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2013年7月31日 (水)

オリンパス キャメディア C-1400XL

Dscn3740_3 先日、「さんまさん」のトーク番組を妻と視た。「ローラさん」が更迭されていた頃だからけっこう前だな。テーマは「若い連中のカルチャーと大人とのギャップ」という連作続きで荒地になった元耕作地のようなものでぺんぺん草も生えない。それでびっくりしたのが、若い連中が「常識を超えた凄いもの」或いは「非常に関心を得たもの」を表現するのに「クソxxx」とか「鬼xxx」というらしいのだ。拙僧も、バラエティー番組を真に受けるわけではないのだが、ああいう番組でトレースしてしまう連中はいるだろうな。そういう連中が海外で日本文化的で素晴らしい物に接した時に、英語圏では「Shit Jap!」、漢語圏では「鬼日本!」というのだろうか。まさかねえ。隣に、リベラルな現地の方がいらっしゃったらひっくり返るだろうな。特に、後者は止めた方がイイ。

Pic00073_2 デジカメのミドルレンジが130~300万画素級だった頃は、まさにオリンパスの黄金時代だった。それが傾いてしまう事情の詳細はコンテンツに譲るが、「メーカー本位のニーズの決めつけ」が有ったんじゃないかなと拙僧は思っている。そういう傾向はオリンパス史の中でしばしば繰り返されてきた。現在、オリンパスは再び黄金時代を迎えている。会社自体は「バブル時代のツケ」で経営は不安定かもしれないが、カメラ女子の中で「デジペン」は圧倒的なシェアを占めている。拙僧の見方ではオリンパスと言う会社はフォロワーライターが言う様な若く柔軟な組織構成とは思えないな。「宮崎あおいさん」を起用し、女性子供をターゲットとしたマーケット設計はライトで柔軟で成功した。それは「フィルム時代のカリスマ的なエンジニアさん」が消え去って、「女子供を舐めた姿勢」を修正できたからなのではと思っているのだが。

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2013年7月27日 (土)

ミノルタ ディマージュS304

Dscn6437  最近、というか随分前から主力PCの富士通LIFEBOOKの調子が悪いのだ。まだ、買ってから2年くらいしか経っていない筈なのに。富士通のPCブランドがLIFEBOOKなのを最近気づいたのだが、FMを止めたのは何時頃なのだろう。ともかく、4つあるUSBポートの2つがダメになった。なので1つに二股ソケットをつけてキーボードとマウスの無線端末をつけている。キーボードとマウスは同時には使わないから、大した問題は無い。問題は、残るポートが1つしかないことだ。これだと、フラットヘッドスキャナーでネガを読みながらコンパクトフラッシュをリーダーで読むということができない。結構なストレスである。こいつを二股ソケットで増設しようとすると、恐ろしく処理速度が遅くなるので実用は無理だな。それにDVDが怪しい。ディスクを固定するフックが物理的に1つ欠けているのだが、どうも書き込むのが怪しく、このPCで焼いたDVDが他のPCで読めないのだ。そもそも、書き込み中にエラーになるのも珍しくないし。一番困っているのが、複数のブラウザを立ち上げると、IMEの切り替えやそもそもの日本語入力に物凄く時間がかかる時があるのだ。しばしば、ブラウザもエラーの発生を訴える。OSのパッチが増えてとも思ったのだが、どうもそういうことではないらしい。なんだか妙なスクリプトが走っている気配がする。どうも、ちょっと気を抜くと「ゴルフ青年」の「聞き流しラーニング」のページに飛んでしまうのだけど、あれはうちの端末だけなのだろうか?何やら、何かのスクリプトでエラーが出ると、自動的に「聞き流しラーニング」のページに飛ぶ気がするんだけど、気のせいなのだろうか?「ゴルフ青年」だって、最初は厳しく露出を制限していたのに、最近では露骨にTVCFに出るわで、調子に乗っているんじゃないかなあ「聞き流しラーニング」は。「ゴルフ青年」には、このところ勝てないという台所事情があるのかもしれないが。資金調達関係とかクレーム関係とかで「聞き流しラーニング」を叩く、勇気のあるパブリシティは無い物だろうか。「ローラさん」ですら手が出ないんだから無理だろうなあ。

Pict0226  本カメラは「幻の名機」とされているようだ。なんでも、3ヶ月しか発売しなかったらしい。近代の量産工業製品とは思えないな。まるでジャンプで票の稼げなかった漫画みたいだ。思ったように売れなかっただけが理由だとは単純には思えないのだが。ミノルタとしてはディマージュ7が売れたから、中核となるミドルモデルは、もっと良く考えたものにしようと思ったのだろうか。それに、本カメラを「名機」と称するのは少々頂けないのだ。なんだか、気を抜くと一気に崩れるような開発やら生産環境が有ったのだろうが。

 そうだ、気を抜くとグーグルが勝手にブラウザをインストールするのも気に入らない。絶対に使ってやらないことにしている。いや、グーグルの検索は使うがブラウザを押し付けるやり口が気に入らないのだ。こういうのは、普通にマックが都合のいいアプリなりをインストールするiPadあたりを使っている方々は抵抗が無いのだろうか。

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2013年7月24日 (水)

Verite(?)

