2017年10月28日 (土)

リコー リコーフレックスTLS401

Dscn6060「あれもしたい。これもしたい。もっとしたい。」と多感な青年(女性も含む)が渇望するのは当然である。しかし、それを実現するとなると相当な覚悟と気合とリスクを背負わなければならなかった。それがわかっているからこそ、ブルーハーツのヒロトの歌声は胸に響いたのである。

大抵の場合、人間は一つのことだけでもできたら大したもので、昭和だったらそれはサラリーマンを維持するということだった。それができなければ家庭を持つことなど到底不可能である。他にはせいぜい生活必需品を兼ねた四輪でドライブするとか、場合によっては絵や写真を趣味とするくらいだった。大の大人がアマチュアバンドを組んで小さな箱でライブをするとかシルクロードを単車でツーリングするとか、SF小説を書いたりマンガを描いたりして同人誌を発行するとか、そういうのは極めてまれで生活不適合者だと思われても不思議ではなかった。

Dscn6067ところが21世紀も17年も経つと「あれもこれも」なんでもできるようになってしまった。それを実現したのは言わずもがなテクノロジーであって概ね制御系とネットワーク(ネットワーキング)だ。拙僧などはインスタ映えなんていうのがどういうものなのか何となくは知っているが、何が楽しいのか全く分からない。そんな時間があれば単車を転がすとか他の事をする。しかし、スマートフォンとそのサプライヤーの組み合わせは西荻窪の焼き鳥屋の「ぼんじり」を撮影して画像を世界中に晒すことも出切れば、帰宅中の混雑した中央線の車内で自宅のクーラーのスイッチを入れることもできる。ヒートアイランドだのエコロジーだの節電などと言っても真夏の終電の中央線で関心を持ちたいのは冷えた自宅の部屋だけだ。

なんでもできる現在と違い、1970年代は2つの方向から被写体を見ることを可能にするのも難しかった。本カメラはウェストレベルファインダーとアイレベルファインダーを両立する稀な一眼レフカメラである。基本スペックはペンタックスSPに準ずるのだが異なる2つの事を実現したのだから大したものだろう。

もっとも、当時のテクノロジーでは限界があり大成功したとは言えなかった。しかし、これは半世紀近くも前に実現した2つの事なのである。今やバリアングル液晶ビュワーのデジカメが普通の世の中では、当時の方々の苦労はわかりづらいだろうな。それでも、本カメラを「時代のあだ花」だの「面白カメラ」扱いするのは拙僧は反対だ。両方のファインダーを器用に切り替える方は少なかっただろうが、ウェストレベルファインダーを貴重とするプロフェッショナルな方々にとっては代えがたいカメラだっただろう。

コンテンツもご覧下さい。

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2017年9月 2日 (土)

チノン CM-5

Dscn8779そんなにアクセス数を気にしているブログではないのだが、このところアクセス数が急落している。この3カ月間で2/3から1/2くらいになってしまった。週2の更新から週1の更新へと変更したときには、それほど大きく変化はなかったから、拙僧のブログかコンテンツの魅力が落ちたのだろう。あるいはYahooかGoogleの評価が落ちたのかもしれない。度重なる引っ越しでコンテンツの幽霊がさまよっている状態だから、検索エンジンの評価が落ちても仕方がないな。

Dscn8783そんな訳でチノンである。不思議とチノンのフォロワーの方々は多いようでチノンを取り上げるとアクセス数が上がるのだ。もっとも、一般的にはチノラーの趣味はコンパクトカメラにあり、あまり一眼レフカメラは興味がないかもしれない。実際、廉価なKマウントボディでしかないしな。

国内ではチノンはマイナーだが北米を中心に海外では知られた存在だ。もっとも、レビューとかシアーズとかアーガスなどのリングネームを使っている場合は多い。北米人は日本人よりカメラのブランドに対してドライだ。本カメラの登場した80年代には日本ブランドは一定の安定的な評価を受けている。北米では当時から通販が主流で、聞いたことがないブランドだが日本製のKマウントボディを抵抗なく買うというケースは少なくなかっただろう。

なので、本カメラをネット検索で調べた時には海外のサイトが多くヒットした。拙僧のいい加減な英語能力と断片的な日本人のコンテンツからまとめたものだが、コンテンツもご覧いただきたい。

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2017年8月 5日 (土)

KMZ ゼニット12XP

Dscn6613ゼニット12XPは1983年に登場したゼニット12の改良型であり、同年に登場している。主な改良点は指針式TTLが内蔵LEDにより適正露出を表示するようになった。これは上下二つの赤いLEDを使用するものである。上のLEDが点灯していればオーバー、下のLEDが点灯していればアンダーを意味し、両方のLEDライトが点滅すれば適正露出を意味する。露出計そのものがナーバスだし、一般的な3点LEDに比べるとだいぶ使いづらい。

ちなみにゼニット12SDとういうカメラも存在するのだが、Camera-wikiを読んでもゼニット12に何かしらの改修を行っているらしいのだが、よくわからない。ともかく、ゼニット12シリーズは1994年まで製造され10年近くのベストセラーとなった。

Dscn6614ゼニットはM39マウントで始まった。これは内径とネジピッチはライカLマウントと同じだがバックフォーカスが一眼レフカメラ用レンズなので大きく異なるもので、規格を作る際に「少しでも面倒なことはしたくない」というロシア人のダルさが聞こえてきそうである。主に流通しているものにゼニット3Mがある。

dscn6619ニコンFがニコンSPをベースにミラーボックスを組み込んだものだとすれば初代のゼニットやゼニットCはゾルキーにミラーボックスを組み込んだものである。これらはキュートなスタイリングで楽しいものだが、ソビエト連邦も見て楽しいカメラではなく売って楽しいカメラの製造に気にするようになった。

Dscn66221965年にゼニットEがプラクチカマウントで登場する。ちなみに西側で大ヒットとなったペンタックスSPはTTL式露出計で1964年の登場だ。これはM39時代のあか抜けないスタイリングから逸脱していないが、いくらかモダンになった。内容的にはシャッターダイヤルが非回転式になっている。ということはLマウントライカやその多くの仲間たちのようにM39マウントのゼニットはシャッターを切るとシャッターダイヤルが回転するものだった。これは大きな進歩だろう。しかし、それ以外は大した進歩はない。セレン式外部露出計だし手動絞りだしフィルムカウンターは手動リセットだしクイックリターンではなかった。後裔モデルでも手動リセットは変化せず、小さなミラーにより視野率は西側の感覚では信じられないほど狭かった。スローシャッターは概念がない。

1972年にゼニットEMが登場して、やっと自動絞りに対応するようになった。世代的にはニコマートELと同世代である。あまり西側の時間軸と照らし合わせても意味がないのだが。1977年になるとやっとゼニットTTLが登場する。1983年にゼニット12が登場する。これはゼニットTTLと基本的には同じもので指針式内蔵露出計カメラである。おそらく材質の廉価か工程の省略があったのだろう。同時期にLED式内蔵露出計の本カメラが登場しているのはよくわからないが上位機種という位置づけなのだろう。ペンタックスKMとペンタックスK2の違いのようなものか。

Dscn6629_3ゼニット12SDとゼニット12XPにはペンタ部を斜めに削ったスタイリングの変わったモデルが存在するが、あまり見かけることはない。ゼニット12SDの輸出版をゼニットゼニット12XPだとするコンテンツもあるのだ、ゼニット12SDは指針式露出計なので、それはないだろう。もっとも、当時の西側の人民に親しかったのはゼニット12SDの方だろう。双方にキリル文字のバージョンが存在する。

拙僧の個体は底部に明らかに後付けの蓋がしてあるが、ネットで見ると別の個体でも同様のようだ。ネットで調べたところでは指摘が無いのだが、これはフォトスナイパーの取り付け器具じゃないかと想像する。実際のフォトスナイパーに使われたのはゼニット122Sなのだが、どうせ中は同じようなものだろう。ゼニット12XPの2点LED式露出計が3点式露出計に進化したのがゼニット122だ。ゼニット122Sの底にはあからさまにレリーズボタンがあるので外観上は区別は容易だ。多分、生産分として本カメラがゼニット122Sより後なんじゃないかな。それにしても穴を埋めるくらいなら、穴のない底蓋を生産し続ければいいと思うのだが、共産主義的な合理化なのだろう。

Dscn6617ちなみに拙僧が手に入れた個体はメイヤーのオレストン50mmF1.8が付いたもので、もちろんレンズが目当てだった。価格は2000~3000円あたりで悩む余地はない。

それでオレストンは大当たりだったが、本カメラでもひとまず撮影はできた。

本カメラはそういうポジションのカメラだ。

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2017年7月29日 (土)

キヤノン EF50mmF1.8

Dscn5787半島がきな臭い雰囲気になっている。でも、結局何にも起こらないんじゃないかな。あのタロットとかいう大統領は口はでかいが意外とチキンな気がする。もちろん、商売は上手いのだろうが安全保障の外交、つまり軍事行動を含めた交渉術はよく分からないんじゃないかな。これがブッシュだったらとっくに核やミサイル施設を爆撃しているだろう。特に帰国した留学生が昏睡状態で死んでしまったことの世論の反応は決して少なくないと思うのだが。

Img_8756いずれにしても上陸作戦はないんじゃないかな。イラク戦争の時に第二次世界大戦型の伝統的なソビエト式パックフロントの説明を真面目にしていた軍事評論家が少なくなかったが、そんな時代ではない。北なんて通常兵力はゴミみたいなもので、そのままミュージアムになりそうなものだからステルス爆撃で指揮系統と破壊すれば事実上軍事行動はできないだろう。やる気になれば数ソーティの空爆で北の軍事脅威やインフラ施設は24時間以内に機能できなくすることは可能だろう。しかし、多分、そんなことにはならないんじゃないかな。

中国に多くの工場を持つファミリーで儲けているタロット大統領がきんぺーさん「xxは転がしておきましょうや。その気になれば瞬殺っすよ。その後の国境線のひき方は和気あいあいということで」なんて密約がかわされている気がする。

キタムラのフォトカルチャー会員になっても感材は安くなるが名古屋での撮影イベントは少なかった。ところが、最近ポートレイト撮影に熱心な講師の方が企画を立ち上げているのだ。それが結構面白いので毎回参加している。毎回と言っても2回目だけど。こういう企画は長く続けていただきたいものだ。ポートレイト撮影といってももっぱらプログラムAEで撮影している拙僧だが、講師の方が絞り開放の伝統的なポートレイト撮影を指導してくださるので試してみたよ。

しかし、EOSキスX4のファインダーでモデルさんの手前の眼にフォーカスがあっているか確認するのは難しいなあ。

コンテンツもご覧いただきたい。

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2017年4月 1日 (土)

オリンパス ペンFT + ペンFズイコー38mmF1.8 + ペンFズイコー100mmF3.5

Scn2067ついに水曜日の更新を飛ばしてしまったのですが、今回もコンテンツを作れませんでした。スミマセン。かなり真面目にポートレイト撮影に励んでいたり、カメラや単車の趣味以外にも幅を広げてしまったので、余裕がなくなってしまったんですよ。本来はブログが最優先なのですが。

「おめーみたいな暇人が寝言を言うな」と言われると、その通りなのですが。

Image31それで、最近、力を入れているのがポートレイト撮影です。今や世知がない世の中なので、市井のかたが映り込むスナップ撮影や、そろそろ監視の目が厳しくなり始めた祭り撮影に比べると、ポートレイト撮影は「ブログにのさせてください」と了解を取っているので安心なのですよ。そうなると、モデルさんの手前、チノンやハニメクスのいい加減なコンパクトカメラは使えないのですが。

Image56ちょっと前に「したり顔のご老公がギャーギャー喚いた割には感材の生存は楽観的だった。という話をしていたのですが、それでも3本セットのライカ判アクロス2個と5本セットの120判アクロスを買うと、キタムラ会員値段でも5000円くらいしますから、財布の口を開くのに指が震えます。そもそも、フィルムやプリントの値段が今のデジの世の中で忘れているけど安くはなかったと念じても、実際のところ財布は軽くなる一方なのは事実です。拙僧はそれでも自家現像で何とかやりくりしていますが、カラーや特にポジの方々の気合は計り知れないですなあ。

Image75それで、ハーフ判のペンF/FTを動員したんですよね。ペンFTは以前、夏の水着モデル撮影で動員して巻き戻しクランクを引っ張り上げたらすっぽりと抜けるというトラブルが発生して、実戦には不参加でしたが。拙僧はモデル撮影や祭り撮影のようなクリティカルな撮影にはデジも含めて4台以上のカメラを動員するのですが、大抵の場合1~2台は壊れるんですよね。騒ぎ立てるほどではありません。そのペンFTは信頼できないと判断し、名古屋の北村中古買取センターでペンF(初代)を確保したのですが、ペンFTも直った(と思い込みたいな)ので、今回も動員しました。いまだに勢いよく引っ張るとクランクは抜けるのですが、手加減すれば大丈夫なようです。多分。

Image140巻き上げクランクは丁寧に引き上げればいいとして、問題はシャッターや自動絞りがちゃんと動くかです。もちろん、遮光もですな。それで出来上がったネガを見たら、アンダー大行進なので、思わずペンFTをジャンク好きの友人に送りそうになりました。しかし、よく思い出してみると、運用中に知らない間にシャッターダイヤルが動いていて、1/125で撮影しているつもりが1/500だった記憶があるんですよね。

こういうことは節操は頻繁でレンズの絞りが気づくとF22の時もあります。頼むから、クリックを強くしてくれよ・・・。

Image168それで、ネガがパーかというと、そこは21世紀ですからPCで読み込むと大抵の場合は見れるようになるんですよね。全く、神の幸いです。露出が適切なコマはポートレイト撮影としても十分に満足なもので、拙僧は懲りずに次回の撮影もペンFTとペンFズイコー38mmとペンFズイコー100mmF3.5で挑むつもりです。

Image196それで、フィルム代をケチれるのは結構な話なのですが、スキャニングでライカ判フルサイズなら自動で読み込めるんだけそ、ハーフ判だと1コマずつズーミングして枠を囲まなければならないので、36毎撮りのフィルムで72コマ以上のカットを選択るのは大変ですな。

いや、これは贅沢な悩みだろうな。

それで、コンテンツを綴る時間が減っちゃうんですよ。

どうか見捨てないでいただきたい。

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2017年3月22日 (水)

ヤシカ コンタックスRTS

Dscn2421先日、何気に朝のTVニュースを観ていた。多分、名古屋のローカル番組の全国ニュース枠だ。TVニュースといっても、扱っていたのは芸能ニュースだ。内容は興味が無いので覚えていない。ちょっと不思議に思ったのは芸能リポーターのバストショットの脇あたりに「*イメージです」というテロップがひっついていたのだ。最初は意味が分からなかったのだが、要するに芸能リポーターの説明・解釈は「イメージ」で現実であるかどうかは、そのニュース番組は責任を負いませんよ、ということだろう。

いわゆる、コンプライアンス対策なのだろうが、芸能リポーターの言うことなんて、勝手なことを言っているという認識が常識的だと思うのだが、イチイチ、注釈を入れないとTVの言っていることが本当だと盲信してしまう方がいらっしゃるのだろうな。これの対象は政治家さんでも、脳心理学者さんでも、宗教的カリスマさんでも、同様なのだろう。

「土門拳の写真は、本来、静物であるはずの仏像が迫ってくるような迫力である。(*イメージです)」

1972年にカールツアイス財団の参加であるカメラ製造を主に行っていた「ツアイス・イコン社」が民生カメラの生産を終了した。後に、コシナがMマウントの距離計連動「ツアイス・イコン」を出すのでややこしいのだが、「ツアイス・イコン社」はレンズ交換式距離計連動機ばかり作っていたのではないので、大した意味は無く、あくまでもイメージである。

