2019年1月19日 (土)

コニカ オートS

Dscn1886最近、20代の方々と一緒にサバイバルゲームで走り回っている次第なのだ。拙僧のような40代後半に差し掛かった中年と遊んでくださるのだから、ありがたい話だ。ゲーム中は割と興奮しているので身体が動いてしまうのだが、インターバルでは疲労を隠せない。「Rikkieさん、目が死んでいますよ」としばしば指摘されるのだが、本当にくたびれているのだから致し方無いな。それで1ゲームくらい休んでいればいいのだけれど、ゲーム開始のカウントダウンが始まるとダッシュに備えてしまうのだ。我ながらブレーキの効かない人間なのだろう。もっとも、単車と違ってブレーキが利かなくてもけがはしても本当に死ぬことはない。

Image17それで彼らと帰りに「食べ放題しゃぶしゃぶ」によったりするのだが、呆れるほど喰うな。いや、拙僧も遅れはとらない。普段はダイエットの為に減食しているのだが台無しだ。エラク身体を動かした後だし、セコセコばかりでは人生が台無しではないか。

一方で18歳や19歳と食事を一緒にすることもある。不思議なのは彼らは「食べ放題しゃぶしゃぶ」においてもスマートフォンの画面を見るばかりでロクに食べないのだ。この点は20代の方々から見ても奇異に見えるらしい。「食べ放題しゃぶしゃぶ」や「食べ放題焼肉」は戦争であるという考え方は昭和の拙僧からすると平成前半の世代の方々とは価値観を共有できるが、平成後半になると難しくなるということだろう。そろそろ元号が変わるが、次の元号生まれの方々とサバイバルゲームや「食べ放題しゃぶしゃぶ」をご一緒することは無いだろうな。

本カメラは順調に近代化を進めていたコニカのレンズシャッター機のマイルストーンとなるカメラである。何しろCds露出計を組み合わせてシャッター速度AEを実現した。当時、ニコンやキヤノンのレンズ交換式距離計連動機を買う方々は庶民というプロパティと異なったから、本カメラは庶民の高級機であろう。ライカ、コンタックスは論外である。

それ以前のコニカSシリーズはセレン露出計を搭載していた。本カメラと同時期に登場したコニカEEマチックはセレン露出計を搭載しながらプログラムAEを実現している。ただし、本カメラが露出計が壊れてもマニアル露出で撮影できるのに対し、コニカEEマチックは露出計が壊れたら事実上撮影は不可能だ。

拙僧などは47mmF1.9のヘキサノン銘レンズにしびれてしまうのだが、世代間ギャップだろうか。生まれた時からデジカメだった世代の間にも穏やかにフィルムカメラのムーブメントが存在する。しかし、本カメラの武骨でゴージャスなボディと素晴らしいレンズは軽快で気楽にプログラムAEで撮影できるコニカC35などに比べると評価はイマイチのようだ。次の元号で生まれた方々がフィルムカメラのムーブメントを興した時に本カメラをどう評価なさるのか興味があるが、その頃までフィルム・感材の供給や現像サービスが健全かというと、これは悲観的にならざるを得ないな。

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2018年8月25日 (土)

キヤノン ニューキヤノネットQL17

Dscn2974「明石家さんま」のお笑いというのは、そろそろ時代に沿わないものなのかもしれないな。いや、実際に既に若い層からすると好ましくないのかもしれない。先日、20代のサバイバルゲーム仲間と話をしたのだが、「とんねるず」に対する嫌悪感は半端ではなかった。

理由はセクハラである。「明石家さんま」のセクハラジョークは許されていると本人もコンシューマも思っている節がある。しかし、それは中高年に限るようだ。随分前だが「明石家さんまの向上委員会」で若い女子アナのパンツの色を聞いて、一瞬女子アナが嫌悪の表情をしていた。その後、ワイドなショーでその時の心情を離していたのだが「(不快に思ったが)空気を崩さないように言えなかった」といっていた。この本人はジョークのつもりでも不快に思われており「(不快に思ったが)空気を崩さないように言えなかった」というケースは何もショウビズの世界の話ではなく、一般社会の方が遥かにシリアスだろう。既に、こんなことは許されない。許されている場所もあるだろうが安泰ではないな。

Img683キヤノネットシリーズは随分売れた。初代のキヤノネットはかなり大きいカメラで、スタイリングも冴えたものではなかったが、高性能のレンズに距離計を組み合わせ、何しろ安かった。当時のコンシューマ層にとってはコストというのは現在に比べてはるかにシビアだし、安かったといっても高価なものだからキヤノンの怒涛の進撃と脱落した中堅カメラメーカーは我が国のカメラ史のマイルストーンである。

しかし、時代の価値観は変わる。レンズは明るく綺麗に撮れればボディサイズは大きくても構わない。むしろ大きいボディが自慢できるという時代は10年も続かなかった。この辺はヤシカエレクトロ35にも通じる。

本カメラに至ってボディサイズは重量で30%もコンパクトになった。それでシャッター速度優先EEとマニアル露出は引き継いだ。勿論、本カメラや後裔機のG-III(G-3)は大ヒットとなったが、レンズの明るさを抑えてプログラムAE専横機となったがよりコンパクトなコニカのC35やミノルタのハイマチックEの路線にレンズシャッター機はシフトする。

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2018年8月11日 (土)

カールツアイス ビオゴン 28mmF2.8

Dscn2684既に報告させていただいたが姪の上海での結婚式の参列など、物入用で虎の子のカメラやレンズをネットオークションではなく買い取りで処分した。その提示した価格は、ちょっと問題にしないことにしよう。カメラ屋に向かうバックに1度は入れて最終的に出したカメラとレンズがある。つまり売らなかったのだ。それがコンタックスG1とビオゴン28mmF2.8、プラナ―45mmF2である。

Img764 処分したもので最も惜しかったのがディスタゴン28mmF2.8だった。ニコン35Tiも惜しかったが、ひとまずリコーのGR10フジフィルムのクラッセがあるから稼働率が上がるとは思えなかった。しかし、ディスタゴン28mmF2.8が無くなると、折角のOH済で完調のコンタックスRXの存在意義が薄くなる。しかし、ヤシカブランドのレンズはいくつかあるし、実質的に稼働率の高いバリオゾナー80~200mmは処分しないので過失は少なく見積もった。プラナー50mmF1.4は惜しくない。

なによりも、拙僧にはビオゴン28mmF2.8が残った。これが無くなったら寂しい陣営になる。拙僧にとっても全てのレンズが褒められたものではないが、カールツアイスのレンズというのは、ちょっと響きのいい言葉である。

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2018年6月 2日 (土)

フジカ GER

Dscn9103三河に身をやつしてから15年くらいたつのだが、それなりに住めば都になっている。東京に比べると渋滞は少ないし、いい感じの単車屋やロードスター屋、魚屋などが見つかってインフラも充実してきた。しかし、無いモノは無いのである。例えは「てん屋」が無い。お蔭で天丼の食事率は壊滅的である。スーパーの天丼弁当ではだめなのだ。かといって帰郷してまで食べるものではないのだが、次回に中古カメラ市場にでも行ったときにてん屋で食べようかなあ。

Fujicager514本カメラは実質的にコニカC35のムーブメントにぶつけたキラーサテライトである。なかなか重厚なスタイリングだが、本来はカジュアルなプログラムAE専用コンパクトカメラだ。その辺のスタイリングのちぐはぐ感がフジカらしくて好ましい。

ジャンク籠でも珍しい存在ではないので、それなりに売れたのだろうが、本カメラの登場の2年後。世界初の実用フラッシュ内蔵コンパクトカメラのコニカC35EFが登場し、市場を席捲する。

本カメラもフラッシュマチックになっているが外付けと内蔵では大違いだ。無いモノは無いのである。

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2018年4月 7日 (土)

フランケ&ハイデッケ ローライXF35

Dscn3483拙僧の友人たちの中でもカメラ・レンズの粛清の噂を聞くのだが、拙僧の師団も大粛清の嵐である。こんなことを書くのは何度もなのだが、今回の規模は違う。「これは残しておこうかな」と思っていたブツも躊躇しながら手放した。

理由はフィルムカメラのムーブメントである。最近は落ち着いたのだが、一時期は師団のヤードに転がっている不良債権化を諦めていたブツが飛ぶようにネットオークションで売れた。国内でもフィルムカメラのムーブメントは発生しているようだが、どうも海外で熱心なようで8割がたの落札者は海外のセラーかトレーダーに思えたな。勿論、全てのジャンルのカメラが売れたわけではなく、圧倒的に「電子式シャッター距離計連動機」で何かしらの優先AEかプログラムAEのモノ。一眼レフカメラなんてのはヤシカやキヤノンAシリーズを例外として、ほとんど動かなかった。一時期、世を賑わったホルガのようなトイカメラは悲惨だ。

Image63その、「電子式シャッター距離計連動機」の中でも最上級なのが本カメラだろう。何しろゾナーを搭載している。多くの落札者が落札した物件は日本海か東シナ海を渡ると思われる。大陸でもツアイスブランドは健全というか日本以上だからな。厳密には本カメラのレンズはツアイスからパテントを得たローライ製なのだが、そんなことは問題ではない。今では北京か広州で頑張っているのだろうか。

ローライのコンパクトカメラというとローライ35(初代)やローライ35SEも当然ながら処分した。これらの落札者は日本の方で大陸の方はややこしい操作系の「ドイツ人のマイスター魂」など不要な合理主義者なのだろう。ローライ35シリーズに未練はないが、本カメラはちょっと未練がある。また買っちゃうかもな。

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2018年3月 3日 (土)

ミノルタ ハイマチックEその2

Himactice356本カメラの登場は2回目である。ちょっと時間が作れなかったので新しいコンテンツを作ることができなかった。何だか情けないが御了承いただきたい。

本カメラのレンズは相当良くできている。しかし、じっくりと撮影するとそのパフォーマンスを発揮できるのだが、忙しくスナップすると本来のパフォーマンスを発揮するのは難しいようだ。多分、目測で40mmというのも難しいのだろう。

勿論、それは他のカメラのレンズでも同様なのだが、もっと簡素なレンズの方が意外と上手く撮れるような気がしてならない。

折角の距離計連動機なのでパフォーマンスを発揮したいが、この種のカメラはいい値段がつくので処分してしまった。これまた、情けない限りである。

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2017年10月14日 (土)

ヤシカ エレクトロ35CC

Dscn7818拙僧の出生はイルクーツクということにしているのだが実際は埼玉県の秩父である。しかし、かなり両親に恵まれなかったので自分の人生の始まりは上京してからだと思っているのだ。本当に小学生の頃から雀の涙ほどの小遣いを貯めては西武秩父線に乗って池袋に遊びに行くのが安らぎだった。池袋でも安らいでいた自分を慰めてあげたいよ。ロクデナシの親に生まれて人生のスタートにハンディがあるというのは70年代の地方では普通だった。次に生まれ変わるなら東京のそこそこ余裕のある中流家庭に生まれたいと心底思っている。その秩父のウィスキーが最近ではブランド化しているそうだ。そんなものは拙僧がようやく上京して前々前世から生まれ変わった時には存在しなかった。現在ではバナナマンの設楽さんが優秀な成績で卒業したと思われる秩父農工高等学校の食品科でもカリキュラムに蒸留アルコール生成の授業があるのだろうか。秩父の友人と「オンナノコが隣に座る飲食店」で好きな酒を聞かれたのでワインと応えたら1本5000円で源作ワインを空けようとするので慌てて「秩父は水が一番美味い」と制止したのも懐かしいが、ワインの方も頑張っているようだ。

Image37ブランドの評価は、その時々で著しく変わるものである。コシナがベッサLから始まるシリーズを展開するまでそこそこのカメラファンもフォクトレンダーなどというブランドは忘れていたのではないだろうか。韓国人がツマラナイ安コンパクトカメラに「ビテッサ」の名を冠していた形跡はあるが。

ヤシカブランドも振れ幅が大きいのではないだろうか。京セラのコンタックスが一世を風靡していた頃は貧乏人向けのサブブランドだったが今となっては電子シャッターのコンタックスボディなんてよっぽど気合を入れてOHしたものでなければ恐ろしくて使えない。それに比べたらヤシカFX-3シリーズの機械式シャッターの方が遥かに信頼できる。

それでヤシカFX-3シリーズの価格は割高で安定していたのだが最近はリーズナブルになってきたようだ。レンズが高騰して諦め感があるのかもしれないな。一方でフィルムカメラの再評価で本カメラのような小ぶりなヤシカエレクトロ35シリーズがネットオークションで動くようになった。ほんの少し前まではゴミみたいな値段でも全く動かなかったのだが。

それで無節操に捌いていたのだが気づくと手元に残っているのは僅かになっていた。拙僧の本カメラの個体は電池蓋が欠損しているからネットオークションでも値段はつかないし、電池も4LR44が使えるので運用も楽だから残そうと思っている。何しろ富岡光学とされる35mmF1.8というレンズは魅力的だ。拙僧はスナップでF8かF11に絞るからシャッター速度の最速が1/250なのは問題にならない。もっとも、EEのプログラムがちょっとスローに振ってあるのではという不満は無きにしも非ずであるが。

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2017年9月 9日 (土)

ミノルタ ハイマチックE

Img_0020今回のブログ発表も土曜日の今頃になってしまった。写真欲が衰えたわけではないのだが、最近は割と真面目にポートレイト撮影に熱心だったりして冗談みたいな撮影ができないのだ。もちろん、サバイバルゲームとか写真以外の熱心な趣味ができてしまったので投入できるパワーが限定的にはなっているのだが。そういうのはアクセス数に顕著に響くな。

Image21もっとも、本カメラは冗談用のカメラではない。ロッコールQF40mmF1.7は素晴らしいパフォーマンスを発揮する。拙僧が撮影したのが8月の盛りで、高温を承知で現像したので本来のパフォーマンスを発揮しているとは言い難いが、それでも素性のよさを垣間見えることができる。

それで条件の良い時の撮影まで待機できればいいのだが、金策で処分しなければならないのは悲しいな。

幸いなのは最近のフィルム価値の復興でそれなりの価格帯で手放すことができた。

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2016年10月22日 (土)

オリンパス XA(初代)

Dscn8510拙僧の曖昧な記憶ではJRがまだ国鉄だった頃に「乗客はバカだから国鉄側が客が何も考えなくても、それなりに困らないようにする」というようなことを言っていた気がする。かなり乱暴な言葉だが一理ある。もはや神聖化しかM谷氏の発想も似たようなところがある。M谷氏は自分の理想の主軸を、ある種勝手にユーザーはバカだから設計してやる、というところがあったと思う。拙僧が、そう確信したのは「OM707」のインタビューで「AF一眼レフを使うようなユーザーはバカだからMFは要らない」というような事を仰っていたのだ。実際、OM707が、どういうカメラだったかは拙僧のブログを読んでくださった方はご存知だろう。また、拙僧は八王子に住んでいたので、その筋の方からこぼれ話を聞いた。泣かされた社員も多かったらしい。

Image15それはそれで一理ある話だ。オリンパスの大失敗は神聖化した神のご判断によるところが少なくないのだが、今でも伝説を信じてオリンパスのフォロワーとなっている方は少なくない。オリンパスの企業としてのポジショニングの安定性とは無関係にだ。

