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2018年5月19日 (土)

さらばカシオ その1

Dscn7363とうとう、カシオがデジカメ戦争から脱退した。拙僧の認識する限りカシオはカメラメーカーでもなければ光学機器メーカーでもない電子機器メーカーである。電子スチルカメラで大損したカシオにとって”カメラ”という単語がタブーとなり、携帯TVという名目で開発を進め、最後の最後で液晶デジタルカメラとしてQV-10の発売に至ったのはNHKの「プロジェクトX」でも有名なくだりである。なのでコニカミノルタや京セラが産業用カメラ屋レンズにシフトした様になるのか、それとも再び”カメラ”がタブー視されるのかは不明だ。

Qv10002QV-10は25万画素級のスイバル(回転レンズ)型のデザインだった。QV-10は世界初のデジカメという訳ではなかった。QV-10よりもよっぽど綺麗(当時)に写るデジカメはリコーやコダックにもあった。しかし、それらは液晶ビュワーを持たないか高額なオプションであり、カシオが秀悦だったのは最初から液晶ビュワーを搭載していたことだ。何しろ、そもそもは携帯TVとして予算を獲得したくらいだからな。

また、コダックのDC-20(チノンのES-1000)なんて1回に8枚か16枚しか撮れないのに100枚近い枚数の画像を撮ることができた。また、画像をサムネイル表示出来たり遊び心を感じることができた。伝統的な光学機器メーカーは真面目に綺麗な画像を写すことに心血を注いでいたのだが、カシオが拘ったのがユーザーインターフェイスだったのだ。この点がデジカメとカメラの違いに気付かなかった伝統的光学機器メーカーに対して、カシオがアドバンテージを得ることになる。

Img_8372しかし、そのアドバンテージは長くは続かなかった。QV-10のデザインはスチルカメラというよりもムービーカメラに近いものだった。露骨に言えばシャープの液晶ビューカムだ。これはデジカメの起源がムービーカメラや監視カメラから派生したものだということを物語っている。カシオは画像を無線転送できたり「面白いこと」に重きを置いていたのだが、その間に伝統的な光学機器メーカーはせっせと高画素化に成功してしまった。デジカメのアーリーニーズがメガピクセルの時代に35万画素級のQV-770を出していたのは、いくら何でも呑気だったとしか言えない。この辺はデジカメ戦争の潮目を電子機器メーカーのカシオが見誤ったのかもしれないな。

Qv770044ちなみに、この画像はQV-770の前オーナーが残した内蔵メモリに入っていたもので、ファインピクス700パワーショットA10の時代に至っても35万画素級の内蔵メモリ機というのは呑気が過ぎる。無論、旧式のXLR250バハに乗り続けるのは意義がある。

Dscn1108
カシオとしても、ただ呑気だったわけではない。カシオのポリシー、ドクトリンは「遊び心」である。これは「飛び道具」と拙僧は理解している。初めてフィルムカメラの代用品として認知されてのが恐らく1998年に登場したファインピクス700であろう。紀香さんの起用も既に忘れられてしまっただろうが。

カシオも1998年に130万画素級のQV-7000SXを登場させているのだが、あまりヒットしたとは言えなかった。既にカシオ式スイバルスタイルが古臭かったのだろう。そこで1999年に登場したのが光学8倍ズームレンズを搭載したQV-8000SXである。これは当時としては画期的だった。

そもそもデジカメはムービーデジカメから派生したものだし、ムービーデジカメからすれば10倍ズームレンズ程度は当たり前だった。何せ撮像素子が小さいからな。レンズのイメージサークルを小さくできる。これは8mmシネカメラと理屈は同様だ。絵作りもなかなかのものだったが、QV-10譲りの見飽きた操作系と質感、それに「カシオのカメラだから画質は悪いだろう」という先入観からヒットとはならなかった。しかし、後のQV-2800UX2900UX辺りではカシオのファン層というのは形成されている。

Img_8101しかし、「変で面白そうだけど画質が悪いとね」という先入観はカシオとしても甘んじることはできなかった。そこで登場するのがQV-2000UXである。これはスイバルレンズのQV-2800UX/QV-2900UXや、そのベースモデルのQV-2300UX2400UXの母体となるカメラなのだが、画質は中々よかった。しかし、そのデザインはオリンパスμばりのカプセル型ボディになっているのだが、美しさとはとてもかけ離れた。そのせいもあって、やっぱりカシオのデジカメはイモっぽいという評価は変わらなかったようである。

Dscn3351画質の低い評価はカシオにとって不名誉で世界初のコンシューマー向け300万画素級カメラはカシオのQV-3000EXから始まった。これは同時期にキヤノンからパワーショットS20が登場しており、世界初の照合の決着はグレーである。ともかく、世界に先駆けていたのには変わりない。

それでカシオのデジカメの画質の評価は一定に達するのだが、結局、キヤノンのマッスルモデルであるパワーショットG1に対する「プアマンズG1」などと呼ばれてカシオの名誉とはならなかった。

続く

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コメント

うわぁ~~~カシオ3000EXが2台も並ぶと壮観ですね!!結構これかっちょええと思っているんです。TOSHIBAよりも。。。

投稿: 横須賀与太郎 | 2018年5月21日 (月) 14時55分

どもども、横須賀与太郎殿。

あっしもQVー3000EXのスタイリングは悪くないと思うのですが、当時のパブリシティは全く評価していませんでしたね。

キヤノンのパワーショットG1だって、結構気が利いていないと思うんですが。

もっとも、樹脂製ボディの質感は、確かにQVシリーズのものでしたが。

投稿: Rikkie | 2018年5月21日 (月) 20時49分

どうも色々カシオカメラのリンクを拝見してみますに、ミレミアムころには、タケノコズームと化したちょっと手を抜いちゃったフィルムプラカメでL判くらいでは、デジの方がはっきり写っていて心地が良いところまで来ていたんですね。私は2003年からしか知らないので大いに驚いております。今から考えると200万画素なんて化石だと思いつつも自分も使っておりました。しかし200年の200万画素と2002-3年の200万画素の気合の入れ方はずいぶん違うもんだなと思いました。
前も書きましたがOLYMPUSのC-2 ZOOM,あれ、私が苦心して手に入れたFED-2以降各窓、2a前期(フィルム巻き戻し切り替えがレバー)22a,2b,2c,2d,2e各移行期型、3ごく初期のシングルネーム、前期型、後期型、FED4前期型ごく初期、前期型,後期型、FED5前期、後期FED5C前期、FED5B後期と苦心して揃えてそれを記録せんが為、27800円という当時無理な出費を大事な国産やドイツカメラを売って購入資金にして購入し、カメラのブツ撮りをしたとき、実に写りが悪くて唖然としてしまいました。C2040などの画像を見ていただけにデジカメは写りが良いものと決め込んでおりました。縁起が悪いのですぐ売り飛ばし、新たなデジカメをお迎えする余力はなく、またサヴィエートカメラの意地もままならなくなり、痛恨の極み、慟哭、嗚咽、たすきとやりと袴と鉢巻を用意して、オリンパスに討ち入りをしたかったです。今でもその痛恨とまぁもっとすなーとにRikkieさんの趣味の服装とフォトスナイペルか、紅衛兵服と赤い本をもってオリンパスのカメラを買いましょう!と叫びながら当時の二胡を使い雑音だらけで造反有理でも弾きたいくらいです。

投稿: 横須賀与太郎 | 2018年5月29日 (火) 11時47分

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