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2013年4月29日 (月)

時には西からの風が吹く

Imgp0246 今日は初めて会う名古屋の写真コミュニティの方々と散歩写真をしたのだが、はっきり言って三河に居を移動してから10年の中で最高に楽しく過ごした。名古屋の男子はキャバクラとパチンコしか能が無い物だと思っていたのだが、認識を変える必要があるな。リーダーとペアの方がステージを盛り上げる才能があるらしく、アラフォーの拙僧さえもちょっと踊ってしまった次第だ。

舞台は名古屋の中心に近いのだが、妙に寂れた商店街を歩いた。それはそれで関心深いのだったが、なにやらプラトゥーンの先頭が騒がしいのである。どうやら尖兵隊が白人2名のバックパッカー分隊と遭遇して色めきたったのだ。いや、拙僧は白人と芋虫は大嫌いだから接敵は避けてスルーするつもりだった。でもねえ。なんだか色めき立った隊の連中が

「ハロー!」「サンキュー!」「アメリカ!」

とか思い浮かぶ英単語を波状攻撃で白人に浴びせるんですよ。そのまま、帰したら「ちょっとした国辱」じゃないですか。大体、白人がアメリカ人とは限らんぜよ。どこの田舎者だよって感じじゃないですか。Where are you from?America?

「No」

ほら見ろ、アメリカ人じゃないじゃないか。聞いたらヨーロッパ人だっていうんですよ。なんで北か南かって聞いたら

「Middle」

っていうんでGermany?

「No」

あー、French?

「Yes」

あ、やべーフランス人をドイツ人呼ばわりしちゃったよ。こらこら「フランス」「フランス」と騒ぐんじゃない。せめて「フレンチ」と言いなさい。何?シトロエンに乗っているって?ほら、「ガベージ」って言われているよ。

ところで、勿論、拙僧のやっつけ英語だから実際にはタドタドしい英語である。そもそも、拙僧は言語中枢が三丁目の夕日だから英語を話しているつもりでも北京語が混ざっちゃうのだ。「対対対(そうそうそう)」とかね。見たらバックパックに中国語の旅行社のタグがついている。あんたら中国から来たの?

「ShangHai」

おー、イ尓們是人人上海来的口馬?って、また北京語が出ちまったよ。

「対対対」

ふーん、やっぱりそうか。って、さっきから思っていたんだけど、オタクら北京語ができるんじゃないの?イ尓可以中文口馬?

「可以可以」

いやいや、実に流暢な北京語でしたよ。それで、拙僧は白人はナメクジみたいに嫌っているんですけど、そうなるとサービスしなきゃいけないな。と思ったんですよ。なんで「我的太太是中国人。但是、日本的女人也還可以。(あっしの妻はxx人だけど、日本の女子も悪くは無いよ)」と軽口を叩いたら、笑っていたのでそれなりに通じていたのだろう。

Imgp0250 不思議なのは隊に英語教師の女子がいたんですよ。後から知ったんですけど。それならば、拙僧のイイ加減な英語を訂正してくれればいいのに、会話には参加しないんですよねえ。聞いたら1年前までバンクーバに住んでいたらしい。それならば、拙僧が法国朋友に英語で「俺と妻はカナダに住んでいたんだけど、カナダにはフランス人も沢山住んでいたよ。ケベックって知っているかね。」と話していた時に参戦してくれれば助かったのに。

でも、不満足な外国語を披露する恥を忘れるというのも年齢を経過したずうずうしさなのかもしれないな。そう考えると、歳を喰うのも満更には悪くない物だ。

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2013年4月27日 (土)

エクセル合格

Dscn3975 「ねえねえ、ブラックホールってどういうものなの?」

おお、前振りなしで、その質問。流石、拙僧にメルアドを教える女子だ。拙僧が血を吐く程に苦しんでいた、税務管理の授業中にそんなことを考えていたんだ。ねーさんの前で「スタートレック」とか「ゲイトウェイ」の話なんてしたことは無いんだが。

聞く相手が間違っている気がするんだけど。拙僧の理解では相対性理論によると物質が光の速さに近づくと、それだけ幅が縮まって・・・

「時間の流れが遅くなる!」

そう。あれだ、ガイナックスのナントかっていう美少女ロボアニメがネタ元でしょう。拙僧はガイナックスと庵野には関わりたくないので知らんぷりだ。兎も角、光の速度と同じスピードで移動すると時間が止まる訳だ。それが「ワープ1」だね。理屈で言うと光に追いついて追い越すと時間を遡るんだね。それが「タイムワープ」。普通はワープっていうと「エンタープライズ」も「ヤマト」も「ラム」も時間よりも速く動くから移動時間を端折るって言うぐらいの意味になる訳だ。ところで、仮にそういう宇宙船があったとして、ワープ速度まで加速するとしたら反作用が起きる。つまり、人間がジャンプしても、そのパワーに応じた分だけ土が凹むよね。同じように宇宙空間が凹む訳よ。光の速度のパワーで凹むから、その穴に入った光は出てこれなくなってしまうよね。それがブラックホール。(本当か?)

Img_2855_2 ブラックホールの理屈は兎も角、拙僧の家庭内「バード・オブ・プレイ」も何かと引き寄せてしまうのだ。幾ら考えても「得意先に裏書譲渡された為替手形」の科目が分からないという状況下だから、「茶色い小箱」が増える一方で全く収取が付かないぜよ。一部が既に崩落しているのは四川省の山奥なら笑っていられるけど、静岡の茶畑なら拙僧も人の目を気にするから笑う訳にはいかないな。

Img_2857_2

ちなみに一枚目の画像に写っているのが、妻が拙僧の卒業祝いにプレゼントしてくれたボールペンとシャープペンシル(0.7mm)のセットだ。木箱に入ってボディもウッド。光るのは本物の七宝焼きで「宮内庁御用達」。

拙僧のテーブルに置くと、80年代の上海のマガイモノに見えてしまうのが徳の低さか。

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2013年4月26日 (金)

簿記学校学校修了

Image2_4 いよいよをもって、拙僧も簿記の学校を終了することができた。父親の急死もあって、欠席も多かったから出席数を満たすことが出来なかったら困るなあ。と、思っていたのだが、なんとか卒業できた。