Dscn5074  ライトウェイトスポーツというジャンルがある。概ねモーター系のファンに心地よい響きがあるな。具体的には「峠だったら2st250ccのNSR、若しくはガンマの方がリッターマシンより速い。」という類だな。三河なんて言う田舎はツマラナイものだが、ピカピカのガンマやKRが見れるという点では楽しみである。それは、あながち気の迷いという物でもなく、実際に拙僧のオフロードマシンであるCRM250Rだって、タイトな峠では簡単にスカイラインクーペを抜くことは可能だ。これは別に拙僧の腕が良いという訳ではなく、2006年以降に生産した4輪なり2輪なりというのは燃費やら排ガス規制やら、面倒な事情を考慮しなければいけないのだから、それだけでハンディである。そういう意味で言うとGSX-R400SPを相手に奥多摩有料の下りでニンジャで勝つというのは、確実にマサキの腕によるな。

 ライトウェイトスポーツの発祥は多分、第二次世界大戦後の英国であろう。米人のようにオーバルコースで大排気量のヘミが良いというような単純な思考回路ではない英国人にとっては、タイトなコーナーを軽量ボディと非力なパワーソースで駆け抜けるのは快楽であった。そして、しばしば大排気量のベントレーを抜き去るのである。我々の様な幸いな東洋人は、単純に「お金は無いけど気合は負けねえ」で片づけるのだが、階級社会の厳しい英国人にとっては、上流階級のベントレーをオースチンだのサンビームだので抜き去るというのは格別な思いがあったのだろうな。階級社会の不合理で不条理な社会は、拙僧は直接接したわけではないが、直轄植民地であったカナダには住んだことがあるので、分からないでもないな。そういうのをいかに米人が馬鹿にしているかはサウスパークを見るまでも無く分かる。我が国では安アパートで生活費を削りながらポルシェに乗るというのも理解できなくもないが、これを国外で説明するのは厄介な仕事になるな。拙僧だって「I had one open car and 3 motorcycles.」なんて言おうものなら

「なんでお前は金も仕事もある日本から、カナダなんかに来たんだ。」

と北米だけではなく、中南米の方々に説明するのは苦労だった。オープンカーだってビートだし、単車にはレーサーのCR80も含めいているのだが。それでも、大したものだよなあ。

Dcp_0332  「ライト」を日本語に訳する「軽」となる。この「軽」という言葉の雅は何も我々庶民だけではなく、エグゼクティブな連中にも響いていたらしいのは、先の大戦前夜の軍用機にも見て取れる。あまり掘り下げると収拾がつかなくなるので大概にするが、戦前に効果を期待して実戦で全く役に立たなかったジャンルに軽戦車や軽爆撃機がある。ちゃんとした正規戦車や正規爆撃機ほどの打撃力は無くても、価格が半値なら効果は6掛けくらいあるだろうと思うのは国は違えど将官の人情という奴だったらしいな。つまり、「お金が無いから軽自動車のxxで満足するしかないなあ」というのは、我々民間人だけではなくて、税金を使う方々にも同様な次第だ。実際に戦争が始まると九五式軽戦車とかフェアリーバトルとかSu-2とかが、それはそれは酷い目にあったのは、我々も松本零士の漫画や岡田いさく氏の書で知っている。子供心に不思議だったのは一式戦闘機、つまり「隼」の存在だ。Wikiでは不思議と大した問題にしていないのだが、幾らなんでも7.7mm機銃ではリモート銃座まで備えた米爆撃機に対して不利だろう。最近の資料では対弾性も考慮して、零戦よりも先進的なプロパティを紹介しているが零戦の20mm機関砲に比べると大幅に劣るんじゃないかな。実際に二式戦闘機とか三式戦闘機とかと併用しているのは子供心に妙であった。つまり、当時の陸軍には軽戦闘機と重戦闘機の組む合わせ運用という思想があったらしい。現代で言うところのハイ・ローミクスだが、実際のところ隼の多くの生産型は12.7mm機関砲を搭載していたし、二式戦である「鍾馗」も12.7mm機関砲を搭載していた。隼を軽戦闘機として位置付けていたのは、当時の陸軍が12.7mmよりも口径の小さい銃器を「機関銃」と呼び、12.7mm以上の口径の銃器を「機関砲」と呼んでいたのに因するようだ。つまり「機関銃」を搭載するのが軽戦闘機であり、「機関砲」を搭載するのが重戦闘機なのである。官僚主義者の考えそうな簡単なロジックである。しかし、現実的には12.7mm機関砲2門と7.7mm機関銃2門を併用する二式戦闘機を「重戦闘機」とするのは厳しいかなあ。後のモデルでは12.7mm機関砲4門に変更になったようなのだが。北京の航空宇宙大学の展示ブースにP-47があるので見てほしいのだが、本物(という言い方は嫌だが)の重戦闘機は、それは立派な物である。拙僧は二式戦闘機の実物を見たことが無いのだが、同じ航空宇宙大学の敷地内にあるP-61ブラックウィドウを眺めると、ちょっと戦争でこいつを生産する国に勝つのは難しいと実感のだが。

