« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月28日 (金)

ミノルタ α3700i

Dscn5789「機能をギリギリまでそぎ落としたのが逆にカッコイイ」と言うのがある。例えばヤマハSDR200辺りだが、オフ車ベースのキレッキレの200ccの2stパワーソースに見ていて不安になるほど細いパイプのトラスフレームで見ていて痺れる。勿論、あらゆるシチュエーションでホンダNSR250やスズキガンマ250より速いわけはないのだが、その潔さに独自の美学を感じてしまうのものだ。

ヤマハはそういう「独自の美学」を大切にする会社で、シンプルな空冷単気筒のSR400を長いこと生産していた。残念ながらエゲツナイ排ガス規制で一度は生産終了となったのだが、どうやらエンジェクション仕様にして復活するそうだ。シンプル至上のSR400がエンジェクションになるのは寂しい気もするが、それでも生産を続けるというのはヤマハの男気にフォロワーは感謝しているだろう。

Dscn5792カメラの分野でも「機能をギリギリまでそぎ落とした」というモデルは存在する。有名どころはプログラムAEのみの一眼レフカメラであるキヤノンのT-50だ。カメラの場合は美学やコンセプトというよりは「はっきり言ってコストダウン」の為なのだが、それはそれで潔くカッコイイなと思ってしまったりもする。

本カメラの2ラインだがプログラムAEのみのエントリーモデルだ。しかし、シンプルな軍艦部やエッジの効いたデザインで結構カッコイイのである。

ただ、困ったことに本カメラの生存率は低い。どうも、ミノルタの4桁シリーズ(α7700iを除く)や3桁のsiシリーズの生存率はやたらと低い気がするな。

あれば格安なのだが、祈るような気持ちで手に取るのも一興である。

コンテンツもご覧いただきたい。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2018年9月23日 (日)

ヤシカ ヤシノンDS50mmF1.7

Dscn2698ああ、コンテンツは作ったのにブログを更新するのを忘れていました。取り急ぎなので短いブログになりますがご了承ください。

Imagey22ヤシカの技術と言うのはレンズ先行と言う気がしてきました。本カメラはヤシカTLエレクトロに付属していたらしい。どうも富岡光学生と言う噂もあって、そうだったら嬉しいなろいう感じだ、写り具合はメリハリがあって実に好ましい

しかし、ヤシカTLエレクトロというのは決して褒められたものではない。その前のヤシカJシリーズはまず壊れているような代物だ。どういう訳かヤシカの一眼レフカメラはボディに恵まれなかった。本レンズはプラクチカマウントのレンズなのでペンタックスのカメラにでもつければパフォーマンスを発揮できるが、ヤシカのボディの信頼性の低さはヤシコン時代になっても重くのしかかるのだ。

前回がヤシカスナップという底辺のカメラだったので、今回は一眼レフカメラのレンズを楽しんでいただきたい。

コンテンツもご覧いただきたい。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2018年9月 8日 (土)

ヤシカ スナップ

Dscn1724拙僧はmixiの住人だ。何を今さらと思われるかもしれないが、拙僧は結構保守的な上に基本的にはコンピュータ的なパーソナリティが嫌いなのでレイトマジョリティの中でも後ろの方にいる。ツイッターだのインスタグラムだののスピード感は疲れそうなのでmixiと極めて狭いLINEのグループチャットで精一杯である。

そんなmixiだが、SNSらしくネットゲームを供給している。そういうのが画面上に広告として出るのだが、拙僧は無視である。ところが、危なく接触事故を起こしそうになったのがゲームがあった。舞台がスタートレックなのである。なんで?という疑問もあるのだが、拙僧はスターウォーズよりも遥かにスタートレックなので無視できなかった。結局、始めないうちに広告は消えたのだが、あれは一時的なゲームだったのだろうか。拙僧ははまり込んでしまうタイプなのでコンピュータゲームはやらないことにしているのだが、スタートレックは危なかったなあ。

Image39それにしても何故スタートレックという疑問は残る。「パテントがスターウォーズよりもはるかに安いから」という夢の無い事実が浮き上がるが、それにしてもスタートレックファンにしては、ちょっといい気分だ。

