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2015年9月30日 (水)

2015年秋季名古屋中古カメラ・用品大バーゲン戦役第二次会戦

Dscn0017先の会戦では師団の損害は200%に及び、当面の組織的な戦闘は不可能であった。ところが、明ける9/28からサカーエ高地に隣接するシン・サカーエ丘陵にて友人が個展を開くのだ。拙僧は戦力はないが時間は有るので初日に拝観することにした。駆逐艦「メイテツ」の手配は名古屋に定期的に通っている漢方医へ行くためという名目で師団長兼妻から了承を得ていた。勿論、名目だけではなく、本当に医者にも行ったのだが。

Dscn1559戦場は既に残兵討伐の段階だった。ジャンク関係が軒並みに50%引きセールになっている。そこが、狙い目なのだ。

戦果報告は下記の通り。

コニカ FM(1000円、露出計NG)
ミノルタ SRTスーパー(250円、露出計動く)
ミノルタ MCロッコール28mmF3.5(500円、後玉カビ)
オートキノール”KINOR” 28~80mmF3.5(1000円、ヤシコンマウント)
テフノン 28~50mmF3.5~4.5(500円、キャップ付き、後玉カビ)
カメラバック (300円)
朝日新聞社 入門ライカの世界(500円)

トップカメラ大須店:

オリンパス ペンEF(1000円、ケース付き)

Img_5203ひとまず戦闘に耐える動員が可能だったのはジェベル250XCの修理代が思ったよりも安く済んだのだ。だからと言って放出しちゃいけないよな。

コニカFMは前から欲しかった。露出計がNGなのは残念だが、これはあてになるものではないし、これで初代Fを除いたコニカFシリーズが揃ったので嬉しい。

ミノルタSRTスーパーは冗談のような価格なのでついGETしてしまった。かなりくたびれた物件だが動作は問題ないようだし、露出計も精度は兎も角動く。安くなったなあ。

MCロッコール28mmF3.5も持っているのだが、後玉カビも簡単に清掃できそうだったので、500円ならと確保。無事清掃は出来て得した気分だ。逆に失敗したのがテフノンのズームで、ロッコールで気を良くしていたので簡単な気持ちでばらしたら後群が一気に落ちてきて組立不能になってしまった。この程度のカビは気にしなくても良いレベルだったので惜しい。テフノンは以前も28mmF2.8をダメにしたことがあって、拙僧には鬼門だな。

オリンパス ペンEFは散歩対でのスナップ撮影で大須まで向かった時にトップカメラ大須店で見つけたものである。露出計もOKで、程度もよさそうなので確保した。最近、nico nico殿のブログで取り上げていたので気になっていたのだ。1000円は安くもないが、相場だろうか。

Dscn1563思ったよりも出血は大きかった。スナップ散歩で時間を潰し、漢方医を経由して友人の個展へ向かう。友人の個展はまだ時間帯が早く、客は拙僧だけだったので友人と有意義に写真の話ができた。普段、カメラとかレンズの話ばかりなので真摯に写真の話をするというのは充実して楽しいものである。しかし、拙僧は不純だから頭の中から離れない物件があったののだ。それがキヤノン7である。

そのキヤノン7は初日には1万円だったのだが、月曜日には50%引きになって5000円だったのだ。拙僧の6000円の物件のように改造は無い。しかも、ボディキャップが付いて綺麗に見えたのだ。友人とはビールを飲みながら1時間強ほど会話を交わし、再びサカーエ高地へ転進してしまうのだ。

ところが、残念というか幸いというか件のキヤノン7は露出計NGの物件であった。外観もシャッター幕も綺麗だったが、露出計がひとまず動くのと完全に動かないのでは天と地も差がある。なのでキヤノン7のことは無かったことにできた。折角なのでショウウィンドウの中を覗くと、やっぱりそれほど安くないな。クセナー付きのローライコードVが3万円なのはちょっと魅かれたが、そんな戦力は無い。実はペンタックス6x7のボディが全滅してしまい、少しお金を払っても欲しいと思っていたのだが、67IIが14万円くらいで転がっているだけで手ごろな物件が無かった。ネットオークションでは怪しいブツばかりだから、再装備には時間がかかりそうだ。

