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2014年1月 4日 (土)

2013年東京長征歳末継続戦争

Dscn0012  昨年末の東京長征こそが、2013年を締めくくる重大事であった。ヒモと言う身分の拙僧は、本来なら東京、または帰郷先のイルクーツクへの日程を選べるのだが、今回は別だった。長征決起の表向きの大義名分は「父親の一周忌には帰省できないから、年末に前倒し」なのだ。なので、妻と同行しなければならない。いくら、家族や親せき筋と疎遠の拙僧でも、そういう大義名分だと、妻と同行でないとメンツが立たないしね。もっとも、三河を出動するのは12/29と決めたが、初日は妻は山梨の知人宅を訪れることにした。拙僧は単独で先に東京入りするのだ。これは重大な意味を持っている。つまり、初日に限って、拙僧は師団長兼妻から裁量を受け、自由に作戦行動が可能なのだ。これぞ、「遊撃師団(遊撃は名誉称号で実態は諸兵科連合)」の名が経つものだ。拙僧は巣鴨にベース基地を決めた。予定では12/30に東京で妻と合流し、横浜へ移動し中華街で食事をしてビバーク。翌日に鎌倉から江の島を転戦してイルクーツクへ向かうつもりだった。イルクーツクは翌年1/3まで滞在し、帰還の予定だった。 装備は下記の通り。

ベッサR2+キヤノン50mmF2.8(フィート表記)
オリンパスOM-1n(黒)+ズイコー28mmF3.5
キヤノン EOS IX50+コシナ19~35mmF3.5~F4.5
キヤノン オートボーイ WT28
コニカ ビックミニ

ビューティフレックス

ニコン クールピクスS6100
ソニー サイバーショット DSC-HX5
フジフィルム ファインピクス A100
オリンパス μ7000
シグマ DP1

Dscn0018 相変わらずの重装備だが、コンパクトカメラ・コンパクトデジカメの比率が多いので大して気にもしていなかった。しかし、実際には肩が泣くほど重量に苦しむことになる。

 初日を有意義に行動する為、8:00には駐屯地を出発する。帰省シーズンだが、三河から東京ならニーズとは逆なのでスムーズに新幹線の自由席を確保できた。12:00前後には東京駅に到着。ところが、東京駅は凄まじい混雑である。よくよく考えれば当然だな。それで、当初は荷物をコインロッカーに入れるつもりだったのだが、コインロッカーだけでも列を作って、20分待ちなのだ。地下のコインロッカールームに秩序をもって並ぶ日本人と言うのは自慢しても良いのだが、それはそれで戦略面では戦争向きでないかもしれないな。なので、巣鴨まで進撃し、ホテルに荷物を預けたのだ。

Dsc09218 装備を身軽にして山手線で上野まで戻る。上野~御徒町は拙僧の好きな撮影スポットなのだ。しかし、この日は凄まじいばかりの混雑で、まるで休日の竹下通りである。考えてみたら、12/29~30日のアメ横ってのは一年の中で最も混雑するのだ。流石の拙僧も自由な撮影行動が難しく、1時間も経過しないうちに撤収を決めた。ちなみに、いつもは何かしら買うアメ横カメラは目ぼしい物が無く、何かしらのアクセサリーを買ったはずなのだが記憶に無い。それでも、コンパクトデジカメで100カットを撮影し、ビックミニとオートボーイWT28はフィルム1本を使い切った。

Dsc09207 戦場を有楽町へと転進。
 有楽町は逆に閑散としていた。多分、多くの方々が帰省したか、自宅でゆっくりしているのだろう。有楽町ではベッサR2+キヤノン50mmF2.8を主軸としたが、拙僧はヘタレなので被写体に気付かれるのはと思うように戦闘を展開できない。それに、拙僧は人生にデビューした時から一眼レフの世代だから、距離計連動機の方が操作がおぼつかないのだ。35mmあたりなら、目測で運を天に任せるのだが、50mmだとそれなりにフォーカシングしないと心配なのだ。なので、まだ現像していないけど、撮影結果は不甲斐ないものになるはずだ。

 有楽町で悲しかったのは、例の三共カメラ国産店があった「昭和の銀座最後の一角」が区画整理なのか、とうとう消滅が決まったようである。建屋は残っていたが、三共カメラも隣のアナログレコードやも既に閉店していた。テナントは別の、そばにある三共カメラ輸入店も閉鎖されていた。どっかに移ったのかねえ。これで長年狙っていたコニカプレスの広角と、キヤノン50mmF1.8の確保は不可能になったのだ。やはり、さっさと買うべきである。

 

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 部隊を新宿に集結し決戦に挑む。今までは前哨戦に過ぎない。本格的な戦略打撃はやはり新宿~中野戦線なのだ。新宿に到着したのが15:00ちょっと前である。昼飯を保留したので桂華ラーメンで補給。新宿のラーメン戦争の余波で桂華ラーメンも替え玉を出すようになったな。拙僧の目論見では16:00くらいまでは満足な撮影ができると思っていたのだが。結局、15:30にはすっかり日が落ちてフィルムカメラでの撮影が困難になった。プレスト400を詰めてあるので撮れないことも無いのだが、拙僧はモノクロネガの日陰ってあまり好きじゃないのできっぱりと止める。後はデジカメに主軸を切り替えて、東京スナップ撮影打撃作戦から中古カメラ奪取掃討作戦に移行する。


 通常の拙僧の作戦は中野に強襲し、敵の前線に突破口を開き、主力を新宿に投入するのだが、今回は新宿を奇襲してから、残りの戦力を中野に進撃することにした。まずはアルプス高原に突入する。目ぼしい物は無かったのでジャンク籠のリコーのエルニカ35だけ確保した。エルニカもなかなか生存率が低いのだが、500円なので冒険してみた。今回の拙僧には明確な作戦目標が二つあった。マミヤM645のファインダースクリーン、同じくストラップ金具とフィルムホルダーである。後日報告させていただくが、実はマミヤM645が1台増えたのだ。ただ、これは本当のボディのみでレンズも無ければファインダースクリーンもフィルムホルダーも無かった。ひとまず動くのは確認したので予備としては問題ないのだが、やはり稼働状態が望ましい。ストラップ金具は随分前からの課題である。名古屋の中古カメラ市では遭遇がかなわず、今回の東京長征に賭けていた。アルプスで見つけた「マミヤ645用スクリーン」はマミヤ645プロ用のモノで、拙僧のマミヤM645にはつかないらしい。拙僧も知らなかったのだが、マミヤM645とマミヤ645プロでは何かと規格が違うのだが。店員も良く知らないらしくて危うく買うところだったが、奥の仙人みたいな上官が静止してくれた。しかし、あのアルプス道も仙人の方が人生を卒業したら、存続は怪しいな。

Sdim0680  主力をシグマDP-1配備の自動車化狙撃兵連隊に移し、スナップ作戦を展開しつつ、「旧カメラのきむら」峡谷へ進撃。シグマDP-2はカメラは当たれば素晴らしい写りをするが、条件が悪いと旧世紀デジカメ程の効果しか得られないので、柔軟な対応が難しい。しかし、決まった時の美しさは捨てがたく、本年のイタリア上陸グスタフ線突破作戦にも動員させたいのだ。なので、バッテリーがどの程度持つかの試験としても、今回の長征に動員した。やはり、日が陰ってくると使い勝手は難しくなるな。

Sdim0726  「旧きむら」はカメラやレンズは大したものは無かったのだが、アクセサリには熱い物があった。100円の中古ストラップやレンズキャップ、ボディキャップをかき集めたのちに、例のマミヤM645用の金具の付いたストラップと120判フィルムホルダーを見つけたのだ。金具付きストラップが1280円でフィルムホルダーは600円である。無論、速攻で戦車部隊を投入して確保だ。他のもろもろのアクセサリーと含めて2300円ほどの損害だったが、名古屋では絶望的に見つからないブツだから、出血は厭わない。ホテルに帰還後、マミヤRB67用だと思ったボディキャップがマミヤRZ67用だったが、そんなことは大した問題では無いな。