カールツアイスの配下であるカメラメーカーのツアイスイコンは1971年に日本製の優秀で廉価なカメラに敗北してカメラ製造から撤退した。カメラメーカーがカメラ部門から撤退したらツアイスイコンは何をしていたのだかよく分からないのだが、21世紀になってコシナがブランドを買ったからカールツアイスが安売りせずに取っておいたのだろう。フォクトレンダーブランドはコシナの他にも韓国人に安売りしている。カメラ製造をやめてしまってもカールツアイスのレンズ製造は健全だったし供給先を探していた。無論、ツアイスというだけで頭の中に「ああ、女神さま」が浮かんでしまう幸せな方も多かったから需要はあった。そこで選んだのがヤシカなのである。拙僧がカメラ人民として解放されたころには既にヤシカは京セラのブランドの一つであった。なので、あまり実感はないのだがヤシカというと高級感に欠けたカメラメーカーだったらしい。確かにライカ型Lマウント距離計連動機にはシリーズが少ないし、プラクチカマウントの一眼レフカメラは必ず壊れている。ヤシカが喉から手が出るほど欲しかった高級ブランドのツアイスが手に入ったのは幸運だったのだろうが、時すでに遅しヤシカの体力はそれを展開し維持するには至らなかったようだ。ひょっとしたらツアイスのコンタックスブランドのパテントが高くてヤシカの運営を圧迫したのかもしれない。

ヤシカがツアイスのブランドを手にしたのが1974年である。本カメラの登場は1978年だが3枚玉のレンズとはいえトリオターの名を冠しているわけでもない。しかし、本カメラのような身近な友がヤシカにふさわしく、それは名誉なことだと思うな。

コンテンツもご覧いただきたい。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2018年9月 1日 (土)

タイトー MiniDIGITALCamera

Dscn3951タイトーのデジカメである。タイトーの歴史は古く、現在のタイトーの経営形態に至るまで紆余曲折あるのだが、ここではビデオゲームの話に限定したい。タイトーも初期の頃はテーブルテニスや上から車が降ってくるタイプのカーレースゲームを出していたが、何といっても大ヒットとなったのがインベーダーゲームである。このヒットぶりは半端なものではなくウォークマンやナナハン(ホンダCB750)のように文化的な資産になった。拙僧は小学校1年生だったが、実際にやったことは無い。なぜならゲームセンターやゲームセンターと同義語だったインベーダーハウスは不良のたまり場であり、小学校では正式に入店が禁止されていたからだ。実際、イルクーツクのような辺境では他に娯楽も無く、そのようなプロパティの方々がたむろしていたようだ。拙僧が自由にゲームセンターで遊具できるようになったのは小学校4年生あたりで、お小遣いを貯めて西武イルクーツク線で池袋まで遠征しなければならなかった。当時、サンシャイン60の地下には世界で一番大きなゲームセンターとされる「ザ・ゴリラ」があった。店内にはキングコングほどのサイズのゴリラの肩から上のロボット(?)があり、100円を入れるとCO2の噴射やSEでゴリラの喜・怒・愛・楽の表情を楽しむことができたが、それだけのモノでもあり、信頼性もイマイチのようで良く壊れていたな。店自体も、何度か持ち主が変わったようだが、拙僧の関心がキャロット巣鴨店に移ると、その後どうなったのかわからない。

001本カメラをタイトーが真面目に作ったとは思えない。台湾か中国の安トイデジカメにそれらしい箱と取説をつけてUFOキャッチャーの景品としたのだろう。諸元もよく分からないが、似たようなカメラはいくつもあって、箱には300000ピクセルなんて書いてあった。35万画素級になるのではないだろうか。

どうかと言えば意外と写るなという印象である。ただ、液晶ビュワー無し内蔵メモリ機なのはイイとしても、電源の単4型電池が一瞬でも外れると撮影画像がすべてパーになってしまうのはロックも過ぎると思うな。

コンテンツもご覧いただきたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »