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2016年10月29日 (土)

ニコン クールピクスS200

Dscn50895~6年くらい前に本気でメルセデスC200を買おうかと思ったんですよね。勿論、中古。そんなことを口走ったら「実際に乗ってみた方がイイよー、ふふふ」と鼻で笑われて、ちょっとイラッとしたんですが、ヤナセでドアを開けたとたんに「ああ、確かに」と思いましたね。ちょっと無理をしてもレクサスだなあと思っていたんですが、そのうちに四輪なんかに興味が無くなって、貰ったジェベル250XCを直して、北海道を1カ月くらいキャンプツーリングして、妻は妻で11日かけてカナダを縦断するといった方面に金をかけるようになっちゃった。でも、賢明だったと思います。

Dscn2802そんな感じで本カメラはC200かな。なんて言ってベンツファンの方からは凄く怒られそうだけど、拙僧のブログを読んでいただく方で、ベンツに乗っているから人生勝った気になってる方は、いらっしゃらないと思うから大丈夫かしら。

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2016年10月25日 (火)

秋季四季の森モデル撮影会作戦

Imgp3693実は、今回はクールピクスS200を掲載する予定だったですが、ちょっとコンテンツが間に合わなかったんですよね。クールピクスS200なんて、ちょろっと書けばいいじゃんって話なんですが、とにかく間に合わなかったんですよ。なので、先日、友人の主催する撮影会に参加した話を展開させて頂きます。よくよく考えると、クールピクスS200よりも、はるかに興味深い話ですよね。

P1140807それで、少し涼しくなったし、季節的にはおかしいのですが、モデルさんにウシャンカをかぶって頂いたんですよ。ウシャンカってのはモンゴル人やロシア人が冬に被る毛皮の帽子のことです。画像を観て頂ければ、「ああ、あれね」と分かって頂けると思います。で、ちょっと悪乗りをしてテーラーズジャケットも羽織ってもらったんですよ。なんだか、カザフ族やウィグル族っぽくていいんじゃないかなと思ったんですよね。撮影会も毎回、同じようなカットが多いのでファッションも季節感もずらしたかったし、モデルさんのちょっと戸惑った感じもチャレンジしてみたかったんですよね。

Imgp3794日本人女性にカザフ族の恰好をさせるというだけで、妻にはかなり叱られたのですが、発想としては悪くないと思ったんですよ。でも、なんだか、ちょっとノリに違和感を感じたんですよね。

それで、その友人に軽く謝罪したのですが、つまり「モデルさんに帽子をかぶらせて帰ってからにおいを嗅ぐ連中がいるから、知らない人の帽子をかぶるのに抵抗があるモデルさんもいらっしゃる」って返信が返ってきたんですよ。

正直言って、そんな発想は拙僧には全く浮かばなかったんですよね。でも、確かに、その通りだと思うんですよ。そんな変態はいるし、モデルさんは警戒して当然だと思うんですよね。率直に拙僧にデリカシーが無かったのを反省しています。

普通に街中をスナップしているだけで職質されて、下手をすると駐在所まで連れていかれちゃう世の中じゃないですか。それで、ネットでの露出を了解していただいているモデル撮影会を最近は重視しているんですが、当然のことながらマナーがあります。今回の話は完全に拙僧にデリカシーが欠けていたのですが、謝罪をして反省して次回から気をつけることで済むと思うんですよ。それは問題が軽いからではなくて、主催する友人やモデルさんが寛大だからです。

でも、スナップで職質されちゃうと寛大というわけにはいかないですよね。

今のところ、祭りや観光地ならカメラをブラブラさせても問題にはならないけど、それも何時までかはわからないですね。拙僧は「叱られたら謝る」という程度に考えているんですが、世の中は遥かにナーバスなんですよね。

正直、写真なんて辞めちゃおうかなと思うこともあります。

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2016年10月22日 (土)

オリンパス XA(初代)

