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2018年5月26日 (土)

カシオ QV-770

Img_8372前回、デジカメ戦争勃興期のカシオの戦いを報告させて頂いた。折角なのでカシオのデジカメのコンテンツを作ろうと思って我が師団のデーターベースをさらってみたのだが、前回のコンテンツででかでかと登場したQV-770のコンテンツを書いていないことが判明した。

なので早速コンテンツを書いたのである。

Tmp024コンテンツに詳しいのであまり重なることは述べないが、本カメラの登場とまったく同じタイミングでフジフィルムのファインピクス700が登場している。これは単焦点レンズながらAFユニットを組み合わせ、金属製外装のファッショナブルな筐体に150万画素級の撮像素子を搭載し、当然のように記録媒体は交換式だった。対し、本カメラはQV-10とたいして変わらないスタイリングに樹脂製ボディ、35万画素級の撮像素子を搭載した内蔵メモリ機である。現在では内蔵メモリ機という言葉に注釈を入れなければならないだろう。つまり、撮影した画像をSDカードなりコンパクトフラッシュなりに記憶するのではなくカメラボディに内蔵したフラッシュメモリに記録するのだ。PCに画像を転送するためには有線の接続キットが必要となる。

当時、35万画素級のデジカメというのは少なからず存在した。何せファインピクス700は10万円くらいしたからな。とはいえ本カメラだって5万円くらいしたから、あまり妥当な感じはしない。カシオとしてはメモカメラとしては35万画素級で十分という認識があったのだろう。実際、21世紀に至ってもLV-20という液晶ビュワーさえ搭載しない35万画素級デジカメを出している。これは当時の高額で大柄なマジデジカメに対するアンチテーゼとして廉価なトイデジカメというムーブメントがあったのだ。コニカもe-miniシリーズを展開したしな。もっとも、LV-20は明らかに北米ではヴィヴィターブランドで販売していたし、e-miniシリーズもコニカが1から真面目に作ったとは思えない。それはともかく35万画素級デジカメの意義はあった。ただ、5万円は高すぎるが、恐らく実売価格は悲観的なものだっただろう。

思うに本カメラの最も悲劇的なのは内蔵メモリ機だということではないだろうか。それを言うならカシオとしてはTranPという無線データ転送規格の搭載を掲げた。カシオからすれば記録媒体をボディから抜いて別売りのリーダーに刺すよりは簡便だということだろう。しかし、TranPだって対応する機種が必要で実際には決してメジャーではなかった。現在、本カメラをジャンク籠から拾ってもPCに転送する手段がない。もっとも、PC転送キットのQV-LINKはQV-10から脈々と互換性を保っていたから、どこかしらのモデルに付属していたら使うことはできる。

この一件に関してもカシオの思惑とコンシューマーニーズとの乖離を感じざるを得ない。

コンテンツもご覧いただきたい。

つづく

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2018年5月19日 (土)

さらばカシオ その1

Dscn7363とうとう、カシオがデジカメ戦争から脱退した。拙僧の認識する限りカシオはカメラメーカーでもなければ光学機器メーカーでもない電子機器メーカーである。電子スチルカメラで大損したカシオにとって”カメラ”という単語がタブーとなり、携帯TVという名目で開発を進め、最後の最後で液晶デジタルカメラとしてQV-10の発売に至ったのはNHKの「プロジェクトX」でも有名なくだりである。なのでコニカミノルタや京セラが産業用カメラ屋レンズにシフトした様になるのか、それとも再び”カメラ”がタブー視されるのかは不明だ。

Qv10002QV-10は25万画素級のスイバル(回転レンズ)型のデザインだった。QV-10は世界初のデジカメという訳ではなかった。QV-10よりもよっぽど綺麗(当時)に写るデジカメはリコーやコダックにもあった。しかし、それらは液晶ビュワーを持たないか高額なオプションであり、カシオが秀悦だったのは最初から液晶ビュワーを搭載していたことだ。何しろ、そもそもは携帯TVとして予算を獲得したくらいだからな。