Sdim0743 「旧きむら」までは、カメラやレンズといった戦略的に重要な敵兵力との本格的な戦闘にはならなかった。早々に西新宿方面の中古カメラ連合諸国へ空中強襲部隊を投入する。まずは「市場」だ。最近、無愛想な店員が更に無礼になったのが気になる。そういう、客に例を欠くのがサービスだという方もいらっしゃるのだが、拙僧は接客にも金を払っているつもりなので不愉快なだけだ。しかし、「市場」にしかない物があるのだ。紆余曲折を省略して拙僧が目を付けたのが、ペンティナ用のレンズである。ペンティナというのは東ドイツ製のフラットヘッドのユニークな一眼レフである。拙僧にしては高額な価格帯で落札したのだが、レンズの絞りが1枚外れて正常に使えないジャンク物だったのだ。ジャンクと提示してある物件だったので文句も言えない。それで、交換レンズのテッサーが4本転がっていたので1本は確保したかったのだ。例によって嫌味の一つも言われて出してもらう。ブツは3150円が3本と4200円が1本だった。ジジイの方の店員が出したのは3150円と4200円のブツだった。3150円の方は明らかにレンズ内にゴミが確認できた。他の3150円のブツも確認すべきかとも思ったのだが、困った時には高い方を買った方が後悔が少ないと思って4200円の個体を確保。それはそれでいいのだが、レンズをプチプチ包装するわけでもなく、アメハマの10円キャンディーでも入れるような安手のビニール袋に入れるというのは「ツンデレ系サービス」としても如何なモノかなあ。これで、ブツがツマンなければ絶対にスルーするのだが。

 それに比べると、愛想の良い「BOX」なのだが、今回は目ぼしい物が無かった。プラクチカの電子シャッター機がちょっと気になったのだが、プラクチカマウントのボディならヤードに3.5ダースは転がっているので、今回はパスだ。「カメラのムラサキ新宿買取店」と「リモーネ新宿店」にも寄ったのだが、特に師団を危険に曝すほどのブツには出会わなかった。「MAP」はパス。どうせ高いしね。

 展開していた部隊を集結し、中野戦線へ向かう。実質的に今回の戦争の決着をつける最後の総力戦になる。まずはフジヤ用品領に向いジャンク領に部隊を移す。ここで拙僧は今回の戦争において最も大きな敵にぶち当たってしまった。マミヤRB67用100~200F5.7である。この小型バケツ程の大きさの巨大なズームレンズは素晴らしい迫力で、拙僧の師団は浮足立った。ルックスだけでも圧倒されてしまう。しかし、噂通り凄まじく重い。横須賀与太郎殿のブログによると、ボディとレンズ、それにアクセサリーを装備して5kgを超えるという。プライスタグは4200円。「欲しい!!」と思った。しかし、絶対に使わないだろうな。このレンズは素晴らしい存在感で買ってしまうのだが、実際に使うととても大変な思いをするので、流動的にオーナーが変わるのだ。それで、拙僧の番が来たのかと覚悟を決めたのだが、どういう訳かジャンク籠に転がっていたRB67ボディに着かないのだ。ボディの不具合かと思って、験しにショウウィンドウの中にあったレンズ付きのRB67を出してもらったのだが、どうも違いはなさそうなのだ。なので、辛うじて接敵を避け、作戦の続行が可能であった。ここでマミヤRB67用ズームレンズなど加えたら、以降の行軍は不可能だったろう。

Pc300009  更に師団を新井薬師方面へ進め、日東商事へ向かう。東京で確保しなければならないのはカメラ・レンズよりもアクセサリー、そして暗室用品だ。暗室用品を確保するなら日東商事である。こういう店は名古屋に無いし、日本全国的にも稀であろう。ひとまず、入り口付近のジャンクを弄りながら、まずはキングのタンク+ベルト式リールを確保。1000円なら常識的な価格だろう。それに処理液のボトルを2本確保。恐らく未使用品で、それぞれ100円である。こう考えると、かりに名古屋の中古カメラ店や中古カメラ市で500円くらいのクタビレタ中古タンクを見つけても買うことはできないのだ。他にもフィルムウェイトx2とか電池の入ったキヤノンAV-1と確保。キヤノンAV-1も師団内では余剰となっているのだが、4LR44が入っているのに注目した。実は、4LR44が入っていたのは別の個体だったのだが、コンディションの良い個体に移し替えた。この程度はルール違反ではないだろう。

 再びフジヤジャンク領に侵入。これが最後の決戦である。ちょっとした長期戦になったのだが、割愛しよう。再び散々セコールズームを弄ったのだが、やはり諦めた。これでジャンクボディに着いた、絶対に拾っていただろう。しかし、今回はそれで正解だった。

Dsc09272  戦果は下記の通りだ。

リコー エルニカ35
キヤノン AV-1
タムロン AF70~300mmF4~5.6(旧タイプ、Fマウント)
シグマ AF28~70mmF2.8(αマウント)

100円ストラップx2
100円レンズ/ボディキャップx3
マミヤ M654用金具付きストラップ
マミヤ M645用フィルムホルダー

キング 現像タンク+ベルト付きリール
キング 処理液用タンクx2

 実はRB67用のボディキャップと間違えて、RZ67用の物を拾ってしまったのだが、100円だったから軽傷だ。添付画像にはシグマDP-1が写っているが、これは購入したのではなく、装備として三河から運んだものである。意外と数は買っていないが、三河から出動時の装備がそこそこ多いのでトータルだとかなり重くなった。なので、翌日の行動に著しく制限が発生した。

 理想的には名古屋では手に入らないような舶来中級機でも加わると嬉しかったのだが、今回は出会いが無かった。アグファもフォクトレンダーも拙僧が買える価格帯の物は既に買っていたしな。コダック35(初期)辺りは欲しかったが、レンズのコンディションがイマイチな気がしてスルーした。

Pc300007  それよりも、拙僧は致命的な失敗をしていた。常用薬を忘れたのだ。なので、その日の夜は凄まじく苦しい思いをした。マツモトキヨシで睡眠導入剤を入手して、通常の4倍の量を飲んでも全く効果は無い。そこまで自分のコンディションが悪いのかと思うと恐ろしいな。兎も角、このまま帰郷して、イルクーツクに1/3まで滞在するのは不可能だ。なので予定を変更し、翌日の12/30に妻と八王子で合流してイルクーツクへ向かい、返す足で横浜へ戻ることにした。現地滞在時間は4時間弱だったが、仕方がないな。困ったのは滞在期間の短縮で余剰となった衣類と買ったアクセサリーを三河に発送しようとしたのだが、キングの処理タンクが入らないのだ。これは結局、ハンドキャリーした。こういう手間を考えると100円で買っても得しているのが微妙だ。それでも、名古屋で使い古しのタンクが中古で500円で転がっていても、「中野なら格安よねえ」と思ってしまうので買えないのだ。

Dscf2215  翌日、朝方にとげぬき地蔵の参拝道をビューティ―フレックスで撮影し、八王子に向う。12:00には妻と合流して八高線経由でイリクーツクに向かう。作戦稼働日が半分になったので、装備の大半をキャリーバックに詰め込んで三河に発送した。16:25の「紅矢特快」で池袋に撤収して、JRで関内に向かう。前日にロクに寝ていないから身体はへとへとなのだが、ここまで来たら中華街に繰り出して夕食を喰わないとな。

Dsc09278  年末の夜の中華街も良いものである。妻があまり攻めた店は嫌だと言うので、客足の多い店に入る。どうも有名な店らしく、客が帰るたびに「歓迎下(一)次光臨」と店員が声を揃えるのが印象的だったな。そんな中国語は大陸では聞いたことが無い。
 翌日は残った寝間着などを更に自宅に発送して装備を軽くした。鎌倉の鶴岡八幡宮に参拝し、江ノ電で江の島に移動。江の島は山には登らず麓の門前横丁だけ歩いた。そろそろ体力的に限界だったのだ。小田急で藤沢まで出てJRに乗り換え、小田原から新幹線で帰宅。