それに、民主主義が必ず成功するとは限らない。傲慢な独裁者が時に国民を満足させることもある。拙僧にとってはXA(初代)はそういうカメラである。これだXA2になると民主主義の香りがする。

どちらが評価に値するのは自由主義の我々なら選択が可能である。

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2016年10月 5日 (水)

ヤシカ エレクトロ35FC

Dscn4200前回、一式単戦「隼」の話をさせて頂いた。旧日本帝国軍の戦闘機としては「零戦(ゼロ戦)」は知っていても他は知らないな、という方も「隼」はご存知だろう。その可能性は高い。量産二輪車としては今だ最強のスズキGSX1300Rも「隼」だしな。しかし、二式単戦「鐘馗」となると知名度はぐっと下がる。拙僧も松本零士氏の「戦場漫画シリーズ」を読んでいなければ知らなかっただろうしな。それを知っていたのが幸せなティーンエイジだったかどうかはともかく。

帝国陸軍はとかく帝国海軍に比べると評価は低い。確かに九七式中戦車でM4シャーマンと正面から闘えと言われたら泣きたくなる。ソロモン戦でボールかパブリック突撃艇で突っ込めと言われるようなものだ。しかし、帝国陸軍は少しは考えた。ひたすら隠していたがノモンハンでも結構ぎりぎりで凌いでいたのは認知していたのだ。ベニア板ででっち上げた主翼のI-16にも、まともに正面から突っ込まれると97式戦でもヤバかったのだ。なので一般的に格闘戦一直線だと思われている帝国陸軍もそれなりに考えた。艦上戦闘機だと何かと制限があるが、陸軍機は最悪不時着しても生き残れる可能性が高い。なのでキチキチの艦上機に比べて余裕のある陸軍機は燃料タンクやコクピットの防弾にも、ある程度対応できた。なので、拙僧が戦争するなら零戦より隼かな。

Image46それで陸軍が考えたのが軽戦闘機と重戦闘機の組合せだ。色々と紆余曲折があるのだが、ざっくりいうとそんな感じである。軽戦闘機が「隼」で重戦闘機が「鐘馗」である。なので「隼」が7.7mmと12.7mmの「機銃」を装備したのに対し「鐘馗」は20mmの「機関砲」を装備した。こういう使い分けは珍しいことではなく、米軍機だったらF-15とF-16、ソビエト機だったらMig-29とSu-27の組み合わせだ。それぞれ事情は違うのだが、大らかな目で見たらそんな感じである。

それでヤシカに強引に話を遷移するのだが、ヤシカエレクトロ35シリーズも初代の大柄なボディでは1970年代を乗り切るのは難しいとヤシカは思った。そこで1973年にヤシカエレクトロ35FCとヤシカエレクトロ35GLを同時に投入するのだ。前者がヤシノンDX40mmF2.8を搭載するのに対し、後者はヤシノンDX40mmF1.7を搭載した。その差は1段以上の明るさの違いがある。カメラ的にはボディを見たら大して違いがないだろうが、レンズとしたら軽戦闘機と重戦闘機の違いがあっただろう。そして、どちらともヤシカという国家を堅牢するには足りなかった。拙僧は北京でP-47サンダーボルトやP-61ブラックウィドウを見たことがあるのだが、戦前・戦中の我が国が、あんな化け物に敵うわけないっすよ。紫電改や5式戦が台所の鍋・窯を溶かして作っても無理っすよ。

一般的にはヤシカエレクトロ35GXあたりが評価が高いが、ヤシカとしては戦争継続はギリギリだったのであろう。コンタックスブランドを獲得しても、最早体力は底を尽きていた。

ただ、ヤシカの一眼レフは大抵の場合は使い物にならないが、ヤシカエレクトロ35シリーズは現在でも撮影可能状態のモノが多い。戦後に高品質の燃料を使ったら「隼」や「5式戦」が最新鋭の「スピットファイア」を凌駕したというのも溜飲が下がる。英国人のことだからスロットを絞って本性を出さなかった可能性もあるが、ここは夢を見たいな。

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