時刻は18:30を回ったので通勤の混雑の中駆逐艦「メイテツ」で帰還する。

今回の戦役は損害は甚大だったが、そこそこ満足の行く戦果だったかな。

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2015年9月25日 (金)

2015年秋季名古屋中古カメラ・用品大バーゲン戦役第一次会戦

Img_5202皇紀2675年9月。我が東海軍管区三河方面軍麾下第88遊撃師団はマルエイ河に突出した敵の帝国諸国連合を殲滅すべく、niconico近衛師団と共に、名古屋省省都メーエキから東にはずれたサーカエ高地で合流し、緒戦から電撃作戦で帝国諸国連合を一掃する予定としていた。作戦決行は3か月前から決定し、十分な動員と戦闘資材の備蓄を確保する余裕があった。しかし、拙僧の師団は4週間弱に及ぶ北海道ツーリング長征から帰還後、主力直協機のジェベル250XCの修理代が6万円にも昇り、動員計画を根本から練り直す必要に迫られていた。それで黙っていれば1度の決戦程度の戦力の確保は可能だったのだが、ネットークション作戦でAiニッコール35mmF2.8と交戦したり、パワーショットG9相手のゲリラ戦に3800円相当の損害を被るなど、イタズラに消耗していた。それでも、1回分の組織的な攻撃の戦力を動員することができた。しかし、紀伊半島ツーリング渡河作戦も控えているので戦力の消耗は極力控えたいところである。

Img_5204師団長兼妻を見送ったあと、定刻より早めの駆逐艦「メイテツ」をリーダーシップとした第6水雷艦隊に乗り込み、サーカエ高地へ向かう。今回の作戦も師団長非認可の為、秘匿には慎重を期する必要があるのだ。途中、カナヤマ港で大発「メトロ」に乗り換え、サーカエ高地に到着したのは作戦発動から30分も早い9:30だった。突破口であるマルエイ河火点には思ったよりも帝国諸国連合と対峙する共和国同盟の闘士は少なかった。しかし、あちこちで「いやあ、おひさしぶりです。今回のお宝はどうですか?」等と暗号・平文が飛び交い、緊張が高まる。マルエイ河火点のゲートキーパー女子が整列するとガラスゲートの最前列に拙僧の師団は配置した。大抵の場合拙僧の足は遅いのでこんなことは初めてだ。それにしてもnico nico殿の近衛師団が見当たらない。隣の老紅旗の上級将校と「三式戦”飛燕”の動態保存について」などと理論展開しているうちに「おはようございます」「いらっしゃいませ」と砲撃が鳴り響き、作戦は決行した。

Img_5205帝国諸国連合の布陣までは2つのルートがある。1つ目はエレベーターハイウェイであり、2つ目はエスカレーター回廊だ。エレベーターハイウェイは第一陣に乗り込めれば緒戦で切りこめるが、乗りこめない場合には出遅れることになる。拙僧の師団はエスカレーター回廊を選択した。エスカレーター回廊は登らなければならない(エスカレーターを登るのは止めましょう)ので、老紅旗の方々には足かせとなるのだが拙僧は大分ヘタッたがアラフォーである。モータサイクルとBRDMで編成した斥候部隊で登坂である。各階で「いらっしゃいませ」の銃撃を受けて駆け上がる自分に怯みそうになるが、構うモノか。エスカレーター回廊では先陣を切ることができた。敵の布陣は8Fであり、流石に7Fでは足がふらつき脱落兵が出る始末だが、ここで引き下がるわけにはいかないな。既にモスクワの市電は見えている。果たして敵の布陣に辿り着いたときには、共和国同盟は小隊規模の展開であった。戦闘のイニシアチブを完全に奪取できた。