Dsc_0029  トイデジカメというジャンルは今でも健在のようだ。そういう専門店のHPを見ると、エラク高い値付けでびっくりしてしまうな。だって、キタムラのちゃんとした800万画素の中古デジカメが2980円くらいで売っているのに、ヴィヴィターの「ViviCam 5050」が12800円で売っているのだ。ちなみに、このカメラと極めて似たカメラが525円でハードオフに転がっているのだが、拙僧なんて高いと思うから手を伸ばしていない。でも。ちょっと使ってみたい気もするなあ。

 デジカメの生い立ちは、何も「不完全な画像」を得るために生まれてきたわけではない。旧世紀にはデジカメは高かったのだ。130万画素級で満足に撮影ができるオプションをつけると、平気で3~4万円くらいした。当時はデジカメへの投資が割に合う物なのかよくわからなかったから、いきなり4万円を投下するのは簡単なことではない。それで1万円かそこらのトイデジカメが正規デジカメの代用品として流通することになった。この辺の事情は軽戦車や軽攻撃機の生い立ちと重なるだろうな。

 そういう事情をメーカーも察すると、トイデジカメよりも1~2段ちゃんとしたデジカメが登場するのだ。代表的なのはファインピクスA201だろう。これはレンズは固定焦点(パンフォーカス)で、ISO感度のゲインアップも限定的で安く作られたカメラなのだが、ちゃんと被写体に光が当たっていればかなり綺麗に写る。それに、これは重要なのだけれども、パンフォーカスだから速射性があって、単三電池2本使用だから極めてコンパクトなのだ。この頃のデジカメは「動くものは撮れない」と称される程レスポンスが悪かったから、この種のカメラの特異性は有効だった。こういうカメラをライトウェイトスポーツカメラと言っていいのではないだろうか。

 もっとも、本カメラは紛れも無くトイデジカメである。

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2013年7月20日 (土)

ソニー サイバーショットDSC-F77

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 どうやら「ローラさん」は凌いだようだ。本ブログを公開させていただくのが7/20だから、平気な顔をして「さんまさん」やら「所さん」やらのTV番組に出ているだろう。どうも「散々叩かれてからの反作用としての同情票」が発生したようにも思えない。「ローラさんの代わり」のクオリティがことごとく低かった事情もあるだろうが、あの「パーフェクトに整ったお顔立ち」以外にテクニックがあるのだろう。無論、それはバックボーンに「頭の良い方」がいらっしゃるのだろうが、それにしても見事なダメージコントロールだな。「元コムロファミリー」の娘さんたちの「ぎりぎりスルーした感」も無いし、「怪文書」や「怪写真」が出回った形跡も三河では確認できない。強い星の基に生まれなさったのだろうなあ。

 「強い星の基」と言えば「こむかいさん」だろうな。彼女が薬物問題でフィリピンから帰国した際の堂々たる姿は既に忘れられたのだろうか。「人生で困った時には自らの乳房で解決してきた」Dsc00204、そういう強いメッセージを放っていたな。向こう、1カ月はワイドショーを賑わすはずだった彼女だが、我国の「歴史的な天災」の発生でパブリシティの表舞台から消え去り、一月もしないうちに小さく不起訴になっていた。もっとも、その民意の遷移については、まだ、我国の「歴史的な天災」を軽々しく触れる時期ではないので、このへんで早々に切り上げさせていただきたい。多分、知っている方は少ないのだが、あの日の午後に「いしはらさん」が結構な失言をして、これは星に見放されたかと思った、やっぱり星の強い方はいらっしゃるようで、首都圏も一気に保守色になった。