「コンタックス」というのも、そもそもは戦前に発売したレンズ交換式距離計連動機のモデル名、もしくはブランドであった。「ライカに対抗した」と日本のカメラライターがちょいちょい描くのだが、巨人カールツアイスが田舎の中小企業であるライツなんてまともに相手をするつもりは無かっただろうな。ただ、レンズ交換式距離計連動機というのはニーズが顕著だし、ライカが売れているのも確かだから左手の人差し指あたりで潰してやるつもりはあったかもしれない。

レンズ交換式距離計連動機を最初に作ったのはライツではない。世界中(と言ってもヨーロッパか北米、ソ連くらいだろうけど)でカメラを開発している会社や個人は沢山あって、どこの誰がレンズ交換式距離計連動機を最初に作ったのかは正確には分からないんじゃないだろうか。ただ、ライツが素晴らしかったのはカメラの開発だけではなく、35mmシネフィルムの2コマ分で撮影したネガを現像し、引き延ばし、員がするシステムを全て整えたことだ。他にも接写装置とか色々なアクセサリーを充実させて、多様なニーズに対応した。これは確かに大したことである。オリンパスのOMシリーズを出したときに他社のエンジニアだかアドミニストレーターだか忘れたが、「カメラやレンズはともかく、これだけのシステムを一気に発売を開始したのは凄い」と言って、例の伝説のカリスマエンジニアさんは顔を曇らせたらしいな。

ライツに比べてカールツアイスが悲惨だったのは戦争に負けてドイツと同様、東西に分裂してしまった事だ。これはレンズを供給したショット社も同様である。致命的なことに重要な開発施設も製造施設も人員も殆どが東側に組み込まれてしまい、ごっそりとソビエトに奪われてしまった。そこでコンタックスをウクライナで生産したのがキエフであるのはご存知の通りだ。もっとも、正確に言うとソビエト人民のクオリティで作った「コンタックス」のようなものである。実際にはソビエトが大喜びしたのは軍事的な光学機器や開発ノウハウ、それに人員だっただろう。その後、人員は東ドイツに戻されたが東ドイツ人民政府の下で統制されて、しかも「東側の怠け者」によって製造した工業製品は他の東側諸国に比べればクオリティはマシだが、かつての栄光を取り戻すことはできなかった。

これは西側も同様で、戦後に西側に復興したツアイス・イコンも苦しい戦いを強いられる。ライバルはライツではない。日本製カメラ・レンズだ。ライツも日本のメーカーに駆逐されかけたがギリギリ凌いだ。実際に「ライツ」から「ライカ」になったしな。いかにドイツ人が日本人が嫌いで劣等民族だと信じていても、1970年代には一部の特殊なブツを除き世界のカメラ・レンズ市場の殆どを占領してしまった。ツアイス・イコンもドイツ国内で提携先を探して巻き返しを図った形跡があるのだが、最早、日本に対抗できるような高いクオリティの量産品を開発できる企業は無かった。渋々、日本のメーカーにコンタクトをとる。それでも、「コンタックス?今更、そんなブランド要らないっすよ」という程、日本のメーカーは実力を手に入れていた。

「ツアイス・イコン」は潰れたが、カールツアイスのレンズ生産能力は健全だったからボディを作ってもらうメーカーが必要だ。そんな体力のある会社はドイツ国内には無かったからヤシカに白羽の矢が立った。個人的には日本人にボディを作らせるくらいなら「ツアイス・イコンなんて潰してしまえ」とドイツ人は思ったんじゃないかな。

ヤシカも台所事情というが苦しかったというか、ブランディングや利益モデルのシーケンスが健全とは言えなかったから、あの「カールツアイス」のレンズの供給が受けられるとなれば、戦況を挽回できると思ったのだろう。ボディの設計に「ツアイス・イコン」の技術が引き継がれたとは思えない。そんなことになったら、とても売れて儲かるカメラにはならなかっただろう。その結果、1975年に生まれたのが「コンタックスRTS」という一眼レフカメラだ。無論、戦前のレンズ交換式距離計連動機の「コンタックス」から継承するモノは全く無い。「*イメージです」ということだ。