しかし、師団の将兵は消耗切っている。最終日前日に受けた2回目の簿記3級模擬試験をこなすのがやってとで、事実上師団はあらゆる戦闘行為が不可能になる程の出血である。それでも、何とか79点を取って、なんとか修了単位は取れたのだが、クラスの平均点は91点で、18名の生徒の中で100点が6名もいた。学校側からすると驚くような数字だ。他に90点以上が10名で、後は80点台と79点台だというから、拙僧が確実に平均点を下げさて頂いたなあ。

模擬試験後は戦闘疲労の為、激しい頭痛に見舞われ戦々恐々だった。とても、女子を冷やかす気力も無く、電話番号もGetしたのは、たったの1名だ。それだけでも大したものだと思っているのだが。

明日も、エクセルの試験が残っているんだが、とても勉強する気にはなれないな。

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2013年4月25日 (木)

ソニー サイバーショットDSC-T3

Dscn3394 日曜日に何となくTVをつけたらF-15が映っていた。なんかそういうドラマをやっているのだ。良くわからないんだけど、2009年でも百里にF4Jファントムが並んでいたのだろうか。いや、細かな設定などはどうでも良い。小芝居も我慢するから三菱F-1が飛んでいるところが見たいなあ。最近の露出は大旦那の殲轟7(JH-7)よりも少ないんじゃないだろうか。殲轟7は端的に言って「大旦那が想像で描いたジャガー」である。そういう意味では我が国の三菱F-1と異母兄弟みたいなものだな。

Dsc00008 本カメラは同時に登場したDSC-P5と兄弟関係にある。DSC-P5の光学ズームレンズを小ぶりな単焦点レンズに交換して、空いたスペースを平板で塞げば本カメラである。T-2の空いたスペースを塞げばF-1、ということは無く、F-1には対地攻撃対地支援戦闘の為の秘密のメカを搭載しているのだ。ちなみに、拙僧は空自の友人がいて、xxx基地の格納庫に入ったこともあるぞ。

コンテンツもご覧いただきたい。

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2013年4月21日 (日)

2013年名古屋中古カメラ・用品大バーゲン戦役総括

Image3 拙僧の師団所属の三河方面軍では空前の財源不足に陥っていた。直接的な原因はファルコニアに纏まったカナダドルが流出した件である。もっとも、これは出資先が「地上の楽園」に替わっただけで、当面の損失はある程度は予測していた。予測外だったのは「祖国の父」ではなくて、拙僧の「本当の父」がお亡くなりになってしまったことだ。お蔭で夫婦で極東まで2往復する羽目になった。その出費たるや綺麗な銀座もののM4が買える程だ。全く予想外だった。それで師団内の出費を抑えているかというとそうではなく、キヤノンのLボディやシュナイダーの玉が増えているのだから、これは経済的なセンスの無さを公言しているようなものだ。場当たり的にスカッド改を飛ばす国と大して違わないなあ。成るほど、江戸幕府はこうやって参勤交代で地方大名の財源を減らしていたわけだ。

Dscn3882 一時期は「貸倒引当金」で戦闘を継続する次第に陥ったものの、何とか4月には師団の定員を埋める目途がついた。なんといっても、名古屋で戦争が勃発するのだ。これはチェキストの手を逃れて、拙僧が入手した機密事項だったのだ。都合よく、開戦から初土日には方面軍の准将を仙台に送ることが出来た。無論、師団は大出血である。よもや方面軍司令官の帰還を待ち、軍法会議にもつれるのを阻止すべく、形跡を消すので精いっぱいなのだが、今夜もカルフォルニアのロゼを開けてしまい三河の夜の春雨の音を聞く次第だ。

最近のドクトリンは「安物に部隊を展開するより、高くても良い物に狙いを定める」なのだが、今回は適当なブツが見つからず、儚くも対安物ゲリラ戦となり、安易に部隊の損害を広める結果となった。いつものことだが、今回は「簿記3級民族主義者掃討作戦」での失態を埋めるべく、幾分、師団各部隊が浮足立っていたのは否めないな。それで、「それなりに動くもの」も「やっぱりダメなもの」も、小隊レベルの独立戦術で確保となったのだ。

以下、戦果。

第一次会戦:

・タムロン 24~70mmF3.3~5.6(αマウント)

・シグマ 24~70mmF3.5~5.6(EFマウント)

・オリンパス OM707+35~75mm

・アスキー新書 「カメラは詩的な遊びなのだ。田中長徳」

・写真工業出版社 「こだわりのカメラ選び2」

第二次会戦:

・アグファ ISOLA

・フェド5C(赤ボディ)

・ミノルタV3

・ペンタックス ES2(露出計不良)

・コンタックス RX の取説

・ペンタックス リチウムイオンバッテリー D-LI78

・三洋 リチウムイオン電池 DB-L80

・シグマ リチウムイオン充電池 BP-31

・プラクチカマウント マクロアダプター(?)

・マーキュリー サイバーピクス E-520S(500万画素級デジカメ、元箱一式)

・双葉社 「ニコン マニュアル大全2」

三河支隊地域防衛戦:

・コンタックスT(完全ジャンク)

最近、拙僧が熱いのが24mmという焦点距離なのである。タムロン、シグマはズームレンズだが、24mmから始まるズームレンズも中々関心深い物だ。両方とも1000円である。傷も無く、良い買い物なのではないか。OM707は既に持っているのだが、これは例の電池蓋が破損していないのだ。大抵の場合、破損しているので珍しい。しかも、電池が入っていて動作確認ができた。ちょっと考えたが1500円なので拾った。

アグファISOLAも持っているのだが、1000円で確保。気になったのは鏡筒内のフィルム側に保護フィルター(?)が付いているのだ。既に麾下にあるISOLAにはそんな物は無いので気になったのである。