また、コダックのDC-20(チノンのES-1000)なんて1回に8枚か16枚しか撮れないのに100枚近い枚数の画像を撮ることができた。また、画像をサムネイル表示出来たり遊び心を感じることができた。伝統的な光学機器メーカーは真面目に綺麗な画像を写すことに心血を注いでいたのだが、カシオが拘ったのがユーザーインターフェイスだったのだ。この点がデジカメとカメラの違いに気付かなかった伝統的光学機器メーカーに対して、カシオがアドバンテージを得ることになる。

Img_8372しかし、そのアドバンテージは長くは続かなかった。QV-10のデザインはスチルカメラというよりもムービーカメラに近いものだった。露骨に言えばシャープの液晶ビューカムだ。これはデジカメの起源がムービーカメラや監視カメラから派生したものだということを物語っている。カシオは画像を無線転送できたり「面白いこと」に重きを置いていたのだが、その間に伝統的な光学機器メーカーはせっせと高画素化に成功してしまった。デジカメのアーリーニーズがメガピクセルの時代に35万画素級のQV-770を出していたのは、いくら何でも呑気だったとしか言えない。この辺はデジカメ戦争の潮目を電子機器メーカーのカシオが見誤ったのかもしれないな。

Qv770044ちなみに、この画像はQV-770の前オーナーが残した内蔵メモリに入っていたもので、ファインピクス700パワーショットA10の時代に至っても35万画素級の内蔵メモリ機というのは呑気が過ぎる。無論、旧式のXLR250バハに乗り続けるのは意義がある。

Dscn1108
カシオとしても、ただ呑気だったわけではない。カシオのポリシー、ドクトリンは「遊び心」である。これは「飛び道具」と拙僧は理解している。初めてフィルムカメラの代用品として認知されてのが恐らく1998年に登場したファインピクス700であろう。紀香さんの起用も既に忘れられてしまっただろうが。

カシオも1998年に130万画素級のQV-7000SXを登場させているのだが、あまりヒットしたとは言えなかった。既にカシオ式スイバルスタイルが古臭かったのだろう。そこで1999年に登場したのが光学8倍ズームレンズを搭載したQV-8000SXである。これは当時としては画期的だった。

そもそもデジカメはムービーデジカメから派生したものだし、ムービーデジカメからすれば10倍ズームレンズ程度は当たり前だった。何せ撮像素子が小さいからな。レンズのイメージサークルを小さくできる。これは8mmシネカメラと理屈は同様だ。絵作りもなかなかのものだったが、QV-10譲りの見飽きた操作系と質感、それに「カシオのカメラだから画質は悪いだろう」という先入観からヒットとはならなかった。しかし、後のQV-2800UX2900UX辺りではカシオのファン層というのは形成されている。

Img_8101しかし、「変で面白そうだけど画質が悪いとね」という先入観はカシオとしても甘んじることはできなかった。そこで登場するのがQV-2000UXである。これはスイバルレンズのQV-2800UX/QV-2900UXや、そのベースモデルのQV-2300UX2400UXの母体となるカメラなのだが、画質は中々よかった。しかし、そのデザインはオリンパスμばりのカプセル型ボディになっているのだが、美しさとはとてもかけ離れた。そのせいもあって、やっぱりカシオのデジカメはイモっぽいという評価は変わらなかったようである。

Dscn3351画質の低い評価はカシオにとって不名誉で世界初のコンシューマー向け300万画素級カメラはカシオのQV-3000EXから始まった。これは同時期にキヤノンからパワーショットS20が登場しており、世界初の照合の決着はグレーである。ともかく、世界に先駆けていたのには変わりない。

それでカシオのデジカメの画質の評価は一定に達するのだが、結局、キヤノンのマッスルモデルであるパワーショットG1に対する「プアマンズG1」などと呼ばれてカシオの名誉とはならなかった。

続く

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2018年5月12日 (土)