Dscn8510拙僧の曖昧な記憶ではJRがまだ国鉄だった頃に「乗客はバカだから国鉄側が客が何も考えなくても、それなりに困らないようにする」というようなことを言っていた気がする。かなり乱暴な言葉だが一理ある。もはや神聖化しかM谷氏の発想も似たようなところがある。M谷氏は自分の理想の主軸を、ある種勝手にユーザーはバカだから設計してやる、というところがあったと思う。拙僧が、そう確信したのは「OM707」のインタビューで「AF一眼レフを使うようなユーザーはバカだからMFは要らない」というような事を仰っていたのだ。実際、OM707が、どういうカメラだったかは拙僧のブログを読んでくださった方はご存知だろう。また、拙僧は八王子に住んでいたので、その筋の方からこぼれ話を聞いた。泣かされた社員も多かったらしい。

Image15それはそれで一理ある話だ。オリンパスの大失敗は神聖化した神のご判断によるところが少なくないのだが、今でも伝説を信じてオリンパスのフォロワーとなっている方は少なくない。オリンパスの企業としてのポジショニングの安定性とは無関係にだ。

それに、民主主義が必ず成功するとは限らない。傲慢な独裁者が時に国民を満足させることもある。拙僧にとってはXA(初代)はそういうカメラである。これだXA2になると民主主義の香りがする。

どちらが評価に値するのは自由主義の我々なら選択が可能である。

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2016年10月19日 (水)

ペンタックス *istDL

Dscn5566軽くBLについて語ってみようかなと思ったんだけど、全然、軽くなくなっちゃった。なので止めるけど、興味のあるからはサブブログを。あんまり真面目な方には読んでほしくないのですが。

Imgp3594それで、本カメラである。本カメラは拙僧が初めて手にしたデジタル一眼レフカメラである。それはペンタックスらしくワークホースとしてサイドキックフレンドとして活躍してくれた。多分、拙僧の持っている一眼レフカメラの中では最も稼働率が高いかもしれない。最近、ポートモデル撮影会でミラーレス一眼の稼働率が高いが、まだ届かないだろう。

しかし、拙僧の画像管理のカテゴライズの中には本カメラや純正レンズでの撮影結果の画像は殆どなかった。これは、本カメラの稼働率が低かったのではなく、妻との旅行や日常的な生活の中に溶け込んで共に歩んだカメラであり、コンテンツやブログを描くために一々カテゴライズしていなかったのだろう。カメラやレンズのカテゴリーではなく、妻との国内・海外旅行にカテゴライズしている多くの画像は本カメラで撮影したものだ。

そういう空気のような存在こそ、ペンタックスというカメラの具骨頂であろう。

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2016年10月15日 (土)

奥飛騨・高山キャンプツーリング

Pa140188_2ああ、週2で更新を続けていた、このブログにとうとう穴を開けてしまったよ。言い訳すると奥飛騨・高山キャンプツーリングをしていたんですよね。実際にはテント2泊、YH1泊だったのですが。

Pa120156奥飛騨温泉キャンプ場をベースに高山から富山県に向かう有料林道を走ったのですが、それはそれは寒かったですよ。

Pa150191「そうだねえ、富山まで着くのに2時間か2時間半はかかるねえ」という林道入り口にあるガソリンスタンドの店主の仰るので、やっつけるつもりで挑んだのですが1時間もかからずに踏破してしまいましたな。何で余裕ジャン。って感じですが、途中の有峰湖で写真をとって頂いたエストレア系のカワサキの方は富山側から2時間かかったと仰っていてので、また、拙僧が命を軽く扱ってしまったのかもしれないな。

Pa130175奥飛騨から駒ケ根YHへ向かうのに野麦峠を踏破したんですが、高度が上がるとキャブはふけなくなるは、積み荷は重いは、タイトコーナーは続くは、回転数は簡単に落ちるはで決行大変だったんですが、天気も良かったので、達成感はありました。

ただ、やっぱり寒かったですねえ。そもそも、1日で三河から奥飛騨温泉キャンプ場まで移動しちゃうのも如何なものか?という話なのですが。

帰ってきたのは昨日なんですが、今でも寒さでダメージを受けた皮膚が痛いです。

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2016年10月 8日 (土)

オリンパス C-4040Zoom

Dscn3997とうとう「チャンプロード」が休刊となったらしい。 拙僧が20代の頃、仕事で疲れ切った時にコンビニで立ち読みし、自分の置かれている状況は満更でもないな、と勇気を頂いたキレた雑誌だ。どうやら21世紀になって購買層が変わったらしい。従来は帝国主義者の占領地教育への反骨精神を持った中高生が主流だったが、現在の彼らにとっては単車なんて高くて買えないし、先輩が譲ってくれるGSやCBXなんて製品寿命を終えているし。4stのモッサリした原チャリでミラやアルトにあおられるくらいなら、スマートフォンでポルノ動画でも観たいのが本音だろう。

そこで切り替わった読者層が「旧車會」の皆さんだ。「昔、やんちゃしていた」という自営業のお父さんが営業車として「経費」として、プリウスが買えるほど「適当な名前の手当金」を投入し、レストアした素晴らしいコンディションのCB750KとかGT380とかGS250Eに乗って、大勢で真昼間から爆音を放っているのだ。奥さんやお子さんがリアシートに乗っている場合もある。編集側も購買層のシフトに対応したのだが、そうなるとますます中高生からの求心力を失い、休刊となったらしい。

もっとも、ヤンキー層の比率はそれほど変化がなく、「やんちゃな行為」がネットを駆使したものになったり、知恵がついて露出を上手く避けたりして、表面化していないだけのようだ。

それにしても、また、一つ昭和が終わった。

P513002635万画素級が当たり前だった時代に85万画素級のデジカメを出したりして旧世紀のデジカメにアドバンテージを発揮していたのがオリンパスだ。130~300万画素級時代にデジカメ市場を謳歌していた言っても過言ではない。その中核となるのがキャメディアC-2000Zoomシリーズで、スグに300万画素化したり、当時は稀な開放値F1.8のレンズを搭載したり、大幅にシリーズ展開をした。しかし、新世紀までC-2000Zoomをベースにしたデザインを継承するのは無理があり古臭くなった。

レンズ固定式だが実用本格的一眼レフカメラであるE-10/20を投入したオリンパスだったが、市場はレンズ交換時の埃の侵入なんて技術的に何とかして、レンズなんて安物でイイから交換式にしてくれというものだった。オリンパスは伝統的に自社からエポックメイキングなカメラを創出する腕を持っているが、ユーザーの声を軽視する傾向がある。でなければOM707なんて出さない。オリンパスの黄金時代である旧世紀も、また終わった。

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2016年10月 5日 (水)

ヤシカ エレクトロ35FC

Dscn4200前回、一式単戦「隼」の話をさせて頂いた。旧日本帝国軍の戦闘機としては「零戦(ゼロ戦)」は知っていても他は知らないな、という方も「隼」はご存知だろう。その可能性は高い。量産二輪車としては今だ最強のスズキGSX1300Rも「隼」だしな。しかし、二式単戦「鐘馗」となると知名度はぐっと下がる。拙僧も松本零士氏の「戦場漫画シリーズ」を読んでいなければ知らなかっただろうしな。それを知っていたのが幸せなティーンエイジだったかどうかはともかく。

帝国陸軍はとかく帝国海軍に比べると評価は低い。確かに九七式中戦車でM4シャーマンと正面から闘えと言われたら泣きたくなる。ソロモン戦でボールかパブリック突撃艇で突っ込めと言われるようなものだ。しかし、帝国陸軍は少しは考えた。ひたすら隠していたがノモンハンでも結構ぎりぎりで凌いでいたのは認知していたのだ。ベニア板ででっち上げた主翼のI-16にも、まともに正面から突っ込まれると97式戦でもヤバかったのだ。なので一般的に格闘戦一直線だと思われている帝国陸軍もそれなりに考えた。艦上戦闘機だと何かと制限があるが、陸軍機は最悪不時着しても生き残れる可能性が高い。なのでキチキチの艦上機に比べて余裕のある陸軍機は燃料タンクやコクピットの防弾にも、ある程度対応できた。なので、拙僧が戦争するなら零戦より隼かな。

Image46それで陸軍が考えたのが軽戦闘機と重戦闘機の組合せだ。色々と紆余曲折があるのだが、ざっくりいうとそんな感じである。軽戦闘機が「隼」で重戦闘機が「鐘馗」である。なので「隼」が7.7mmと12.7mmの「機銃」を装備したのに対し「鐘馗」は20mmの「機関砲」を装備した。こういう使い分けは珍しいことではなく、米軍機だったらF-15とF-16、ソビエト機だったらMig-29とSu-27の組み合わせだ。それぞれ事情は違うのだが、大らかな目で見たらそんな感じである。

それでヤシカに強引に話を遷移するのだが、ヤシカエレクトロ35シリーズも初代の大柄なボディでは1970年代を乗り切るのは難しいとヤシカは思った。そこで1973年にヤシカエレクトロ35FCとヤシカエレクトロ35GLを同時に投入するのだ。前者がヤシノンDX40mmF2.8を搭載するのに対し、後者はヤシノンDX40mmF1.7を搭載した。その差は1段以上の明るさの違いがある。カメラ的にはボディを見たら大して違いがないだろうが、レンズとしたら軽戦闘機と重戦闘機の違いがあっただろう。そして、どちらともヤシカという国家を堅牢するには足りなかった。拙僧は北京でP-47サンダーボルトやP-61ブラックウィドウを見たことがあるのだが、戦前・戦中の我が国が、あんな化け物に敵うわけないっすよ。紫電改や5式戦が台所の鍋・窯を溶かして作っても無理っすよ。

一般的にはヤシカエレクトロ35GXあたりが評価が高いが、ヤシカとしては戦争継続はギリギリだったのであろう。コンタックスブランドを獲得しても、最早体力は底を尽きていた。

ただ、ヤシカの一眼レフは大抵の場合は使い物にならないが、ヤシカエレクトロ35シリーズは現在でも撮影可能状態のモノが多い。戦後に高品質の燃料を使ったら「隼」や「5式戦」が最新鋭の「スピットファイア」を凌駕したというのも溜飲が下がる。英国人のことだからスロットを絞って本性を出さなかった可能性もあるが、ここは夢を見たいな。

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2016年10月 1日 (土)

ニコン クールピクス5000

Dscn2463コンシューマユースの耐久消耗品にはパーペチュエイション、つまり永続性が求められる。そして、それは進化することでもある。時には明らかに退化している場合もあるが、絶えず成長し、永続性を持ってこそ、あるブランドの耐久消耗品は受け継いで行く。デジカメが「耐久」なのかは、ちょっと微妙な感じだが。

しかし、その永続性も平坦に続いていくわけではない。時には大きな変革がある。ニコンで言えば、黎明期のクールピクス100はカメラ単体で完結するものではなく、PCと連携したサプライ品であった。それが一気に高級デジカメのファインピクス900になってしまうのは大きなジャンプだっただろう。しかし、スイバルスタイル(回転レンズ)式のボディはガジェット好きには好ましいものだっただろうが、老ニコンファンはもっと常識的なカメラが欲しかった。それでクールピクス800のような常識的な顔をしたカメラを送り出すのだが、実験的なモデルなのは否めない。

Dscn0637ニコンが本気でコンシューマユースを狙ったのはクールピクス880だ。TVではカンガルーを模した粘土アニメのクーピー一家というキャラクターをメインにしたCMでファミリー層をターゲットにしていたが、思ったような効果を得ることが出来なかった。スタイリングも割と酷評されていた。拙僧からすれば効果的なグリップと適度なサイズで好意的に評価しているのだが、多分、大物写真家が何かしらのインセンティブを貰ってニコンの成功を邪魔したのだろう。それでもニコンはクーピースタイルに固執し、シリーズを展開する。ということは、クーピースタイルへの酷評というのはメディア媒体での話で、実際のコンシューマユースは、それなりに評価していたのだろう。

そのクーピースタイルの頂点が本カメラだ。登場時、15万円もしたカメラだから、プロパー価格で本カメラを買った方からすれば本カメラがクーピースタイルの延長上にあることは許しがたいことだったろうが、冷静に見るとスタイリングは踏襲している。当時はライカ判換算で28mmを実現するニコンの本気カメラとして、相当期待された。しかし、意外と酷評しているコンテンツは多い。拙僧からすれば言いがかりに思えるのだが、何せ15万円もしたカメラだから、少しでも不満があれば愚痴りたくなるだろう。

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