役員から「言った、言わない」と不明瞭な発言が飛び交っているのは残念な限りである(2011年11月27日現在)。ここは潔く「すまん」で収まらない物だろうか。オリンパスというとペン(フィルム)やXA、OM一桁シリーズなどで、明確なコンセプトと期待に応えるパフォーマンスで知られる。それで、パプリシティ側にも評価が良いのだが、そういったスポットライトを浴びる主人公が登場するまでの中継ぎはどうもさえない。特にAF時代になってからは需要が複雑になったこともあって、迷走する。IZMはご存じだと思うが、AZ1ズームとかOZシリーズとか、ぱっとした印象が無い。「オリンパスの歩み」でもIZM200で「自社開発初となるズームコンパクト機」と書いてあって、じゃあAZ-1ズームはどうなのだろうと思ってしまう。

 しかし、その迷走ぶりから本カメラのようなユニークなカメラが登場した。いわゆる二焦点カメラなのだが、大抵のカメラが内蔵したテレコンを噛ます方式なのに対して、本カメラは2経路の光線を導くのだ。なので、対物レンズが縦に2つに並んでいる。これは80年代のメカアニメっぽくて魅力があるのだ。

 詳しくは、コンテンツをご覧いただきたい。

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2011年11月24日 (木)

ユニデン UDC-5M

Dscn6100  拙僧は基本的に時事ネタはブログでは展開しないことにしている。理由は先に書き溜めているので執筆時と公開時でタイムラグがあるののだ。それに「私とトイプードルの日常日記」めいた戦闘的な気分が削がれたブログになると、折角見てくださる方々に失望されてしまうと思う。別に日記系ブログの方を批判しているのではなく、そういう日常的な面白さを伝える才能が無いのだ。でも、気になったことがあるので、しばしお付き合いいただきたい。

 押井守の近年のアニメ批判についてネットでにぎわっているそうだ。拙僧が定期的に見ていたアニメはラムネ&40くらいが最後で、よりによって女子と「劇場版エヴァンゲリオン」を見に行ってしまい、以降、アニメに自ら金を払うことはすまいと誓っている。なので、押井が「現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」と言っていても本当にそうなのかは知らない。ただ、その言葉に幾つかの疑問を感じることが出来る。まず、アニメは現在も一昔も二昔も複製文化である。これは別にアニメが猥雑だからではなく、歌舞伎や落語と言った伝統芸能も然りである。「表現」などという個人の介入が実を結ぶとしたら10のうち2もあれば支持・不支持が明確になって売りづらくなる。1や0.5程度の塩梅が色取りとして花咲く好い加減であろう。伝統的なそばをすする落語も、名人と言われるすすり方で客も納得するのだ。前後するが文化は消費財である。誰もいない劇場で「俺だけの表現」を演じるのは滑稽である。90年代の話だが、押井は映画を3本監督をしたら2本は売れる映画、1本は自分の表現の映画を作らせろと公言していた。そして、2本は確かに面白い映画であったが、自分の表現の方はとても付き合いきれる代物で無かった。押井の才能は演出やコンテ(カメラワーク)にあるが、作品の総合力となると評価はし辛い。作品の総合力というのは顧客満足度の高いサービスということである。押井からすれば「顧客満足度」こそ、表現を棒に振った忌み嫌う根源であろうが、誰かに何かを伝えたい、あるいは何かを誰からか伝えてほしいというのが原始的な欲求であり、継承・細分化して文化というカテゴリーに至るのだ。押井は確かに売ろうとすれば売れる映画を作ることが出来たが、21世紀も10年も過ぎた現在ではどうだろうか。小室を例に出すまでもなく、娑婆の感覚とズレが生じていないだろうか。

別に拙僧の主題は押井批判ではない。表現とか文化は消費財であるということだ。評価感度の高いニーズ狙いの上澄み吸収戦略と大多数のニーズを狙う大衆侵透戦略の違いはあるだろうが、消費(映画であれば鑑賞)があって成立するものである。表現と消費は一対だ。大聖堂のフレスコ画だって文字が分からない方々に宗教的なメッセージを供給する目的があるからこそ、表現者の腕の見せ所だろう。確かに押井の言いたいことは分かる。AKBと派生するパーソナルアイドルの覇権を目の当たりにすれば、長期的に明らかにされる深い世界観など用は無いのかと虚しい。拙僧がそのことを実感したのは過日のコンビニである。ふと、アダルト本コーナーの萌え系ポルノマンガ雑誌の表紙に描かれた士郎正宗風の美少女ポルノ(この昭和な表現が拙僧は好きだ)マンガに気づいたのだ。雑誌名など覚えていない。今どきの若い連中はこういう絵柄に萌えるのかと手に取ったら、本当に士郎正宗が描いていてびっくりした。何も士郎正宗も餅代に困ってしぶしぶ描いたのではないだろう。本人もポルノ画を描きたかったに違いない。士郎正宗が思う存分、ポルノ画が描ける時代。これこそ現代的なニーズと表現のコラボレーションである。

Uni_0010  拙僧が主題にしたいのはニーズがあっても冴えた表現の供給があっても、ズレていれば上手くいかないということだ。台湾や大陸系の理想的なスペックと撮影に耐える廉価なデジカメを見かけると、これに適当なブランドを冠して日本で売れば満足な利ザヤが稼げるのではと誰でも思う。別に小中の流通業者のやり口ではなく、オリンパスの海外廉価モデルを国産向けに手直ししてイイ値段で商売にするのは有名である。だが、大抵の場合は上手くいかないようだ。

 本カメラのユニデンブランドが、どの程度のバリューを持つのか拙僧は知らない。アバンギャルドなルックスからトイデジカメに見えるのだけど、普通に撮影できるデジカメである。弄ってみると、どうやら三洋の設計である。アイコンやメニューが三洋のデジカメにそっくりなのだ。三洋のデジカメはザクティが記憶に新しいが、本カメラはオーソドックスなかつてのDSC-MZシリーズの系列である。既に絶えたと思っていたが、死んだはずだよお富さんである。

 ただ、その他のパーソナルブランドのカメラと同様、ユニデンのカメラも歴史に埋もれた。世界で最もカメラの要求が高い日本市場では、普通に綺麗に写るだけでは消費財としても成立できないのだ。押井は消費財を低く見ているようだが、消費財というのは正当な評価である。

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2011年11月21日 (月)

千代田光学 ミノルタ16P

Dscn5281  ボルタ判カメラを使うようになってから、どうも脳のどこかのブレーキが利かなくなってしまったらしくて、消滅したフィルムフォーマットに関心を持ってしまった。そんな訳で最近は16mmカメラを使って遊んでいる。

Image4  詳しくはコンテンツをご覧いただきたい。

 このままバンタム判方面に走ってしまうのではと怖くもあるなあ。

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2011年11月17日 (木)

ニッコールN オート 24mmF2.8

Dscn3686  拙僧がカメラ民族主義に染まりかけた頃、デジカメはまだまだよちよち歩きで、フィルムカメラの代替え品として使える代物ではなかった。ましてや、一眼レフデジカメなんてものはプロの中でも特殊なジャンルの方が経費で落として使う物だった。無論、デジカメには、飲み会で派遣社員の女子の女子を撮影し、後日送信するからとメールアドレスをGetするデジカメならではの使い方があり、普及し始めていたが、今回はその話は触れない。

 自分で初めて買ったレンズはAiニッコール50mmF1.8で、次がコシナ20mmF3.8である。20mmのインパクトは素晴らしく、ツーリングなど、当時は80%くらいの撮影はこれで行った。今ではコシナもプレミアムな価格帯を形成しているが、拙僧が買った時はフジヤカメラで1万円+αくらいの価格帯であった。それでいて逆光以外はしっかり写るから、その頃から知る人はコシナを知っていたのである。一方で、名の通ったブランドのメーカー製の28mmより広角のレンズなどは手が届く価格帯ではなかった。ましてや、ニッコールなどはとても手が出るものではない。

Image31 それから干支を一周した現在、拙僧も立派な中年になった。若い連中と話しているとシグマとニコンの写りの違いを真剣に検討している。なんとシグマの方が高いそうだ。拙僧はデジ時代のレンズの出来は分からないので会話に参加しないが、かつてはシグマとニッコールは並べて評価するものではなかった。

 そういう意味で言うと、オートニッコールは、かつての大鑑巨砲主義を感じて良い物である。スレンダーなステルス艦には無い魅力がある。それでいて、写りもグーなのだからレンズは投資の価値がある。これが40年前の単車だったら動くだけでもありがたいものになってしまう。

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2011年11月14日 (月)

オリンパス E-100RS

Dscn6315  時はまさに世紀末。デジカメ世界大戦がいよいよ伝統的光学メーカーの本格的な参戦にまで拡大した。生き残った人々が渇望していたのはレンズ交換式一眼レフデジカメである。キヤノンにしろコダックにボディを供給していたニコンにしろ、一眼レフデジカメは発売していたが、これは価格帯も使い勝手もコンシューマ層に向けたものではなかった。入手が現実的となったのはフジフィルムがニコンF60をベースとして送り出したファインピクスS1ProとキヤノンのEOS D30である。とはいえ、稼働状態にするにはボディのみで中古のFZR400RRが買えるくらいしたから、これは単車の免許絵を持っていないとか、家族や彼女への投資が必要ない幸運な方々以外には厳しいハードルであった。

P1010042  35万画素級時代から旧世紀末まで黄金時代を築いていたオリンパスは、何故かレンズ交換式一眼レフデジカメの参戦に慎重であった。公式的にはレンズ交換時に生じるゴミの侵入の対策やフィルム時代のレンズをデジカメの撮像素子に組み合わせる際の不都合等を示していたが、エンドユーザが納得していたとは言い難い。ボディのみで40万円もする一眼レフデジカメが普及化するまでの当面のニーズとしてオリンパスが提供した答えがC-2100UZ、E-10、E-100RSであった。今回は込み入ったコンテンツを作ったので、オリンパスの思惑と結果についてはご覧いただきたい。

 現在、オリンパスはバブル期に抱えた巨額の損失と不明瞭な資金対策について、矢面に立っている。どうも、デジカメ事業が好調であった世紀末も、本格的なレンズ交換式一眼レフデジカメのシステムの開発と供給が、資金的に難しかったのではとも思えてしまう。

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2011年11月10日 (木)

三洋 DSC-MZ3

Dscn2020  三洋電機が「デジカメ」を商標として保有しているのはよく知られた事実だ。だから他のメーカーは自社のデジカメを紹介するときも「デジタルカメラ」と呼称している。もっとも、「デジカメ」は既に一般名詞化しているから、雑誌や量販店の広告でニコンやキヤノンの「デジタルカメラ」を「デジカメ」と称しても、イチイチ文句は言わないようである。三洋電気のチャネルショップだって自社の携帯プレイヤーを「三洋のウォークマン」として買っていく客に「ヘッドホンステレオです」と正したりしなかっただろう。

Sany0017  三洋電機が自社ブランドのデジカメを発売した早い時期から「爆速・連射」と「動画撮影」の明確なポリシーを確立した。そういうジャンルは当時のデジカメ市場には無かったから、OEMで様々なメーカーのデジカメを生産する三洋電機としては競合を避ける意味合いもあったようだ。爆速実現の要因には固定焦点(パンフォーカス)でフォーカシングレスのような限定的な条件もあったのだが、何しろ動く被写体はデジカメでは撮れないとされた時代だから、撮影1秒再生0.8秒の高レスポンスは好意的に評価され、固定ファンも形成したのである。

 とはいえ、デジカメがフィルムカメラの代用品として認知されるようになると、単焦点レンズでは効きが弱くなる。そこで登場したのがDSC-MZシリーズである。

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2011年11月 7日 (月)

ニコン クールピクスS500

Dscn6125  拙僧はニコン者の底辺なのだが、かといってコンパクトデジカメの購入を希望する友人らにクールピクスは勧めなかった。というのは、クールピクスは良い時は素晴らしい画像を記録するが、マクロでAFが合わないとか、晴天下なのに妙にスロシャッターになるAEとか、初心者に勧め辛かったのだ。

Dscn6163  しかし、普及層のデジカメが700万画素級になった2006年あたりから、クールピクスも安定した動作になった。これは多分、パブリシティとしてキムタク起用を含め、総力戦で勝てる戦略に方向転換したのだろう。今やコンパクトデジカメで綺麗に撮れるだけでは成り立たないのだ。

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2011年11月 3日 (木)

パナソニック ルミックス DMC-FZ10

Dscn3400  パナソニックはデジカメ世界大戦の初期から参戦していたが、製造元が九州松下だったり寿(?)だったりして、本気で戦争をするつもりがあったのかよくわからない。地方軍閥の限定的な戦いに留まっていたようだ。クールショットやらスーパーディスクやらを21世紀に記憶に留めている方は稀であろう。

 そんなパナソニックが本格的に参戦を決めたのはルミックスDMC-F7であろう。冷静な頭で見ると、どうと言うことのない光学2倍ズームレンズの200万画素級コンパクトデジカメである。しかし、ライカブランドを与え、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった浜アユを起用することで、一躍デジカメ市場にネームバリューの橋頭堡を築いた。金属製ボディに派手なカラーでキンキーなのも若い連中や若く見られたい連中に支持されたようだ。

P1050553  そんな訳で、ルミックスの名は知れるところになった。だが、出だしは良かったのだが、続くモデルがルミックスDMC-L20のような地味なモデルでるとなる。これはこれで安定感のある佳作なのだが、ワイヤードな魅力を持続するには不足していた。そこでパナソニックが目を付けたのは、オリンパスがC-700UZで開拓したコンパクトボディに高倍率ズームレンズの組み合わせである。オリンパスには手振れ補正が無かったから、パナソニックのムービーカメラで培ったノウハウを投入すれば易い仕事である。それで出来上がったのがDMC-FZ1だ。思い通りにガジェット好きが飛びついてネットで情報が走り出す。

 ところが割と早い段階から問題が指摘されていた。特に画質である。実はDMC-FZ1は高倍率ズームレンズを実現するにあたって、小型の撮像素子を採用したのだ。レンズもプアーで望遠側の描写は問題だった。それで、当時は画質の良いオリンパスC-730UZか画質は悪いが手振れ補正機構搭載のDMC-FZ1の何れを選択するかで、盛んに討論されたようだ。

P1050514  パナソニックも手をこまねいていただけではなく、画質を中心としたパワーモデルを開発していた。それが本カメラである。

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