ES2、フェド5C及びサイバーピクスは土曜日時で唯一半値になっていたジャンクコーナーで拾ったものである。ES2が1000円、フェド5Cが1500円、サイバーピクスが250円である。これらは初日から目をつけていたのだが、半値セールになってからの参戦で問題ないと見送っていた。なので、廉価に確保できてうれしい。特にフェド5Cは売れてしまうだろうと思ってい方からラッキーである。サイバーピクスは謎のデジカメでサイバーショットとファインピクスを組み合わせたという、なめたネーミングなのが引っかかった。RXの取説も半値で500円は安い。こんなものに2000円も値を付ける店もある。

ミノルタV3は唯一ショウケース内のモノを出してもらった。ちょっと前玉に拭き傷があるのだが、ファインダーも綺麗だし、例の1/3000もひとまず切れるようなので確保。こいつはネットオークションでも結構な値をつけるので3500円なら妥当ではないか。

バッテリーはどんなカメラに対応するのかもよくわからないのだが、ひとまず手持ちにないサイズなので確保した。この中では唯一、シグマDPシリーズ用のバッテリーが知れた敵であった。これが500円なら念のために確保した方が良いと判断した。

コンタックスT(初代)は名古屋での戦域で接敵したわけではない。三河駐屯地に帰還後の定期偵察で遭遇したのだ。完全ジャンクなのだが、コンタックスT(初代)の素晴らしさの片鱗を見れただけで良しである。これについてはサブブログの亜熱帯ジャンクカメラサーフィンも御笑覧いただきたい。

 

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2013年4月17日 (水)

2013年春季名古屋中古カメラ・用品大バーゲン戦域

Dscn3769 「わたしの先輩なんてジュースのペットボトルにおしっこいれるんですよ。わたし飲んじゃいましたよ、先輩のおしっこ。」

 ああ、やべえ。ガチでヤベエ奴だよ、この女子は。例の簿記の学校で斜め前に座っている女子を当初から警戒はしていた。いつも大き目なマスクで顔を隠し、なんでもスキンヘッドだそうだ。普段は茶髪ロン毛のヅラを被り、就職用には黒髪の短髪のヅラを被る。なんかの病気なのかと思ったが、骨髄バンクに登録しているというから、体は拙僧より正常人だ。

既に簿記の授業は付いていけないので、放課後に補習を受けるのだが、メンバーは固定していて、拙僧と数少ない男子のクラスメイト、それにヤバい女子。最近、別のクラスのピンクの革キャップを深めにかぶって、顔を半分しか出さないギャルが加わった。ああ、高校時代を思い出すなあ。あの時も科学だかの授業で残されて・・・。面倒なことにならないように決して周りには声をかけないようにしているのですが。その授業も来週で卒業ですわ。

 拙僧の儚い成績は兎も角、戦争はやってくる。

 決戦は明日の17:00を予定。戦果ははたして。

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2013年4月14日 (日)

NHJ Che-ez! Foxz

Imgp1932 冷静に考えてみると、「正規空母」を運用して、実際に戦争できたのは歴史的にも日本と米国くらいだ。第二次世界大戦前にも空母は存在したが、機動部隊同士の本気のたたき合いなんて、太平洋位じゃないだろうか。英国軍の空母なんて「護衛空母」くらいの役にしかたっていないようだし。戦後になって本気になって空母を作ろうとした国はロクな目にあっていない。英国は先の大戦後、勝利はしたものの事実上、全ての植民地を失ったし、「レンドリース」で米国人から受けた借金を返し終わったのが2006年である。ケチだなあ米国人は。日本人だったら、接待漬けにされてちょっと褒められたら、昔の借金なんてすぐチャラにしちゃうだろうな。そうじゃなくたって、度々、東北の小役人が南米娘に騙されて数千万を払っちゃったりするし。それだけ、国民が自分の払った税金に真摯な目を向けているということで、そういう所はアジア人も見習うべきだなあ。結局、戦後の英国は小国のフォークランド相手ににエラク手こずった。現在は軽空母ぐらいしか展開していない。「クイーン・エリザベス」とか大層な名前を付けたヘリ空母を作っているらしいが、ちゃんと運用できるのだろうか。

Imgp1871ロシアは、というかソビエトは空母を持とうとして死神に睨まれた典型的な例である。なんたって、国が無くなってしまった。ソビエトが空母を作るらしいというのは、戦後からあった話なのだが、具体的に姿が見え始めたのは拙僧が高校生の頃だ。いや、70年代からキエフ級航空巡洋艦があった。これは一種の軽空母でVTOL機のYak-38(フォージャー)を搭載してた。このキエフとYak-38の組み合わせが実戦で使い物になるのかどうかは、中学生でおニャン子を否定していた「女子に相手にされる必要が無い幸せなグループ」にとっては重大な関心事だった。なにせ、情報ソースがエリア88と航空ファンくらいしかない。航空ファンだって、当時のソビエトのベールの向こう側の情報を供給するのは中々の難しさだった。結論的にはYak-38等と言うのは「ただ並べていて、時たま上昇したり着陸したりできた。」という航空機でしかなかった。嬉しい物で、最近では古いソビエトの映像も「びっくり映像100連発」みたいなテレビ番組で流れるから、4番艦の「バクー」への着陸に失敗したYak-38が炎に包まれるシーンを見ることが出来る。いやあ、長生きはするものだ。ああいう「流れモノ」の映像ってのは、インターネットで簡単に探すことが出来るのだろうか。その「バクー」であるが、インドに身をやつした後に、今では甲板をスキージャンプ式に改造して、ちゃんとした固定翼の艦載機を飛ばすことが出来るようだ。なんだ、もう少しでちゃんとした空母になる可能性があったんだなあ。ちなみに、キエフ級2番艦の「ミンスク」は極東艦隊に所属し、「戦記物マンガ」では北海道侵攻の主役を担っていた。でも、ソビエトって崩壊してしまったのだ。拙僧が高校生の頃にはウラジオストック市だって小銭が欲しいから、日本のTVカメラを受け入れた。そこで斜めに傾いている「ミンスク」に、拙僧は涙したぜよ。

Imgp1923 それが21世紀になったら、「ミンスク」は深土川(シンセン)でテーマパークになってしまって、例の「14ヘクス飛ぶ対艦ミサイル」にまたがることもできる。いや、「ミンスク航空空母世界」では、対艦ミサイルにまたがるのは禁止されているので良い子は真似しないでね(怒られました)。

ちゃんとした空母の方は80年代後半にどうやら「レオニード・ブレジネフ」と名付けられたようだった。あれ?「ソビエツキー・ソユーズ」じゃなかったっけ?「リガ」って説もあったな。と、埼玉の寒村は混乱したが、ミハイルさんの「ブレジネフ批判」もあってか、「トビリシ」に変更になった。と思ったら今度はソビエトそのものが無くなってしまい、グルジア共和国の首都である「トビリシ」は駄目だってことになって、「アドミナル・クズネツォフ」に改名する。その後、ロシアは経済的に大変なことになって、拙僧は「バクー」みたいに小麦粉と物々交換で外国に売り飛ばされたと思ってたが、今でもロシアの北洋艦隊に所属しているようだ。

実は「アドミナル・クズネツォフ」は空母ではない。航空巡洋艦なのだ。だから、甲板がぱかっと開いて対艦ミサイルが飛び出るようになっていた。多分、ボヤッキー氏がタツノコプロ時代のアイデアを反映させたのだろう。そういう甲板に離発着するパイロットの心情は如何な物だろうな。なんで、そういう中途半端な感じになってしまったかというと、ソビエト時代にトルコと例の黒海から外洋にでる海峡には空母を通さないと条約を結んだのだ。だから、ウクライナの黒海に面した造船所で作られた「アドミナル・クズネツォフ」は空母ではなく、航空機を搭載した巡洋艦なのである。

最近、北の斜向かいが騒がしくてTVでも取り上げられないのだが、大旦那の初の空母となる「遼寧」は「アドミナル・クズネツォフ」の2番艦の「ワヤリーグ」を母体としている。「ワヤリーグ」は、一応は浮いていられる状態まで完成したものの、ロシアもウクライナも資金不足で持て余していた。それを大旦那が「カジノにする」といってスクラップ同然で買い入れたのである。買い取ったマカオの会社は実体のないペーパーカンパニーだったそうで、大旦那が一芝居売ったのだろう。当初は固定翼機だけで60機ほども搭載できたという話もあった「ワヤリーグ」だが、実際には戦闘/攻撃機が30機、支援機が10機前後、ヘリコプターが10機程度のようだ。大旦那も認めていることだが、これは「練習用空母」で、正規空母は国産を製造中だそうだ。そもそも、空母を運用するには早期警戒機とか対潜哨戒機とかを艦載にできないと、殆ど意味がない。大旦那の手持ちに適当な物が見当たらないから、領海の外に出て作戦を行うのは難しだろうな。流石の池上あきらさんも、「遼寧」が太平洋の脅威になるなんてことは言わず、「対台湾用には使える」というようなことを仰っていた。確かに、その程度の作戦になら使えそうだ。気になるのが、所謂「中華」ではなく、東北部という周辺部の地名である「遼寧」を名づけたことだ。もっとも、「天安門」なんて迂闊に名づけて使い物にならなくて沈没なんていう事になったら大問題になるから避けたのかも。拙僧は大旦那があえて周辺部の地名を付けたのは、東北や新疆や西蔵も一様に中華であるというメッセージなのではと思っているのだが。

Dscn1456 「正規デジカメ」がまだまだ高額で、海の物とも山の物とも評価が確定していなかった頃、ひとまず「トイデジカメ」で代用するというニーズがあった。その後、「正規デジカメ」が安くなったので、代用品というニーズは無くなったが、安っぽい不安定でいい加減な写りが「カワイイ」というので、「トイデジカメ」は21世紀も数年は乗り越えたようだ。しかし、かつて複数あった「トイデジカメ」のブランドも、今やほとんど残らず、現在の廉価コンパクトカメラも高価なデジ一眼も「トイ(デジ)カメ」モードを搭載して個性の一つとしている。

「遼寧」を「トイ空母」として本カメラに結び付けようと思ったんだけど、上手くいかなかったなあ。

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2013年4月11日 (木)

今宵はセガに想いを馳せて。

100_fujidscf0005_dscf0005 現在、とあるトイデジカメのコンテンツを作成しているのだが、どうもゲーム(TVゲーム)についての昔話に発展しそうなので、独立したブログとしてまとめさせていただきたい。

