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2017年8月19日 (土)

オリンパス FE4010

Dscn4482本ブログは一応現在進行中の政治的な話は避けるかぼやかせることにしている。しかし、タイムリーでないと意味がないというか、たまにはそんなことを書いてみてもいいんじゃないだろうか。

本校執筆時の2017/8/14日現在では、まだ「しょーぐんさん」のミサイルはグアムに向かって飛んでいない。しかし、実際には撃たないんじゃないかな。撃つとしたら前回のように高高度に向かって撃って日本海に落とすか、米国領でない公海に向かって撃つだろう。公海でも射程を見せつければ米国に打撃を与えるのに十分だ。タロット大統領はチキン野郎のようなので限定的な攻撃も結局しない気がする。というのはやはりスカッドやその派生型の中距離ミサイルがソウルや日本に向けられているからだ。これは困ったことで例えソウルが「火の海」になっても関係ないというわけにはいかない。我が国が中距離ミサイルで攻撃を受けた時、「しょーぐんさん」が米本土まで届く核ミサイルを持っていたとしたら反撃を恐れて米国民や議会が攻撃を承認しない可能性がある。これは米国の核の傘に守ってもらうという我が国の防衛の基本的な考えかたに脅威を与えるものである。なにせ「しょーぐんさん」は粛清に対空機関砲を使うようなパンクなお方だ。普通、銃殺にそんなものは使わない。おそらくソビエト製か自国内のコピー品の14.5mm対空機関砲だろうが、そんなもので撃たれたら破片も残らないから無いな。

P6200036本カメラはオリンパスの言うところの「ファッション」&「エレガント」路線のコンパクトデジカメである。しかし、中身は安カメラでスタイリングのスマートさに期待するとがっかりする。

10年前なら「しょーぐんさん」のミサイルもハリボテ同様だったのだが、現在では深刻な脅威だ。このうえ潜水艦発射型ミサイル「SLBM」が実用化すると極めて困ったことになる。今は実験段階だろうが10年後はわからない。

コンパクトデジカメというのはスマートフォンにすっかりポジションを奪われて危うい状況だ。拙僧の長期偵察内のキタムラの1店はジャンクや中古カメラどころか完全にカメラの販売をやめてしまった。フィルムカメラの10年後もわからないが、デジカメの10年後もわからないな。

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2017年8月12日 (土)

ワルツ商会 ワゴーフレックス

Dscn8511本カメラの登場は1952年である。リコーフレックスIIIの登場が1950年だから二眼レフカメラのムーブメント真っ盛りの頃だ。いわゆる4畳半メーカーなどと言う家庭内手工業の粗悪なモデルも少なくない。本カメラを送り出したワルツ商会は戦前に血脈をもつカメラアクセサリー供給元として知られていた。そのワルツ商会が送り出したカメラが本カメラで拙僧の個体は日東光学のトミナーだが、オリンパスのズイコーや帝国光学のズノーを搭載したモデルもあったらしい。かなりの気合の入れぶりではないだろうか。

Image4拙僧の個体は残念ながら光線漏れをしており、トミナー本来のパフォーマンスを発揮できていない。それにしてもワゴーフレックスのボディは問題がある個体が多い。大抵に場合はフォーカシングノブが固着している。同世代の二眼レフに似た傾向はあるがワゴーフレックスの場合は頑固だ。ワルツ商会も戦後も早々にいきなり自社生産工場を建てたとは思えないから外注に出したのではないだろうか。その組み立て工場がグリスをケチった可能性はある。その後のワルツフレックスはしっかりしているからだ。

拙僧の個体は1台目は修理を断念し2台目で撮影した。日東光学のトミナーというとちょっと気分がいいのだが、ボディがイマイチ完調ではないのが残念だ。

コンテンツもご覧いただきたい。

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2017年8月 5日 (土)

KMZ ゼニット12XP

Dscn6613ゼニット12XPは1983年に登場したゼニット12の改良型であり、同年に登場している。主な改良点は指針式TTLが内蔵LEDにより適正露出を表示するようになった。これは上下二つの赤いLEDを使用するものである。上のLEDが点灯していればオーバー、下のLEDが点灯していればアンダーを意味し、両方のLEDライトが点滅すれば適正露出を意味する。露出計そのものがナーバスだし、一般的な3点LEDに比べるとだいぶ使いづらい。