Image1以下は鹵獲戦果である。

キヤノン7(6000円、改造有り)
カレナー 28mmF2.8(2000円、プラクチカマウント、バルサム?)
カレナー 55mmF1.8(2000円、プラクチカマウント)
ケンコー 500mmF8ミラー(2000円、Tマウント、EFマウントアダプター付き、前枠凹み有り)
ヤシカ ハーフ14(1000円、電池蓋欠、未チェック)
旭光学 タクマー135mmF3.5(1000円、プリセット)
ペトリ 55mmF1.7(1000円、小カビ有り)
ゼニット ヘリオス44M58mmF2(1000円、プラクチカマウント、薄カビ1点有り)
バルダ CE35(500円、専用フラッシュ付き、動作OK?)
アグファ アグファマチック4000(500円、ケース付き)
フジカ ラピッドS(300円)
APS(?) テレプラス2x(100円、プラクチカマウント、キャップ付き)
ペンタックス6x7用接写リング(100円)
東芝 NR52水銀電池x3(100円x3)
コムラノン->コニカARマウントアダプター(100円)
ハクバ ストラップx2(100円x2)
キヤノン レンズフロントキャップ52mm(100円)
メーカー不明 ボディキャップ(100円、Fマウント)
メーカー不明 レンズリアキャップ(100円、Fマウント)
メーカー不明 512MBコンパクトフラッシュ(100円)
現代カメラ新書 クラシック・カメラ入門(300円)
現代カメラ新書 ツァイス・レンズ -その魅力と歴史-(300円)

頂きもの:
ニコン ニコノス+Wニッコール35mmF2.8(nico nico殿より寄贈)

Dscn1540実は名残惜しい物件があった。それはソビエトカメラのユーラである。ユーラとはユーリ・ガガーリンのことであり、彼の宇宙飛行を記念したモデルなのだ。これはベースはゾルキー1であり、露骨に云うとライカDIIのコピーからスローシャッターを抜いた物だ。しかし、綺麗な個体でキャップまで付属していた。かなりの珍品と言っていいだろう。価格は8500円。既にレンズ数本撃破の為に出血をしていたが、師団兵力を全て動員すれば撃破できない敵ではなかった。しかし、こいつに手を出してしまえば、今回の作戦では組織的な戦闘は全くできなくなってしまう。レンズに擦り傷があり、シャッターが10回に1回くらい不安定なのを確認して迂回した。この判断は後に正しかった事になる。

Dscn1521戦闘は中盤に差し掛かり、拙僧は敵の小規模な散兵に対応していた。ここでnico nico殿に声をかけていただく。なんと、nico nico殿からWニッコール35mmF2.8付きのニコノスの進呈を受けたのだ。これは大変ありがたく、本来なら丁重にお礼をしなければならない。しかし、拙僧は小部隊とはいえバルダCE35の専用フラッシュ付きと交戦中だったので手が離せない。そこはnico nico殿もお分かりでいらっしゃるので再会を誓ってお互いの健闘を祈ったのだ。

Dscn1455帝国諸国連合の主軸を担っていた馮玉祥の第29軍の潰走をもって、戦闘は終息に向かった。いや、他の同盟軍は盛んな戦闘を継続していたが、拙僧の師団は十分な戦果を得ていた。いや、それは正確ではない。拙僧の師団の損害は深刻だった。既に予備兵力まで動員し大出血であった。ところが、nico nico殿とその後輩殿と作戦の終決を宣言しマツヤ境地まで撤収中に大物と出会ってしまった。キヤノン7重戦車大隊である。その戦力は6000円。価格の割に幕は比較的綺麗でファインダーもクリア、距離計のイメージも正常で露出計もビンビンである。なんでこんな優良な部隊が残っていたのかというと、軍幹部にシューを後付した改造モノだったのだ。確かにそういうのが気になる方からすれば論外だろう。しかし、拙僧は全然OKだな。思えばキヤノン7は蛮地バンクーバで盗まれて以来の念願だった。かなり悩んでから損害を無視して突撃である。予備の戦力はすべて失い、損害率は200%に上った。

Dscn1474今回の主目的はレンズ、それもプラクチカマウントに狙いを定めていた。副次目標はレアなレンズシャッター機である。そういう意味では本来の目的は達した。残念だったのは投げ売りのCR2とか期限切れのフィルムとかが無かったことだ。そういうのは既に底をついているのかもしれないな。

戦果は十分だが損害も深刻だった。最早、師団運営に余力は残っていない。それでも来週は紀伊半島をキャンプツーリングしたいのだが如何なものだろうか。局地迎撃直協機のCRM250Rもキャブからガソリンが滲みていたり、チェーンとスプロケットの交換で3万円コースだったりと、損害は果てしないのだが。

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2015年9月23日 (水)

北海道ツーリング2015 13~17日目編

Dscn3500いよいよ旅は中盤から折り返す。

割と行先を決めない旅だったが、行きたい場所があった。それは友人、このブログでもコメントを頂く方が知床の根元にある斜里に住んでいらっしゃるのだ。旅先で友人に会うというのは旅三昧の中でも特に嬉しいことだ。

一方で天候にはあまり恵まれなかった。しかし、キャンプ道具が荷崩れして崩壊する前に気付いたりしたから、割とラッキーだったのだろう。

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2015年9月19日 (土)

キヤノン FD35~70mmF2.8~3.5

Dscn1068本レンズのコンテンツを書くためにインターネットで調べたのだが、広角側に35mmを実現したズームレンズは本レンズが世界初らしい。キヤノンカメラミュージアムで書いてあるのだからそうなのだろう。単焦点レンズに匹敵する高画質化で近代光学史にその名を止める名レンズだと自負している。確かに、本レンズの諧調のノリの厚さや柔らかながらもしっかりとしたエッジは好ましいもので、1973年誕生と拙僧と大して変わらない歳を感じさせない。

Image61確かに素晴らしいレンズなので本レンズを紹介したコンテンツは少なくないのだが、キヤノンが10年の歳月を費やして満を持して発売したという記述が多いのは気になるな。その仮想敵レンズがニコンの43~86mmF3.5だというのだ。確かに「ヨンサンハチロク」はズームレンズのパイオニアだが、パイオニア故に何かと妥協した点は多い。「ヨンサンハチロク」を超える為にキヤノンが10年もかかったとは思えないので、キヤノンもズームレンズなどというイロモノはレンズメーカーに任せておけばよいと思ったのだろう。出すなら圧倒的に凌駕するものでなければならない。実際、本レンズはそのポテンシャルを持ったレンズである。

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2015年9月16日 (水)

エプソン CP-920Z

Dscn0643我々からすると黒死病のように憎たらしいP-51マスタングだが、悔しいが戦闘機の出来としてはパーフェクトだった。そのマスタングのパワーソースがイギリスのマリーンから派生したというのは割と知られたトリビアだろう。不思議なのは本家のマリーンを搭載したスピットファイアがそれ程の出来ではない(もしも本コンテンツの読者にイギリス人がいたら激怒するだろうな)ことだ。いや、あれはあれでよく出来た戦闘機でなちーすドイツを駆逐したのだが、特に航続距離がマスタングの半分くらいというのはどういう事よ、と思ってしまう。それは空力的なデザインの処理とか、そもそもの設計思想が違うからと思っていたのだが、それだけではないらしい。

Epsn0044同じマリーンを使うからと言っても、イギリスで生産したエンジンをワザワザ大西洋を渡ってマスタングに組み立てたとは拙僧も思っていなかった。マスタングのマリーンはパッカードで製造していたらしいのだが、そこは航空機用エンジンにも作っていて、高級自動車も作っていたパッカードだ。ロールスロイスのマリーンがキャブだったのに対し、パッカードのマリーンは燃料噴射式だったし、クランクシャフトのベアリングに銀を使ったり、色々な部分で改良を施していた。それでいて熟練工の工作精度も高いときたから、本家のマリーンよりも高パフォーマンスをたたき出したらしい。ロクに教育・訓練もしていない女子供に突貫工事で航空機エンジンを組立させていた貧乏国とはえらい違いだな。なので、ベースモデルは一緒でも改良や改造のさじ加減で具合は随分異なるのだ。

Epsn0087本カメラはエプソンのデジカメだが製造したのは三洋電機である。別にエプソンがずるをしたのではなくて、130~400万画素級のデジカメ時代は、ニコンやオリンパスと言った伝統的光学機器メーカーのデジカメも三洋電機がマザーベースを作っていた。本カメラを調べて気になるのは、どうも本カメラのマザーベースとレンズはキヤノンのパワーショットG1と同一なのではという説があるのである。ニコンのフラッグシップ(当時)であるクールピクス950だって三洋電機製なのだから不思議ではないが、純血主義者の多いキヤノンのフォロワーからすると信じられない事態なのではないだろうか。なにしろ「ヤ」の字が大きいとか小さいとかで大騒ぎしたりネチネチ攻撃したりする方々だからな。

重要なのはカメラのパフォーマンスであり、ベースに近い部品がどこで作ったのかは重要ではない。工業製品とはそういうものであり、第二次世界大戦だって陸軍と海軍では燃料のオクタン価が違ったり銃弾の規格が違ったりする融通の利かない軍隊は勝てなかった。