「トイデジカメ」というジャンルは今でも存在するが、携帯のカメラ機能から飛ぶ鳥を落とす一眼デジカメまで、「トイ(デジ)カメ」モードを搭載するから、ワザワザ「単品」のトイデジカメを購入するのは手間である。そもそも、初期のデジカメは「トイ」そのものだから、「トイデジカメ」というジャンルが成立するには「ちゃんとしたカメラとして使いにものになるデジカメ」の登場を待たねばならない。現代に続くデジカメの直接的な祖先とされるのが、1995年に登場した、カシオのQV-10である。その社内の不遇な生い立ちからの逆転劇はNHKの「21世紀スペシャル」で有名だ。その撮像素子は25万画素級と、今ではちょっとしたジョークのようなアンダーパワーであった。しかし、当時の貧弱な通信レートでは、その程度のサイズの画像の方が何かと都合がよかった。ワードの文章ファイルですら、分割して送信した時代なのだ。そんな1996年の末にゲームメーカーのセガからDIGIOというデジカメが登場している。ゲームメーカーから登場したデジカメだから、「トイデジカメ」の初期の形と位置づけることができそうだ。いい機会だからセガについて小首を傾けてみよう。ゲームを題材にしたディズニーアニメもやるそうだし。
 セガを我々が認知するようになったのは「ハングオン」であろう。これは「オートバイ・レースゲーム」で、単車に似せた筐体にまたがって筐体を傾けると、その角度に応じてディスプレイ上のマイマシンが曲がるという代物だ。当時のセガといえば、「スペースハリアー」にしろ「アフターバーナー(イギリス人はリヒートと呼ぶのだろうか)」にしろ、大型筐体と、どこかアメリカンな雰囲気を彷彿とさせた。「ハングオン」が登場したのが拙僧が小学生高学年か中学生の初めの頃だと思うのだが、その数年前までゲームセンターはナムコの王国であった。ナムコの代表作と言えば「パックマン」だろう。まるで古の平家のように「ナムコでなければゲームではない」と囁かれ、結構つまらないゲームでも「ナムコだから」というだけでキャロットでそこそこ販促品が売れる始末だったのだ。うわあ、キャロット懐かしいなあ。キャロットでも巣鴨店は別格だとされており、我々地方のナムコファンはこぞってドラゴンバスター(傑作)のTシャツとかワンダーモモ(駄作)のテレカを買いに参拝したものだ。今のアルプスやBOXと変わらないな。そのナムコと張り合うとされたのがセガだった。80年代の半ばからナムコ帝国も勢力に限りが出始め、コナミ当方グラディウス教会とかタイトー原理派とか戦乱の時代に突入する。戦局を大きく揺るがしたのはカプコンの「ストリートファイター2」だ。
 「2」があるのだから無印の「ストリートファイター」もある。これは80年代の後半に登場した格闘系ゲームの走りで、縦型の大柄の筐体に十字キーとゴムに覆われた大型のボタンを2つ組み合わせたデザインになっている。操作系は左右の2系統に存在し、対戦ができるようになっていた。特徴的なのが大型のボタンで叩く強さによってパンチの強さを調節で来た。だから。初代のストリートファイターはストーリーとか細かな技というよりは「わにわにパニック」に近いストレス解消系のアクションゲームだったのだ。北米での評価は良くわからないのだが、多分、強く叩きすぎて筐体が壊れるとか、対戦で興奮した人間同士が本当のストリートファイトになったりとか、何かと問題が多かったと想像できる。日本では、やはり日本人には細かな調整が出来ない叩くボタンはイマイチ馴染めなかった。それに「リー」あたりから敵キャラが異様に強くなって、フォートレスの登場する「グロブダー」のように、予めチャージしていないと秒殺されてしまう、結構難易度の高いゲームだった。プレイヤーは「ケン」と「リュウ」しか選べない。段々、思い出してきた。「ストリートファイター2」、略して「スト2」も初めは大型ボタンの打撃の強弱でパワーを調節したと思うのだが、それだと繁用筐体に使えないから早い段階から「弱」「中」「強」の3ボタン制となった。カプコンとしてはサブモデルの位置づけだったと思うのだが、コントロール性が強まって爆発的にヒットする。それに選択できるキャラクターが格段に増えた。兎にも角にも唯一の女性キャラの「チュン・リー(春李?)」から筆卸しをして、「ダルシム」とか「エドモンド・ホンダ」でも勝てるようになっていったと思う。本格的に大爆発したのは拙僧が丁度、上京した頃で、その頃には奥手の拙僧も、ゲームやらパソコンやらソビエトの戦闘機やらから離れて、女性キャラではなく本物の「女子」とストリートファイトを目指すようになったから、その後の展開は明らかでない。

以上は業務用ゲーム、つまりゲームセンターで並んでいるようなゲームの話である。一般にはアーケードゲームと言われた。一方で、70年代後半からホームゲームが台頭する。初期にはゲームウォッチのような電卓タイプか、学研の「フロッガー」のようなVFD(蛍光表示管)でキャラクターを表示するアーケード版を小型化させたタイプで、何れも携帯が可能な卓上タイプだった。一方でブロック崩しやテーブルテニスのようなTVを出力先としたTVゲームが発展する。初期のタイプは複数のゲームを最初から内蔵していたが、画期的なのがエポック社の「カセットビジョン」であった。これは、本体を買っただけでは何もゲームは出来ない。別売りの「カセット」が必要なのだ。これはネットゲームが当たり前な現在では説明が中々むずかしいのだが、「きこりの与作」だの「バトルベーダ―」などのソフトが入った「ロムカセット」を挿入することによって件のゲームができる代物である。同じような形態はアタリやコモドールからも出ていたが、一定の市場を形成したのは「カセットビジョン」であろう。学術的には、カセットビジョンの「ロムカセット」にはROMだけでなくCPUも搭載していたから、後のニューカマーと比べると少々原始的な構成となる。このスタイルが爆発的に全世界的に展開したのは、言わずと知れた「ファミコン」こと「ファミリーコンピュータ」であった。

「ファミコン」が、どのように世界を席巻したのか、その要因は何だったのかは本稿では述べないことにする。家庭用ゲームというジャンルで金字塔を建てた「ファミコン」の成功の陰で、一向に日の当たらない存在があった。それが「セガ3」である。良く事情が分からない中で、うっかり「セガ3」を買ってしまった家庭の子供は悲惨だった。当時はゲーム機のマザーシステムをひょいひょい替えることなど難しかったから、「ロムカセット」を友人と貸し借りをすることも無く、辛酸を舐めていた。「セガ3」の何が敗因だったのか。それは実際に「セガ3」を手に取った方なら一瞬で理解できたはずだ。つまり、圧倒的に「セガ3」はへぼいのである。例えば「ファミコン」の「ロードランナー」と「セガ3」の「ロードランナー」を比べてみよう。「ファミコン」の方はフルカラーでユニークでカラフルなキャラクターが軽快なBGMと共に画面をスクロールして走りまわる。それなのに、「セガ3」の「ロードランナー」ときたら、キャラクターは「線画」でモノクロに毛が生えたようなもので、プレイヤーと敵キャラの区別も難しい。画面はスクロールせずBGMも無かった。セガの完敗だ。

その後、「メガドライブ」でようやく日の目を見るが、これは要するにアーケード版のセガのゲームを供給できるのはセガのマザーシステムでしか不可能だったからだ。つまり、「ファンタジーゾーン」とか「スペースハリアー」とかは「メガドライブ」でしか実現できなかったのだ。それに「スーパー大戦略」の効果は大きかっただろう。何故か「大戦略シリーズ」は任天堂や他のマザーシステムには供給しなかった。

「メガドライブ」の効果は限定的で、「ファミコン」の牙城を崩すには至らなかった。しかし、今でも「アンチ48」がいらっしゃるように、「アンチおニャン子」も確実にいた。その後もセガの兆戦は続き、「セガサターン」や「ドリームキャスト」を投入するものの、ついにメインラインに乗ることはできなかった。むしろ、セガが自社のマザーシステム供給断念を発表した途端に株価が急上昇した位だ。市場はセガのゲームを望んでいたが、マザーシステムの方は全く関心が無かった。

拙僧も「竹本泉」のゲームがやりたくてセガを買ったことがある。どのマザーシステムかも忘れてしまった。結局、その1ゲームしかやらなかったなあ。

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2013年4月10日 (水)

明日、春が来たら・・・。

どもども、先輩諸氏。

申し訳ないのですが、今回の話はツマラナイです。更に信頼性が著しく低い。友達が友達の友達の友達から又聞きしたとか、そんな話です。もしかしたら、保谷かひばりヶ丘のファミレスで隣のテーブルの女子高校生の話に聞き耳を立てたとか、そんなソースかもしれません。アバンティも閉店したそうですし。
本ブログの趣旨はカメラ・レンズや単車に関わる、拙僧の与太話で笑っていただくのにあり、あまり趣旨から外れるコンテンツはよろしくないなと思っています。ところが、先日、ついウッカリ、知人のブログに書き込んでしまったので、自分のブログでもちゃんと(?)書かなきゃいけないなと思ったんですよね。イトーヨーカドーで確保した@168円のベルギービールの後に、チリの分かり易いボックスワインを痛飲してイイ気になってしまったんですよね。丁度、妻も出張で居なくて寂しいし。それにしても、なんで日本人はカルベネソービニオンが好きなんだろう。メルローに混ぜないでほしい。

Dcp_0450 例の北の斜向かいの恩さんが家督を継いだものの、リアルにヤバいらしいって話です。「あ、この話に関わりたくない」と思った方は御賢明です。以降の話は無かったことにしていただきたい。拙僧(の友達の友達の友達の・・・)はxxさんだけは助けたいと、10000カナダドルを送金したのに、結局、北京経由でファルコニアに送金されちゃったりして。まあ、いい手切れ金だなと納得しているとか、そういう感じなのだ。しつこいようだが、友達の友達の友達が清瀬のフードコートで又聞きした話だ。

1181838_img 恩さんの最大の誤算は隣の大旦那の態度がツレナイことだ。かつては「血の同盟」とか言われて北京の軍事博物館で「xx戦争同胞展覧会」みたいなブースもあったのに。確かに海外留学していた恩さんは実家のプロパガンダを真に受けたりして、本当に知らなかったのかもしれない。しかし、大旦那との関係は先代の正さんの頃から冷え切っていたのだ。拙僧(の友達の友達の友達の・・・)が認識を始めたのはバンクーバーに住んでいた頃だから2003年頃だ。北の斜向かいの唯一と言っていい生命線である鴨緑江(ヤルーフレックスの語源ですな)の橋を、「改修」と称して大旦那が一方的に一方通行にしたりとか、嫌がらせを始めたのだ。更に、ソビエトで言う親衛師団を含めた尖鋭の部隊を鴨緑江の北側に移動し、いわゆる「夜逃げ人狩り」を強化したのだ。この辺の話は我が国でもしばしば報道されたと思う。実際の所、北の斜向かいの家計は70年代から火の車だったようだ。詳細はちょっと控えるが、大旦那の家だって「大躍進」が失敗してロクなメシを喰えなかったのだが、北の斜向かいは遥かに喰えなかったらしい。なんか「らしい」「思う」ばかりが続いてウンザリなさっていると思うが、あまり断定的に書いてチェーカーが付くと嫌じゃないですか。「お前みたいな三下を相手にするほど、工作員は暇じゃねえよ」とお思いだろうが、このブログって本当に北京じゃ開けないんですよ。「北兆銭」とブログに書いて、スパムメールが多くなったっていう実感がある方って少なくないと思うのですが。

Dcp_0306 関係が決定的に冷え込んだのは、おそらく通貨危機の2007年頃だと思う。正さんは、状況を認識していたらしく、公に忍びに列車で何度も大旦那を尋ねたようだ。無論、将軍や閣僚級の人材も移動の形跡がある。この辺も我が国で大きく報道されていたから、ご存じだろう。しかし、表立っては大旦那との不仲を知られたくないところだ。正さんは、その辺の事情を恩さんに説明する暇も無く、急逝してしまった。

Dcp_0482 実際の所、大旦那の台所事情も安泰ではなかった。決定打は例のベオグラードでの誤爆である。ここでは「ワザとやった説」は不問にしたい。大旦那は真剣に米屋さんと戦争が出来るか検討した形跡が後の全人代である。結論は「米屋さんには通常兵力の戦争では勝てない」である。言い換えると、「核兵力を使わないと勝負にならない」ということだ。大旦那だって核戦争は避けたい。大旦那の取り巻きも、第二次天安門事件の痛手が予想以上に大きかったこともあって、動きは慎重だった。現に胡さんは第一天安門事件で痛い目をみたが、幸いなのか意図的なのか第二次天安門事件では地方にいた。しかし、時代はかなり前後するのだが、大旦那の御家復興のプランから「自由化」を排除できないのというのが総論となった。お家復興の大筋のプランは以下の通りだ。1に米屋との和解、2に軍縮、3に経済開放である。「軍縮」に違和感を感じる方もいらっしゃると思うのだが、大旦那にとって最も恐ろしい敵は屋外にあるのではなく屋内だ。昔風に言えば「地方軍閥」だな。確かに、大旦那のセキュリティ関係の予算はうなぎ登りだが、今や兵器や兵力の開発・維持は恐ろしく金がかかるようになった。あの大長者の米屋だって自国だけでは戦闘機を開発するのが難しい世の中なのだ。「質」を上げて「口数」を減らすのが主目的である。なにもトウさん一派が平和主義だったわけではない。国内の軍閥を穏やかに粛清する為だ。軍閥というのは相当厄介だ。

Image20 現代の大旦那の家でさえ、軍あるいは方面軍の統率がパーフェクトではないようだ。それは先のレーダー照射の一見で我々も知るところである。ならば、軍内でも食える師団と食えない師団が混在する恩さんの家は到底手に負えない。本来は軍の発言力を弱めるべきだったのだが、火に油を注いでしまったな。拙僧個人は「天才的な戦車の操縦術」を披露する恩さんの愛車がPT-76なのが微笑ましかったが、話はもっと煙たい方向に向かっている。かなり端折るが、大旦那のプランは今の所、概ね上手くいっている。勿論、町内会は何時までも上手くいくわけではないと戦々恐々なのだが、西側町内会の面子も一枚岩ではなく、庭先の一石をとってもイザコザは尽きない。

Dscn0231 恩さんは自分では大旦那のプランを参考にして、自分の家を立て直す腹積もりだったと思う。思うのだが、その後の行動があまりにもブレている。恩さんは実際には大旦那のプランとは逆のことをした。つまり、米屋を敵国として糾弾し、軍備拡張路線を踏襲してしまった。結果、経済開放などはちゃぶ台返しである。気づくと、今まで味方だと思っていた大旦那は完全にそっぽを向いている。先の半島での演習でB2が参加したのも、大西洋艦隊のイージス艦を日本海に向かわせたのも、大旦那は了承済みだろうな。B2が実戦で使い物になるのかは大旦那も知りたいところだし。一番得をしたのは同族離反の南の斜向かいの朴さんだ。なんと、米屋がF-35を売ってくれるのが確定したらしい。我が国としては面白くない話だ。
恩さんが未だに理解できないのか、理解したくないのか、それは分からない。しかし、大旦那にとって見れば、今の恩さんの存在価値は極めて小さいのだ。かつては米屋の分家に近い南斜向かいの朴さんの家と、直接敷地が隣接することは、避けたい重要な問題だった。しかし、現在の戦争はかつての歩兵を主軸とした地上戦ではない。地球の反対からリモートコントロールしたミサイル、あるいはミサイルを搭載した無人機がクリティカルヒットを放つのが新しい戦争のやり方だ。最早、「緩衝地帯」などというものは往年の価値は無いのだ。大旦那と恩さん家の商売は我々が思っているより悲観的だ。そりゃそうである、南町の朴さんの方が遥かに金をくれるから。大旦那の敷地と朴さんの敷地の境界線争いは当面保留となって、双方とも安心しているだろうな。

Photo 拙僧個人が願っているのは「その時」が来るまでに、自衛隊を軍隊にし、まともな交戦規定を定めて、ちゃんと脅威に対抗できるシステムに変換することだ。何度も言わせていただくが、大旦那はミサイルが必ずしも東に飛ぶとは思っていない。

もし、「日本は平和な国だから軍隊は相応しくない」と思う方がいるなら半年くらい、新疆なりキルギスタンなりに住んでみるとよい。バンクーバーだっていい。歩いているだけで、なにも悪いことはしていないのに白人のガキにリンゴの芯を投げつけられて見れば、世間レベルの視点が定まってくるだろう。
単車のワイヤーロックなりU字キーは主に視覚的効果によって威力を発するのである。盗む方からすれば2つ外すより1つ外す方が容易く、ワイヤーロックも無いのは貰っていい物に見えるだろう。だからと言って、誰でもがマイナスドライバー1本でJOGなりDIOなりのロックを外すことが出来ると分かってしまえば意味がない。実が合っての視覚効果だ。

Imgp1904 恩さんが本当は利口なのか、そうではないのか、実際の所は良くわからない。分かっているのは大旦那が北の斜向かいの資産を本当に凍結し、米屋が虎の子のステルス爆撃機とイージス艦を軒先に向けても、大旦那は大筋で了承していることだ。
さあ、土曜ワイド劇場は残り30分を切っている。状況証拠は交差し、どのように結ばれるのか見ものだなあ。

こういう政治風を吹かせた与太話ってのは、自分があまり賢くないのを披露して回っているのは分かっているのですが。やっぱり、妻が居なくて欲求不満なのかしら。

Dscn3675んなもの拾っています。

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2013年4月 8日 (月)

フジフィルム クラッセ(初代) + ベルビア(期限切れ)

Image9_2 「簿記?簡単だよ。仕事が無かった時に取ったよ。日商簿記2級でしょ?」

父親の葬儀で再会した下の妹が言うのだ。自分が勉強に使った教材をくれるというので受け取ったのはペラペラの簿記3級と2級の参考書が1冊ずつ。嗚呼、妹よ。君が大好きな耽美系SF小説を読みながら右足の指で取った簿記3級の模擬試験。兄は平均点の半分の得点だったよ。北関東の「学園都市」とか自分で言っていい気持になっている大学関係者や研究所の連中の特許を右手で受け取って左手で手放すだけで銭を生む彼女の錬金術。考えてみれば、キタムラのジャンク駕籠から使えそうなカメラを拾ってネットオークションで売りさばく拙僧と似てなくもない。但し、0の数が5~6個違うがな。ていうか、なんで君の年収でフィット・ハイブリットなの?拙僧だったら、ディーラー認定中古の高年式アウディTTロードスターにするけど。

「だって、xx研究所のお姉さまたちが色違いのフィットに乗っていて、あたしの色で揃うんだもん」

そうかい。兄として忠告しておくけど、お前、絶対ガールズバーとか行くなよ。後戻りできないと大変だからな!!そうじゃなくてもビアンの傾向があるのに。

Image31_2 「高田馬場の店を売ったから、税金対策が大変。」

上の妹と面と向かって話すのは拙僧の結婚式以来だから11年ぶりくらいか。前に会った時には挨拶も交わさなかったけど、確か父親から「スタッドレスタイヤを買え」と言われて鬱陶しがっていたなあ。あっしは4ツ輪って詳しくないんだけど、あの3シリーズ(BMW)のホイールって純正なの?なんか、はんぺんみたいに扁平なんだけど。やたら細いスポークが多いし。あの、ホイールにクラス相応のスタッドレス履いたら、父親の素うどんみたいなワゴンRの下取り金じゃ足りないだろうなあ。

聞くと、数年前から経理を担当した母親を外して会計事務所に任せているそうだ。「ボケたから」というが、どうも、母親が豪快に抜くので「ヤベエ」と思ったらしい。そうだよなあ。昭和40年代の感覚で決算書作っていたら、確実に捕まるよなあ。

Image37_2 実際の所、拙僧だって勉強の成果が無かったわけではない。「個人事業から法人化するには年商1800万円が目安(所得税が44%にもなる)」「所得は低くても白色申告よりも青色申告の方がオプションがついて得」「配偶者控除の103万円は売上高ではなくて、経常利益で大丈夫」「税務申告は必ずしも税理士を介入させる必要は無く、顧問料をスポットで払うだけでも可」など、いろいろと為になる知識を得た。勿論、そんなことは教科書には載ってないっすよ。図書館で経営とか経理とか財務とかに関する本をいくつも借りて読んで、気が付いたことを簿記なり社会労務士なりの教師にぶつけたんですよ。勿論、スモークタイムにです。今は生徒だからタダだけど、なんとかコンサルタントに頼んだら、結構な金をとられるじゃないっすか。そういえば、若い簿記の教師に一度だけ「Rikkieさんも少しは基礎を・・・」とつぶやかれたなあ。

Dscn3215 おっと、電話だ。ああ、国番号が81だから出張中の妻からだ。15時頃に香港からCメール(なんと海外からCメールが届く)が届いたっけ。ああ、共通の友人であるところの現地エージェントも珠海から遊びに来たの。ちょっと替わって。ゴメンねえ、今回はいいコンパクトデジカメが用意できなくて。楽凱のフィルムは生産終了になったから、今回が最後だよ。言わなかったけど、あのパーフェクトな日本語がちょっと訛ったねえ。ところでセンカク以降は商売が大変じゃないの?ああ、xxxxx?成るほど、そういう日本語の売り方があるんだあ。やっぱり円は安泰だねえ。

あっしの周りには夫のサラリーで子供と家計を支える、サザエさんみてえな女子はいないのか?

クラッセに期限切れのベルビアを通した。買った時は期限切迫で100円だったけど、期限が切れるまで寝かせておいたのだ。

素晴らしい出来具合である。

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2013年4月 5日 (金)

フジフィルム ファインピクスM603

Image38 こないだ、割とガチな商業簿記3級の模擬試験があった。なんでも、拙僧のクラスは過去にない程に優秀な成績で、100点満点を含めて6名くらい90点以上の方がいらっしゃった。平均点は歴代の記録を越したそうだ。その平均点、拙僧は立派に下げさせていただきましたよ。思い出したのは、拙僧が埼玉県でx番目に馬鹿な工業高校生時代に、数学で2点を取ったことがある。それも解答には○ではなく△が書かれていた。流石の馬鹿高校の拙僧の母校でも、中間期末試験で0点を取ると落第になったから、先生が手心を加えてくれたのだろう。ちなみに、拙僧の高校のレベルは自分の名前を漢字で書けると、ひとまず5点くれる科目も有ったほどだ。社会の試験で「日本の地図を書いて都道府県と県庁所在地を漢字で書く」という、高校生とは思えないような試験問題が出たが、拙僧は青森県青森市しか書けなかった。埼玉の浦和も書けなかったのである。「浦」の漢字が分からなかったのだな。流石にやべえと思ったので、ソ連の地図を書いて、各共和国の首都を書いた。「ベロロシア共和国=ミンスク」「キルギス共和国=フルンゼ(当時)」とかである。それはそれで点数をくれたから、まあ、呑気な学校だったのは間違いない。そんな拙僧だが、情報処理系の科目は毎回、ほぼ満点だった。当時から、バランスの悪い人間だったのだな。

Dscn2915 そういう訳だから、平均点で勝負しても勝てないことは初めからわかっていた。なのでユニークなスキルを特化させることで人生と言う戦争に挑んだのである。先ほど馬鹿高校と書いたが、拙僧のイルクーツク農工高等学校は農業科や林業科から機械科・電機科とバラエティに富んでいた。拙僧の所属した電子機械科というのは、当時はイルクーツクの民族系進学校よりちょっと難しい偏差値だったのだ。トータルでみると、ちょっとお利口でないということだ。校門に近い方からお利口でない学科の教室が並び、一番奥が拙僧の所属していた電子機械科だった。なので、上半身裸の3人乗りオートバイというのが校門から現れると入り口では大盛況な物の、奥の方になるとボルテージが徐々に下がっていくというありさまだった。拙僧などはヒューヒュー言いたかったのだが、そうでなくても仲良くなったお利口でない学科の先輩と友達になり、授業中に遊びに誘いに来るという状況下で、同級生とは全く馴染めていなかったから目立つ行為は出来なかった。今から考えたら、あんなしけた連中の顔色をうかがうくらいなら、堂々と農業系学科の先輩と交流を深めた方が人生的には濃密な物になったと思うのだが、そういう事が分かってくるのは上京した専門学校時代からになる。ま、アウェーな雰囲気って嫌いじゃないしね。

Dscf0002 ああ、なんか全然カメラの話題に移らないなあ。強引に舳を変えると、21世紀も越えてくると、まだまだ高画素数競争が過激であったのだが、一方でユニークな特性という視点からカメラのキャラ性を与えて、差別化を図る動きも見られるようになった。例えば、従来のコンパクトカメラのボディサイズに抑えながら光学10倍ズームレンズと搭載したり、屈曲光学系で画期的なスリムボディを実現したりである。本カメラは動画撮影という特性を与えたものであった。それが成功したのか失敗したのかは動画はシングル8で撮る拙僧には良くわからないのだが、少なくてもファイピクスA系シリーズやF系シリーズが踏襲し続けるのに対し、M系モデルは本カメラが1代で絶えたのが、結果を表しているのだろう。

コンテンツもご覧いただきたい。

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2013年4月 2日 (火)

ニコン EM + Eシリーズ35mmF2.5

Dscn3655 ああ、またEMを拾ってしまった。EM好きなんですよねえ、あっしが初めて自分のお金で拾ったのがEMなんですよね。ネットオークションで薄曇りのズームニッコール35~70mmF3.5~4.8付きで1500円は妥当な線か?

Dscn3659 嬉しいのはEシリーズの単焦点をやっと手に入れたのだ。それも人気の高い35mmF2.5である。コンディションは申し分ない。これもネットオークションで2100円。安くなったなあ。

今週末の犬山祭りに動員したいと思っていたのだが、天候不順らしい。

「潜るんです」を巻きなおしたISO1600カラーネガでも詰めてみるか。

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