 その後、「こむかいさん」はポルノ女優として本来のスキルを発揮なさっているそうだ。そもそも、我国の報道系は柔らかに表現していたが、フィリピンの国営放送(多分)ははっきりと「日本のポルノ女優が・・」とゆっていたしな。彼女の自伝と言うのがあるらしいのが、これが物凄い生い立ちの持ち主らしいのだ。流石に三河の図書館にはおいていないので、先月、拙僧の軍管区に進出したGというレンタルビデオ屋に行ったのだ。実は、師団長兼政治委員の妻が大陸出張中なのだ。なので、「こむかいさん」の「天から授かった素晴らしい才能」を拝見するチャンスだと思ったのだ。下世話だなあ、今回話は。それで13年ぶりくらいにアダルトビデオコーナーというのに行ったのだが、いやはや、もはや進化し複雑に細分化された現在のアダルトコーナーは、拙僧の様な紅い壁に取り残された老青年には超えることが出来なかった。完全な敗退である。40歳を過ぎて勉強する事ばかりだなあ。

Dsc00049  話をちょっと取り戻そう。既にどこかで書き散らしてしまったと思うのだけど、拙僧は権威主義が大嫌いだ。特に教師とか教授という人種に敵対的な態度を取ってしまうのだな。以前、通信で受講した福祉系大学のスクーリングでは「現在、鬱病や精神疾患で社会との接点を失ってしまう方が大勢いる。恐らく、これからはもっと増えるだろう。必要とされるのは社会復帰へのロールモデルである。つまり、鬱病や精神疾患が風邪や頭痛のように誰でも発生するモノであり、それは感知し社会復帰が可能であることを常識化し認知させる必要があるのだ。それは「クレヨンしんちゃん」で沢山である。「クレヨンしんちゃん」の友達のお父さんが鬱病になり、リアリティを緩和したければタイムスリップで過去に行ってもイイのだが、何かしらのミッションをこなし、自信を回復して社会復帰を果たすロールモデルを示せばイイ。誰が大学の教授の偉そうな講義をNHK教育で聞くもんかい。」と演説をぶってしまったのだ。いや、生徒の皆さんの評判は上々でしたよ。少なくても途中までは我ながら良くできた話だと思います。でもねえ、何も講師の大学の教授の前で言うことは無いですよねえ。そういうところで拙僧の素性の悪さが出てしまうのだが、これも生い立ちや環境が恵まれていなかったからなので仕方がないな(?)。

 それで、本カメラである。本カメラはソニー伝統の回転レンズ機である。回転レンズ機はフィルムカメラ時代では実現できなかったユニークな特徴なので様々なメーカーが多くのモデルを投入し、一時代を築いた。今ではバリアングル液晶ビュワーが受継いでのみである。廃れてしまった原因の一つは、大口径・大倍率レンズの搭載が難しかったからだろう。実際、本カメラは単焦点レンズである。しかし、「ツアイス」の「ディスタゴン」なのだ。権威主義の大嫌いな拙僧でも、レンズのブランドとなると弱いな。勿論、サイバーショットの「ツアイス」なんて、タムロンだかシグマだかと分かってはいるのだが。

 そういうのは「戦争で勝てる乳房」を持たない、我々男子の代価的な拠り所なのだろう。

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2013年7月17日 (水)

ペンタックス67 165mmF2.8 ビーチモデル撮影会

Dscn9869  既にサブブログでは報告させて頂いたのだが、プロモデル相手のビーチ撮影会に参加した。その辺のお姉さんを相手にした素人のやっつけ仕事ではない。名古屋のカメラショップ主催のプロモデル撮影会である。勿論、有料だから拙僧の貧乏師団には手痛い損害に当たるが、肖像権とか面倒なことをいう連中に霹靂していたので、思いっきり女子を撮影して露出したいと思ったのだ。その辺りのくだりはサブブログをご一読いただきたい。

Image11  「肝心の時に壊れるのがペンタックスである」そういう都市伝説は拙僧も知っていた。この後に続くのは「ペンタックスのプロサービスは決して安い物ではない」なのだ。別にプロの仕事に関心は無いのだが、後者は多分その通りなのだろう。その辺の事情でプロはニコンかキヤノンを使うとされていた。ライカかツアイスのレンズでなければ仕事が出来ないプロなんて言うのはお笑いだとい認識は拙僧にもあったが、「肝心な時に壊れる」というのは一種の選民思想だと思っていた。ちなみに漢字が違うだろうというのは承知である。あの漢字は差別的な意味を含んでいるので、お行儀を良くしたい本ブログでは使いたくないのだ。それはともかく、本当に肝心な時に壊れてしまったな。勿論、1970年代の電子シャッターカメラが2013年までひとまず息を残しただけでも立派と言えよう。しかし、困ったのも事実だ。予備はあったのだが稼働実績がない。

 それで、ちゃんとシャッターが開かなかったり露光漏れしたりしたのだが、拙僧のやっつけ仕事には違いないから、皆様に叱られることも無いだろう。不思議なのはリスク回避の為にキタムラに出した45mmF4のネガは未露光はぼちぼちあるものの、露光漏れは無かった。ということは拙僧の自家現像が下手なのかタンクに問題があるのかもしれないな。

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2013年7月13日 (土)

ソニー サイバーショットDSC-S50

Dscn5228  拙僧は「エス系、エム系」とか「ドS、ドM」とかいう表現が好きではない。もしかしたら、過去に使っているかもしれないが極力避けている。それは、そいう性的趣向が無いのもあるのだが、そういう趣向のある方に、もしかしたら精神疾患的な原点があるような気がして避けていたのだ。

 先日、田口ランディさんの『もう消費すら快楽じゃない彼女へ』を読んだ。何でも日本では有名なエッセイストらしい。妻が図書館で借りてきたのだ。中々、関心深い無いようだったのだが、強く興味を持ったのは「SM」の話と「すきま女」の話と「私の詩集買ってください」の話だ。既に本は返したので、それぞれのサブタイトルは違うかもしれない。今回はその中で「SM」の話に注目したい。

 そもそもは、田口ランディさんの友人でSM写真家がいらっしゃるそうだ。基本的には女性を被写体としているのだろう。それで、モデルさんなのだが殆どの場合、自薦らしい。つまり、自分から「縛ってください」とオファーが来るそうなのだ。それだけなら、「そういう性癖があってもイイじゃないの」という話なのだが、どうも、そういう方々は過去に虐待を受けた経験があるらしいのだ。大人になって(中には14歳女子もいるらしいが)忘れているのだが、そういう写真を見てフラッシュバックのようにもう一度、束縛され苦痛を受けたいと思うらしいのである。あえて、大人になって、そういう束縛や侮蔑を受けることで、一種のセラピーになるらしいのだ。根が深いのは、そのSM写真家も少年期に家庭内暴力を起していたそうだ。

 メカニズムとしては分からない話でもない。何せ、拙僧も毎晩酒を飲んでは子供を殴ったり罵倒したりする父親に酷い目にあったからな。高校を卒業して、東京で暮らし始めてからが人生だと思っている。ただ、拙僧は縛られる方ではなく、逆に束縛されるのを極端に嫌う傾向があるな。吹けば飛ぶような単車が好きと言うのもその一面かもしれないし、権威主義に対して敵対的であるのもその一面かもしれない。別に、拙僧が特別に不幸だとは思わない。その程度の不幸は、拙僧の生まれ故郷の学区だけだって幾らでも転がっていた。自殺しちゃった同級生もいるし、殺されちゃった同級生もいる。つまり、昭和というのはロクでもない時代だったのだ。地方で教養が無く、生活が裕福でないというだけで生きていくのに何かと不都合だった。30年くらい前の話である。昔と言えば昔だが、そんなに大昔の話ではないな。無知と貧困はそれだけで罪なのだ。

そういえば、八王子時代に「SM」の撮影会に誘われたことがある。いや撮るだけで自分が縛られるんじゃないですよ。新宿の某所に「教室」とか「監獄」とか「和室」とか、特殊なシチュエーションを用意するスタジオがあったのだ。その時には既に妻と知り合っていたから、説明の面倒なネガを作る訳にもいかず、お断りした。しかし、危ないところだったな。もしも、特定の女性とお付き合いをしているわけでもなく、その方面にのめり込んでいたら人生が変わっていた可能性がある。いや、大いにあるな。拙僧はやりだすと、かなり掘り下げる傾向があるからな。そういう意味でも、今の妻と知り合えてよかった。

Dsc06109 本カメラはサイバーショットDSC-Sシリーズの走りとなったモデルだ。「S」は勿論「スタンダード」の意味だろう。当時のソニーは、フロッピーディスクやMDに記録するデジカメは別にしても、PシリーズにしろFシリーズにしろ、伝統的なカメラのスタイリングとはかけ離れていた。それで、中核となるSシリーズを導入したのだろうが、やはりソニー(元気な当時の)だからユニークなプロパティを与えないと気が済まないのだ。それも、幼少期に何かあったのかもしれないな。

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2013年7月10日 (水)

コダック スナップキッズ(期限切れ)

Imgp2289 「日本のエンジニアは独創性が無い。」

「日本のエンジニアは創作性が無い。」

この、インターネットで情報の供給過剰の世の中でもしたり顔で言う方は今でもいらっしゃいますな。勿論、本当にエンジニアを5年以上やった方、或いはエンジニアとして外国人と関わり合いになって仕事をした方は、そんなことは言いませんよ。日本人は信じられない程にナーバスで繊細なクオリティを絶対に不可能な工程表で実現する。いや、白人は出来が80%だというかもしれない。オリジナルは5%だというかもしれない。しかし、英語や北京語、インド人も英語で通用するかなあ。それらの言語でガチ口喧嘩が勝てる自信のある方なら、商売やってみるのもイイ。工程表を守るのがクリティカルだって納得させるのにエラク工数がかかるから。

「顧客からすれば80%の出来では仕事をしたことにならない。」

前にも言ったんですが。拙僧は某大学の夜間講座を受けているんですよ。ジャンルは「ベーシックビジネススキルアップ」。拙僧は実質的に10年くらいヒモをさせて頂いたんですが、そろそろちゃんとした仕事をしたいと思っていましてね。それで、少しでもビジネス人としての感覚が戻ればいいと思いまして週一で通っているんです。それで元ITエンジニアで現中小企業診断士の講師がそう言うのですわ。なんでそんな話になったかというと、拙僧が「もう、年収600万円以上の仕事はしたくない。80%の出来の仕事を半値で受けようかと思っている。喰っていくだけなら、妻のサポート(要は家事ですな)だけでもイイわけだし。」と、いつものマナーの悪いことを言ったからなのだが。でもねえ、その顧客の中小企業の社長さん。初めに出した見積もりで納得して契約したかねえ。2割くらいは値引きしたんじゃないの?そしたらクオリティは2割減になるわなあ。物理的な話だよねえ。

Image4 一方で、その講師さんは

「今はソフトウェアもフリーウェアが多く、複雑なソフトも極端な話、タダで手に入ります。」

と仰る。いや、別に講師さんに異論があるわけではない。でも、タダで手に入る基本ソフト、つまりOSとかDBとかワープロとか使ったらオリジナリティもへったくりも無いよねえ。さっき、PCレベルのDBアプリはJavaだって言っていたけど、それも基本的にはタダなんでしょう?実際のところ、ネット時代というのはコピー、いや語感が悪ければ流用で成り立っているのだ。既存の有りものを使って安く仕上げる。或いは工程表通りに仕上げるのだって、立派なオリジナルのノウハウだ。鉄道が3分おきの時刻表を守るなんて、日本以外に考えられらないな。白人でもアジア人でも概念が伝わらないから説明にエラク手間取るはずだ。

フジフィルムが世に送り出した「写るんです」のお蔭で、フィルム文化はかなり延命できたはずだ。いくら500万画素級のデジカメが500円で転がっていて、2GBのSDカードが380円で売っていても、今でも「レンズ付きフィルム」で肝心のお孫さんを撮る方は多い。こういう方々には、ロモ系の隣人と共に我々のようなへそ曲がりも敬意を示すべきではないかな。

簡便なボディにフィルムを詰めて、ボディを回収してネガとプリントを返して別料金を徴収する。そういうシステムはコダックが始めたとされているが、それって19世紀の話だしなあ。「レンズ付きフィルム」のアイデアをコンシューマに実現したのはフジフィルムの功績と言っていいのではないだろうか。勿論、既にフィルムのラチュードや広角レンズの被写界深度を利用した「使い捨てカメラ」寸前の代物は存在したのだが、それにフィルムをオフセットしてサイクリックなビジネスモデルとして踏み切ったのは、やはり大メーカーとしての度量が大きかったのだろうな。光学機器メーカーなら二の足を踏むところだ。そういう意味ではデジカメの黎明期に、画質は兎も角として100枚近い画像を撮影出来て、その場で再生できるQV-10を送り出したカシオの成功と重なる。あの画像じゃ伝統的な光学機器メーカーなら、恥ずかしくて「カメラ」として売れないよなあ。

そういうわけで、コダックが作った「写るんです」のコンテンツもご覧いただきたい。

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2013年7月 6日 (土)