もっとも、現在ではエプソンがデジカメを作っていたというだけで想像が難しいよな。

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2015年9月12日 (土)

北海道ツーリング2015 8~12日目編

R0010211礼文島から利尻島に渡り、いよいよ内陸部を走るのだ。この頃までは比較的、天候がよかった。もっとも、帰還後の8月の北海道の天気を見ると、あちこち大雨で冠水している報道も流れてきたから、ラッキーだったとも言えるな。

Dscn3247
ラッキーと言えばメインバックとして使っていたスキーバックのポケットが壊れたが利尻島だったのもラッキーだった。これが礼文島だと対策に苦労する。礼文島には無いホームセンターが利尻島にはあったのだ。

我ながらとって付けたような積載に飽きれるが、以降はこのスタイルでツーリングを続けることになる。

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キヤノン T-70

Dscn6929先日、お昼の情報番組で中国の軍事パレードをライブで見た。スタジオに頻繁に画面が切り替わるのでじっくり見れたわけではないのだが、確かに装甲車両についてはスタイリングやデザインに中国独自のテイストを感じなくもなかった。それがバランスの良いモノかは別問題だが。しかし、航空機は明らかにソビエト/ロシアかフランスのコピーで、やはりK産党がいくら「国産」と声を高くしても、空を飛ぶようなものは楽にでっち上げることはできないのだろう。

Dscn6935ちょっと面白かったのは殲撃10(J-10)が早期警戒機(これもベースはAn-124ですかな)に随伴してスモークを引いた映像が流れた時だ。司会者(弁護士)の「これは初期のステルス戦闘機ですか?」という問いに対して、ゲストの軍事専門家さんが「そうですね」と冷めて答えていたことだ。別に軍事専門家さんも知らないのではないだろう。昼の12時の時間帯でTVを見ている視聴者に「いや、あれは80年代のイスラエルの戦闘機をパクったんですよ」と言っても意味がないと思ったんだろうな。ADに”尺を短く”なんてカンペを出されても不愉快だろうし。

本カメラを中国軍のとって付けた水陸両用戦闘車両と比べたら失礼だが、現在の視点ではチグハグな印象を受ける。しかし、当時は本気でカッコいい斬新的なカメラだったのだろう。

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2015年9月 5日 (土)

カシオ XV-3

Dscn3192フィルム時代、高級コンパクトカメラといえば単焦点レンズだった。コンタックスTVSのような例外はあるが、大抵の場合は28~38mmの広角系単焦点レンズを搭載している。勿論、21mmを搭載したGR21のような突飛なモデルもある。

本カメラはカシオにしては随分とスタイリッシュな外観である。しかも金属製外装で、当時は珍しかった300万画素級撮像素子に単焦点レンズを組み合わせていた。思うに、カシオは高級路線を狙っていたのではないだろうか。

01130003その写りも条件が良ければクリアーでニュートラル、良好である。「条件が良ければ」というのが難点と思われるだろうが、当時はあらゆる条件で良好な撮影結果が得られるデジカメなど無かった。

残念なのは高級コンパクトデジカメというジャンルが広がらなかったのと、スタイリッシュで本カメラよりも遥かにコンパクトなIXYデジタル(初代)の登場で、本カメラが霞んでしまったことだ。

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2015年9月 2日 (水)

コダック レチナⅠa

Dscn0148拙僧は目測機が好きなのだ。それもスッカラカンの海外普及機だと萌えてしまう。落ち着いて撮影するなら距離計連動機の方がイイに決まっているのだが、拙僧などは落ち着かないので距離計を合わせるのが面倒だと思ってしまうのだ。なので結局目測で撮ってしまう。

もっとも、本カメラは普及機ではない。なにせ、一時期は一世を風靡したレチナである。

Image2実は本カメラのコンテンツは数年前に描いたものである。本カメラは魅力のあるカメラだから撮影結果がたまってから公開するつもりだったのだ。しかし、あれよあれよとカメラが増えてしまい、稼働得率を上げることができなかった。このままだと何時公開できるかわからないので公開させて頂くことにした。

なので、写真も文章もちょっと古いのだがご了承いただきたい。

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