BeLOMO チャイカ2M

Dscn4087先日、珍しく最近の日本カメラを中古で買ったのだ。教えてもらうような写真を撮っていないし、デジカメのニューフェイスなんて興味が無いからな。それで驚いたのが薄くなっている。確かにミノルタやコンタックスなどカメラ供給メーカーが減っているので記事や広告が少なくなっているのだろう。

しかし、顕著に少なくなっているのはショップ系の広告だ。要するに中古カメラ屋が激減しているのだろう。1ページ全面を使った中古カメラ・レンズ相場表なんて無かったんじゃないかなあ。実際、興味のある記事は殆ど無くて捨てちゃったんだけど。

Chaika2m782何かにつけて西側のコピーだったりするソビエト製カメラや工業品だが、本カメラはオリジナルなんじゃないかな。つまりロシア人が自分の頭で考えたギミックで構成しているのだ。本カメラの産地はベラルーシのミンスクだが、ソビエト当時の事だから設計はモスクワの設計局で生産をBeLOMOが行っていたのかもしれない。何しろシリーズで200万台以上生産されたらしいから、BeLOMOのみならず複数の工場で生産していたのだろう。もしかしたら、製造番号でどの工場で生産していたか分かるかもしれないが、そんなマニアは本カメラに注目しないだろうな。

本カメラはソビエトカメラらしく写るときは中々のスパシーバだが、ダメな時はニェット(ノー、ネガティブ)野郎である。

コンテンツもご覧いただきたい。

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2018年5月 5日 (土)

春季:名古屋中古カメラ・用品大バーゲン戦争

P4190003過日も過日、4/19に名古屋栄にて戦争が勃発した。今更ながら戦果を報告されていただきたい。

Dscn2133第一次会戦: ペンタックス 45~125mmF4 500円

タムロン SP 28~80mmF3.5~4.2 500円

ペトリ 55mmF2 500円

ローライ プレーゴミクロン 500円(液晶不良)

ヤシカ エレクトロ35FC 1000円(完全ジャンク)

オリンパス μ(初代) 300円 (完全ジャンク)

キヤノン オートボーイジェット 1500円(電池付き動作OK)

ヤシカフレックス C型(?) 500円(ネームプレート欠落)

キヤノンメーター 100円 (一応動く)

ブロニカ TTLファインダー 500円 (電池室腐食)

LPL ステンレスタンク120+ライカ判リール 500円(元箱付き)

プラクチカBマウント->ソニーEマウントアダプター 1000円

カメラスタイル 500円

第二次会戦:

ペンタックス Z-5P 250円

レモン社名古屋店戦線:

キヤノン EOS10D 2800円(?)

オリエンタル シーガル100

P4190004_2サバイバルゲーム関係の充実にシフトしているのと単車のシーズンが始まることもあり、戦線の拡大は控える方針であった。

しかし、開戦前30分にはついてしまい、そこそこの展開になってしまったな。驚いたのは隣の若い衆で引き釣り鞄を装備していたのだが東京から前の利したそうだ。

なんだか東京の方が遥かに充実していると思うのだが。

P4190005ただ、今回はあまりスカッとした迎撃は無かった気がする。あえて言えば久しぶりに暗室用品を手に入れることができた。最も拙僧は金属リールは苦手なので、1度も運用せずに処分してしまうかもしれない。

P4190002不穏な空気というのは以前からはっきりしていたことなのだが、名古屋中古カメラ・用品大バーゲン戦争を展開していたデバート丸栄が今年最後に解体されてしまうのだ。戦場で配られたビラによると6月には「さよなら中古カメラ・用品大バーゲン」が勃発するようなのだが、今年は秋季も歳末もキャンセルとなるようだ。

会場の確保が困難であるらしい。

来年4月には”ウィンクあいち”で戦争は再発するようなのだが、先は不透明だという。

拙僧も大粛清の最中で新たな装備を加えるのは消極的なのだが、無くなるとなると寂しい話である。

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