チノン スーパージェネシス

Dscn4457  BMWを意識し始めたのは単車人生を始めて3~4年ほど経過してからだ。勿論、四ツ輪のBMWを既に知っていたが、全く関心が無かったから、そういう豚鼻の外車も走っている程度の認識だった。BMWのオートバイの歴史は古く、第一次世界大戦終結の数年後には成功作のR32を送り出している。恐らく、第一世界大戦の敗北で、航空機エンジンの製作が困難になり、オートバイで糊口をしのいだのだろう。基本的には、このシリーズがソ連(ウクライナ)のドニエプルとか中国の長江になって、21世紀もしぶとく生き残っている。

 拙僧がオートバイ雑誌を熱心に見ていた頃、BMWといえば水平対向2気筒エンジンのRシリーズとパラレル4若しくは3気筒縦置きエンジンのKシリーズだった。今ではお笑い草だが、当時のKシリーズのエンジンは縦置きでしかも90度寝ていた。つまり、プラグは側面から挿していてエキマニがヘッドから下に向って生えているのである。この方がシャフトドライブに有利だからとか言うが、結局のところ「日本車と同じレイアウトでは商売にならない」ということだったと思うな。今では、Kシリーズも常識的なレイアウトのパラレルエンジンを採用している。拙僧が欲しいと思ったのはRシリーズだった。勿論、オートバイを維持し走らせるあらゆる性能は日本車に敵わないことは承知だったが、あの水平対向エンジンに関心を持ったのだ。

 BMWのエンブレムと言えば、例のプロペラをモチーフにした円形の物である。実は、バイエルン州旗をモチーフにイメージ化したものらしいのだが、そういう話はBMWのオートバイにワザワザ乗る方の耳には届かないだろう。何故、水平対向エンジンに関心を持ったかというと、それが空冷星形航空機エンジンを髣髴させるからである。つまり、左右の水平2気筒を残して、他のシリンダーを排除したのがBMWのオートバイのエンジンなのである。BMWの航空機エンジンといえばFw190だろうな。ドイツ機としては異例の空冷エンジンだが、我々日本人にはなじみが深い。なので、BMWのRシリーズに心頭する方はどこかでFw190の夢を見ている筈だ。ところが、そのFw190はわりと早い段階でユモの液冷エンジンに換装されたそうだ。パッと見は空冷時代と見分けがつかないので拙僧も気づかなかった。そもそも、ドイツの一流エンジンといえばユモであり。なんたってMe262のパワーソースがユモである。次がメルセデスのDB601。つまり、Bf109のパワーソースだな。日本もライセンス生産しようとしたが、当時の日本の技術ではハードルが高く、三式戦が残念な結果になってしまったのが惜しい。それで、格としてはその次あたりに位置するのがBMWだ。ナチスがフォッケウルフに「補助戦闘機」を作らせのも、ユモやメルセデスのエンジンが需要過剰で不足した場合の為にBMW、若しくは空冷エンジンを指定たとも言われる。BMWのジェットエンジンと言えばHe162となるが、どうも安心して操縦できる飛行機ではなさそうだ。

 なので、BMWのフォロワーの方が淡く思っている航空機エンジンからの血脈と言うのはかなり怪しい。でも、中島飛行機から枝分かれした富士重工が、やっぱり水平対向エンジンで大いに評価を受けているところを見ると、それなりに通じる航空機メーカーとしてのノウハウや企業文化があるのだろうか。

Image129  それで本カメラである。本カメラはいわゆるレンズ一体型一眼レフカメラだ。本カメラの前には「スーパー」がつかないジェネシスがあるのだが、これはレンズシャッターを搭載している。それが、何故、本カメラに至って金属膜のフォーカルプレンシャッターを搭載したのかはよくわからない。それこそ、外観からみたら、シャッターの形式が変わったことなど分からないし、本カメラのユーザー層からしても、そんなことを気にするとは思えないな。

 チノンも技術のあるメーカーであって、殆ど知られていないがレンズ交換式AF一眼レフカメラも発売していた。もっとも、拙僧も文献で知っているだけで実物を見たことが無い。レンズ一体型一眼レフカメラは「補助一眼レフカメラ」として、レンズ交換式AF一眼レフカメラに手が届かない層、或いは重く嵩張るカメラを敬遠する層に一定の評価を受けた。もしかしたら、本カメラをベースにレンズ交換式へと換装も考えられたのかもしれないな。それでも、「馬車馬」としてタフな戦場を駆け巡ったFw190と本カメラを道立で並べるのは無理があるか。

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2013年7月 3日 (水)