 予定の半分で作戦は中止となった。カメラやレンズの他にも、衣類など大量に未使用のママ、三河に郵送することになったのだが、そもそも体調的にイマイチだったので、かえって助かったな。イルクーツクは凄まじく寒いから、いずれにしろ体を壊しただろう。進行も強行軍という程ではなく、楽しく旅行をしたという印象だ。

Dsc09295  しかし、体力的にはかなり消耗した。これでは7月にフィクスした欧州旅行の為に体力をつける必要があるな。ローマから入ってフェレンツェ~ベネチア~ケルン~ローマと列車移動の予定なのだ。イタリア各都市への列車移動は大した手間ではないと思うのだが、それなりに荷物を持って、しかも初めての欧州だから警戒もしなければだろう。

 それに何より、どのカメラとレンズを持っていくかだなあ。流石にレンズとカメラで1ダース近くも装備するのは難しい。しかも失敗は許されないから稼働状態を調べなければならない。今回の長征はその前哨戦でもあるのだが、何しろ作戦を中断したので充分な試験戦闘を行っていない。

Dsc09307  7月なんてすぐだから、計画的に評価演習を行わなければなあ。
 身体もカメラもだ。

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コメント

毎度すごい重装備ですね。
僕なんか一眼レフ一台でクタクタになりますよ。
DP2お持ちだったんですね。ファームウェアアップしました?

投稿: はし | 2014年1月 4日 (土) 09時48分

どもども、はし殿。

スミマセン、記述間違いがありました。DP2ではなくDP1です。
本当に数えるほどしか使っていないのですが、約2日の撮影にも堪えますね。AFのレスポンスが旧世紀デジカメ並みなのが理解できていれ実戦でも投入可能ですね。

ファームウェアの更新はしていないんですよね。
あれもダウンロードコンテンツが消えないうちにしないとですよね。

装備はやっぱり多すぎました。本来、イルクーツクで連泊するので、暇な時間を作らないために多くしたんですよね。全てを同時に使う訳ではないのですが、それでも1度に運ぶカメラ・レンズは半ダース以下でないと、疲労で動けなくなってしまいますよね。

投稿: Rikkie | 2014年1月 4日 (土) 10時08分

関内や中華街か・・・懐かしいなぁ^^)。
若い頃、近所(日の出町)にほんの一時ですが住んでました。

投稿: 鍛冶屋 | 2014年1月 6日 (月) 14時13分

どもども、鍛冶屋殿。

あっしも短期間ですが、石川町の現場で仕事をしていたことがあるんですよね。

そういえば、単車関係で知り合った女子と中華街でランチ(デートではない)をしたことがあるんですが、仕事を貰っていた「とーしば」関係の繋がりがあって困ったなと思ったことがあります(?)。

今は食べ放題コースが人気みたいですよ。
1700~2000円くらいです。

投稿: Rikkie | 2014年1月 6日 (月) 15時43分

中野は貴重な中古現像用品の入手源ですよね。
たまに補給されるようですけど、そういう流通経路があるんですかね?
不思議な街です。

投稿: 無尽探査機 | 2014年1月 6日 (月) 20時33分

どもども、無尽探査機殿。

何かルートがあるんでしょうね。
関東中の暗室用品が第二の人生を日東商事から始めるのでしょうか。

ちょいちょち4x5が焼ける引き伸ばし機が20000円くらいで転がっているんですが、流石に持ち帰れないですよね。

ラッキー90MSだって、オープンカーのビートには入りきらず、オープンで運んだんですから。

投稿: Rikkie | 2014年1月 7日 (火) 08時11分

毎度Rikkieさんのエネルギーには敬服します
自分など、攻撃を仕掛けるも
いつも単発に終わってしまいますよ
重火器を持って、一斉攻撃をかけられるよう精進しなきゃ

投稿: M | 2014年1月10日 (金) 03時29分

どもども、M殿。

いえいえ、拙僧などは年に数度の決戦ですから。M殿のグローバルな足跡と常設カメラ装備とは比べ物になりません。

拙僧のは、ちょっとカメラの数を数えられない散歩という程度です。

我ながら、そろそろ装備は半ダース以下にしないとしんどいとも思っているんですよね。

投稿: Rikkie | 2014年1月10日 (金) 15時28分

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