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2013年4月14日 (日)

NHJ Che-ez! Foxz

Imgp1932 冷静に考えてみると、「正規空母」を運用して、実際に戦争できたのは歴史的にも日本と米国くらいだ。第二次世界大戦前にも空母は存在したが、機動部隊同士の本気のたたき合いなんて、太平洋位じゃないだろうか。英国軍の空母なんて「護衛空母」くらいの役にしかたっていないようだし。戦後になって本気になって空母を作ろうとした国はロクな目にあっていない。英国は先の大戦後、勝利はしたものの事実上、全ての植民地を失ったし、「レンドリース」で米国人から受けた借金を返し終わったのが2006年である。ケチだなあ米国人は。日本人だったら、接待漬けにされてちょっと褒められたら、昔の借金なんてすぐチャラにしちゃうだろうな。そうじゃなくたって、度々、東北の小役人が南米娘に騙されて数千万を払っちゃったりするし。それだけ、国民が自分の払った税金に真摯な目を向けているということで、そういう所はアジア人も見習うべきだなあ。結局、戦後の英国は小国のフォークランド相手ににエラク手こずった。現在は軽空母ぐらいしか展開していない。「クイーン・エリザベス」とか大層な名前を付けたヘリ空母を作っているらしいが、ちゃんと運用できるのだろうか。

Imgp1871ロシアは、というかソビエトは空母を持とうとして死神に睨まれた典型的な例である。なんたって、国が無くなってしまった。ソビエトが空母を作るらしいというのは、戦後からあった話なのだが、具体的に姿が見え始めたのは拙僧が高校生の頃だ。いや、70年代からキエフ級航空巡洋艦があった。これは一種の軽空母でVTOL機のYak-38(フォージャー)を搭載してた。このキエフとYak-38の組み合わせが実戦で使い物になるのかどうかは、中学生でおニャン子を否定していた「女子に相手にされる必要が無い幸せなグループ」にとっては重大な関心事だった。なにせ、情報ソースがエリア88と航空ファンくらいしかない。航空ファンだって、当時のソビエトのベールの向こう側の情報を供給するのは中々の難しさだった。結論的にはYak-38等と言うのは「ただ並べていて、時たま上昇したり着陸したりできた。」という航空機でしかなかった。嬉しい物で、最近では古いソビエトの映像も「びっくり映像100連発」みたいなテレビ番組で流れるから、4番艦の「バクー」への着陸に失敗したYak-38が炎に包まれるシーンを見ることが出来る。いやあ、長生きはするものだ。ああいう「流れモノ」の映像ってのは、インターネットで簡単に探すことが出来るのだろうか。その「バクー」であるが、インドに身をやつした後に、今では甲板をスキージャンプ式に改造して、ちゃんとした固定翼の艦載機を飛ばすことが出来るようだ。なんだ、もう少しでちゃんとした空母になる可能性があったんだなあ。ちなみに、キエフ級2番艦の「ミンスク」は極東艦隊に所属し、「戦記物マンガ」では北海道侵攻の主役を担っていた。でも、ソビエトって崩壊してしまったのだ。拙僧が高校生の頃にはウラジオストック市だって小銭が欲しいから、日本のTVカメラを受け入れた。そこで斜めに傾いている「ミンスク」に、拙僧は涙したぜよ。

Imgp1923 それが21世紀になったら、「ミンスク」は深土川(シンセン)でテーマパークになってしまって、例の「14ヘクス飛ぶ対艦ミサイル」にまたがることもできる。いや、「ミンスク航空空母世界」では、対艦ミサイルにまたがるのは禁止されているので良い子は真似しないでね(怒られました)。

ちゃんとした空母の方は80年代後半にどうやら「レオニード・ブレジネフ」と名付けられたようだった。あれ?「ソビエツキー・ソユーズ」じゃなかったっけ?「リガ」って説もあったな。と、埼玉の寒村は混乱したが、ミハイルさんの「ブレジネフ批判」もあってか、「トビリシ」に変更になった。と思ったら今度はソビエトそのものが無くなってしまい、グルジア共和国の首都である「トビリシ」は駄目だってことになって、「アドミナル・クズネツォフ」に改名する。その後、ロシアは経済的に大変なことになって、拙僧は「バクー」みたいに小麦粉と物々交換で外国に売り飛ばされたと思ってたが、今でもロシアの北洋艦隊に所属しているようだ。

実は「アドミナル・クズネツォフ」は空母ではない。航空巡洋艦なのだ。だから、甲板がぱかっと開いて対艦ミサイルが飛び出るようになっていた。多分、ボヤッキー氏がタツノコプロ時代のアイデアを反映させたのだろう。そういう甲板に離発着するパイロットの心情は如何な物だろうな。なんで、そういう中途半端な感じになってしまったかというと、ソビエト時代にトルコと例の黒海から外洋にでる海峡には空母を通さないと条約を結んだのだ。だから、ウクライナの黒海に面した造船所で作られた「アドミナル・クズネツォフ」は空母ではなく、航空機を搭載した巡洋艦なのである。

最近、北の斜向かいが騒がしくてTVでも取り上げられないのだが、大旦那の初の空母となる「遼寧」は「アドミナル・クズネツォフ」の2番艦の「ワヤリーグ」を母体としている。「ワヤリーグ」は、一応は浮いていられる状態まで完成したものの、ロシアもウクライナも資金不足で持て余していた。それを大旦那が「カジノにする」といってスクラップ同然で買い入れたのである。買い取ったマカオの会社は実体のないペーパーカンパニーだったそうで、大旦那が一芝居売ったのだろう。当初は固定翼機だけで60機ほども搭載できたという話もあった「ワヤリーグ」だが、実際には戦闘/攻撃機が30機、支援機が10機前後、ヘリコプターが10機程度のようだ。大旦那も認めていることだが、これは「練習用空母」で、正規空母は国産を製造中だそうだ。そもそも、空母を運用するには早期警戒機とか対潜哨戒機とかを艦載にできないと、殆ど意味がない。大旦那の手持ちに適当な物が見当たらないから、領海の外に出て作戦を行うのは難しだろうな。流石の池上あきらさんも、「遼寧」が太平洋の脅威になるなんてことは言わず、「対台湾用には使える」というようなことを仰っていた。確かに、その程度の作戦になら使えそうだ。気になるのが、所謂「中華」ではなく、東北部という周辺部の地名である「遼寧」を名づけたことだ。もっとも、「天安門」なんて迂闊に名づけて使い物にならなくて沈没なんていう事になったら大問題になるから避けたのかも。拙僧は大旦那があえて周辺部の地名を付けたのは、東北や新疆や西蔵も一様に中華であるというメッセージなのではと思っているのだが。

Dscn1456 「正規デジカメ」がまだまだ高額で、海の物とも山の物とも評価が確定していなかった頃、ひとまず「トイデジカメ」で代用するというニーズがあった。その後、「正規デジカメ」が安くなったので、代用品というニーズは無くなったが、安っぽい不安定でいい加減な写りが「カワイイ」というので、「トイデジカメ」は21世紀も数年は乗り越えたようだ。しかし、かつて複数あった「トイデジカメ」のブランドも、今やほとんど残らず、現在の廉価コンパクトカメラも高価なデジ一眼も「トイ(デジ)カメ」モードを搭載して個性の一つとしている。

「遼寧」を「トイ空母」として本カメラに結び付けようと思ったんだけど、上手くいかなかったなあ。

コンテンツもご覧いただきたい。

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コメント

こんばんは Rikkie師匠

タイトルと、記事の内容の比率がおかしいです^^;)。

ところで、史上最低画素のデジカメってなんでしょう?。
ポケットカメラが1.4万画素で群を抜いていますが、
あれはデジカメと言えないか...。

投稿: 鍛冶屋 | 2013年4月14日 (日) 22時58分

意外と日中屋外だと普通の写りですね。

投稿: nakky | 2013年4月14日 (日) 23時36分

どもども、鍛冶屋殿。

拙僧が知っている限り、「カメラ」として売られた物で一番画素数が小さいのはタカラの8万画素ですね。携帯電話やPCに埋め込んだカメラだと、もっと少ないのがあるかもしれないですが。

これも既に手元にはないです。去年の忘年会で「1500円程度のプレゼント交換」で手放しました。

投稿: Rikkie | 2013年4月15日 (月) 12時29分

どもども、nakky殿。

色がちょっと変ですが、ちゃんとした晴天下で手振れを抑えれば、それなりの画像を映します。
この辺は「Che-ez!」ブランドの面目でしょうか。

投稿: Rikkie | 2013年4月15日 (月) 12時30分

Rikkie師匠

カシオのリストカメラが2.4(2.5?)万画素ですって^^)。

>これも既に手元にはないです。・・・
残念・・・これのPCドライバーが欲しかったんですが。

投稿: 鍛冶屋 | 2013年4月15日 (月) 15時04分

どもども、鍛冶屋殿。

ああ、有りましたねえ腕時計式のデジカメ。
2000円くらいならちょっと欲しい気がしますね。

投稿: Rikkie | 2013年4月16日 (火) 18時22分

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