カシオ QV-3000EX

P8161405_1_1_3  「Rikkieさんの恋愛観を教えてほしいんです!」

なんすか、藪から棒だねえ。ありがたい物で、拙僧のような妄想癖が有って言葉を知らない半端物にも友人がいて、帰郷するたびに5~6人は集まってくれるのだ。勿論、別に拙僧の為じゃなくて、「帰郷した友人と久しぶりに会うから、ちょっと飲んでくるわ。」という理由がないと、我々もアラフォーで家庭持ちだから級友と酒を飲むのも細君に響きが悪いというのが真実だろうが、それでも拙僧としてはありがたい物である。これだけでも、埼玉県でx番目に馬鹿な高校を卒業した幸いがある。

レギュラーメンバーの中には親しくさせて頂いている方もいらっしゃるのだが、ちょっと後輩で拙僧個人とは接点が薄い方もいらっしゃるのだ。それで、その薄い方が酒がまわった頃に口から出したのが前述の言葉なのだ。そんなハイティーンの頃じゃあるまいし、今更と思ったのだが、事態はもっと深刻だったのである。

Image1  我々が若い頃は合コンに勤しんでいたものだ。今では街コンなんてのがあって、地方自治体が婚活をサポートしてくださるそうだ。羨ましい話だが時代が違うので仕方ないな。それで、拙僧の故郷のイルクーツクで友人の主催した「アイススケート合コン」があったらしい。らしいというのは拙僧は全く記憶に無いのだ。それで、拙僧が誘った女子と仲良く話をしたり手を繋いでスケートを滑っていたりしたそうなのだ。拙僧のような運動神経ゼロ人間がスケートを滑っていたというのは信じがたいが、まあ、拙僧のやりそうなことである。ややこしいというのが、その発言の主が狙っていた女子というのが拙僧が仲良くしていた女子だったそうなのである。つまり、拙僧が恋の邪魔をしたというのだな。

Image3 でもねえ。拙僧はその時に電話番号も聞いていなければ名前も聞いていないのよ。そもそも、「拙僧が邪魔して実らない恋は実らなかったんじゃないのかい。」とは、流石の拙僧も言わなかったですよ。白状すると、拙僧は高校を卒業してから東京に住んでいたじゃないですか。専門学校も卒業したし、かなりハードな仕事もしていた。それで、東京ではそれなりに失恋して傷ついたりもしていましたよ。だから、イルクーツクに帰るときは骨休めだったんですよね。だから、別に戦争をしようなどという気は無く、「久しぶりに故郷の友人に会えて嬉しいね。初めて出会う女子もいてもっと嬉しいね。今日も楽しかったわ。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。」で東京に帰りたかったんですよね。拙僧が迂闊だったのは、拙僧は骨休みだったのだが、彼らにとっては戦場だったのだ。

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 それは確かに申し訳なかったなあ。でもねえ、それはその時に言ってくれないとねえ。言われれば拙僧も気を使うわあ。それに、それって15年くらい前の話だよねえ。15年前に言ってくれよ。

「今でも俺はその子を押し倒そうと思えば押し倒せるんだ。」

じゃあ、押し倒したらいいじゃん。いや、今度は拙僧も黙って見ているわ。多分、彼はそういいながら10年先も20年先も酒を飲むのだろう。ファンタジーなのだな。それはそれで結構な話だろうな。実らなかった恋だからこそ、永遠に楽しめるのだ。礼を言われてもいいくらいだな。

ちなみに、上記の画像は拙僧がバンクーバ在住時代の物である。10年も前の話だし、外国人同士ということもあって親近感を共有した標準的なコミニュケーションなのである。決して、いちゃついている訳ではない。紳士な日本人像を(概ね東アジア方面に)アピールしたのだから、褒めていただいてもイイな。

Dscn4786_2 本カメラはカシオが旧世紀に送り出したデジカメである。諸説はあるが我が国で最初に発売された300万画素級デジカメなのだ。レンズがキヤノン製というのが不安定な当時の政治状況を思わせるな。最初の300万画素級デジカメとして競っているのがキヤノンのパワーショットS20なのだが、本カメラのような優秀なレンズは搭載していない。なかなか素晴らしい画像を撮影するのだが、当時は「カシオのカメラだから画質は良くないに違いない」と言われて売れ行きは芳しくなかったようだ。言っていたのはライターやガジェット好きである。全く足を引っ張ったものだな。

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 もっとも、当時のカシオが画質で戦争をしていなかったもの事実だ。QV-10で成功したカシオは、カメラとしての基本性能よりも既存のカメラのイメージに捕われない使い勝手で勝負していたところがあった。本カメラで懲りたのか、カシオはその後もカメラとしての基本性能よりは、他社にないユニークな特性で売っている。例えば超高速連射のエクシリムEX-F1とか、それを小型化したエクシリムEX-FC150とかだ。それはそれなりに成功しているように見える。

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