ちなみにゼニット12SDとういうカメラも存在するのだが、Camera-wikiを読んでもゼニット12に何かしらの改修を行っているらしいのだが、よくわからない。ともかく、ゼニット12シリーズは1994年まで製造され10年近くのベストセラーとなった。

Dscn6614ゼニットはM39マウントで始まった。これは内径とネジピッチはライカLマウントと同じだがバックフォーカスが一眼レフカメラ用レンズなので大きく異なるもので、規格を作る際に「少しでも面倒なことはしたくない」というロシア人のダルさが聞こえてきそうである。主に流通しているものにゼニット3Mがある。

dscn6619ニコンFがニコンSPをベースにミラーボックスを組み込んだものだとすれば初代のゼニットやゼニットCはゾルキーにミラーボックスを組み込んだものである。これらはキュートなスタイリングで楽しいものだが、ソビエト連邦も見て楽しいカメラではなく売って楽しいカメラの製造に気にするようになった。

Dscn66221965年にゼニットEがプラクチカマウントで登場する。ちなみに西側で大ヒットとなったペンタックスSPはTTL式露出計で1964年の登場だ。これはM39時代のあか抜けないスタイリングから逸脱していないが、いくらかモダンになった。内容的にはシャッターダイヤルが非回転式になっている。ということはLマウントライカやその多くの仲間たちのようにM39マウントのゼニットはシャッターを切るとシャッターダイヤルが回転するものだった。これは大きな進歩だろう。しかし、それ以外は大した進歩はない。セレン式外部露出計だし手動絞りだしフィルムカウンターは手動リセットだしクイックリターンではなかった。後裔モデルでも手動リセットは変化せず、小さなミラーにより視野率は西側の感覚では信じられないほど狭かった。スローシャッターは概念がない。

1972年にゼニットEMが登場して、やっと自動絞りに対応するようになった。世代的にはニコマートELと同世代である。あまり西側の時間軸と照らし合わせても意味がないのだが。1977年になるとやっとゼニットTTLが登場する。1983年にゼニット12が登場する。これはゼニットTTLと基本的には同じもので指針式内蔵露出計カメラである。おそらく材質の廉価か工程の省略があったのだろう。同時期にLED式内蔵露出計の本カメラが登場しているのはよくわからないが上位機種という位置づけなのだろう。ペンタックスKMとペンタックスK2の違いのようなものか。

Dscn6629_3ゼニット12SDとゼニット12XPにはペンタ部を斜めに削ったスタイリングの変わったモデルが存在するが、あまり見かけることはない。ゼニット12SDの輸出版をゼニットゼニット12XPだとするコンテンツもあるのだ、ゼニット12SDは指針式露出計なので、それはないだろう。もっとも、当時の西側の人民に親しかったのはゼニット12SDの方だろう。双方にキリル文字のバージョンが存在する。

拙僧の個体は底部に明らかに後付けの蓋がしてあるが、ネットで見ると別の個体でも同様のようだ。ネットで調べたところでは指摘が無いのだが、これはフォトスナイパーの取り付け器具じゃないかと想像する。実際のフォトスナイパーに使われたのはゼニット122Sなのだが、どうせ中は同じようなものだろう。ゼニット12XPの2点LED式露出計が3点式露出計に進化したのがゼニット122だ。ゼニット122Sの底にはあからさまにレリーズボタンがあるので外観上は区別は容易だ。多分、生産分として本カメラがゼニット122Sより後なんじゃないかな。それにしても穴を埋めるくらいなら、穴のない底蓋を生産し続ければいいと思うのだが、共産主義的な合理化なのだろう。

Dscn6617ちなみに拙僧が手に入れた個体はメイヤーのオレストン50mmF1.8が付いたもので、もちろんレンズが目当てだった。価格は2000~3000円あたりで悩む余地はない。

それでオレストンは大当たりだったが、本カメラでもひとまず撮影はできた。

本カメラはそういうポジションのカメラだ。

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