それで、ヤシカの起死回生の一撃となったかは評価が分かれるところだ。

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2017年2月22日 (水)

ミノルタ MDロッコール24~50mmF4

Dscn4678この14~15年間、週に2回のペースで更新してきた本ブログなのですが、最近、ちょっと厳しくなってきたんですよ。あれこれ貧乏人の大忙しでツマラナイことにエネルギーを割いているからだとも思ったんですが、拙僧もイイ歳なのでバイタリティー的に更新がきつくなってきた気がするんですよね。今回はギリギリ、水曜日に間に合ったんですが、今後は不定期に週に1回のペースになると思います。

拙僧の稚拙なブログを定期的にチェックなさっている方が少なくないのは存じているので、申し訳ないです。

Image176個人的に24mmから始まるズームレンズに注目しているのだ。スナップは寄りが命というモチベーションもあるのだが、それならば単焦点が適切である。実際にスナップショットスコパー25mmF4のパフォーマンスは素晴らしい。そうでは無くて、この「しょーぞーけん」とやらで面倒くせえ世の中で、目立つ一眼レフカメラにズームレンズをつけて、目測スナップで近接撮影に意義があると思うのだ。全くの妄想なのだが。

とにかく、身を削って撮影したのでコンテンツもご覧いただきたい。

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2017年2月 4日 (土)

オート WOCO 200mmF3.5(プラクチカマウント)

Dscn6127拙僧は国際結婚だが、妻は東アジア人だし、ほぼネイティブな日本語を話す。言わなければ「ちょっとどこかのなまりのある地方の方かな」と思われて外国人だとは気づかれないな。しかし、青春期までを竹のカーテンの向こうで過ごしたから、西側のブランドやムーブメントに疎いところがある。先日、リーガルで足のサイズや両足にかかる体重の圧力の差を測ったりしていたのだが、「リーガルというブランドは昔からあるんですか?」と聞いて、訓練を受けた店員の表情を一瞬停止させたな。それで、拙僧は「実は妻はxxx国生まれなんで、ブランドに疎いんですよ」とフォローしてしまうのだ。そこは訓練を受けた店員だから親切にリーガルブランドを説明してくれたのだが、そんなに昔でない時期に資本が完全に日本に移ったのは拙僧も知らなかった。

Image11それで、「オートWOCO200mmF3.5」である。200mmなんていう焦点距離は、今や最もジャンク籠で転がっていても興味の湧かない焦点距離ではないだろうか。ゴミみたいな値段で転がっているから、ミラーレス一眼のアダプターファンが買ってはみたものの、マイクロフォーサーズならライカ判換算で400mm相当になってしまって、しかもフォーカシングは凄く大変だから無限遠で近くの公園の背景の山などを写して、やせ我慢で蘊蓄を垂れるようなレンズだ。

それが聞いたこともないブランドだったら、まず手に取らないだろう。興味本位で手に取るかもしれないけど買おうとは思わず、気まぐれで買ったとしても真面目に撮影しようとは思わないのではないだろうか。

それを、肝心なポートレイト撮影で真面目に使ってみたのだ。無論、テスト撮影なんてしないっすよ。その気になればマウントアダプターを出してミラーレス一眼につけることもできるけど、面倒だし。

こういうのも拙僧の死に対する欲求、つまりタナトスなのかなと思うのだが、ちょくちょく抑えられ無くなるんだなあ。

この種のレンズを買おうとは思わないけど、撮影したらどんな感じか興味がある方はいらっしゃると思う。

コンテンツもご覧いただきたい。

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2017年1月21日 (土)

スーパータクマー55mmF1.8

Dscn4843もう、20年近く前から「ライカ判のモノクロフィルムで女子ポートレイト撮影ならSMCタクマー55mmF1.8が最高」と方々で言っていた。実際には当時は拙僧の師団も実態は大隊程度のモノで、編成もブロニカS2を主軸とし、ニッコールやコシナとタクマーを数本。それにソビエトレンズのユピチェリ(ジュピター)9と旧マミヤ6くらいだった。

でも、本来はそんな装備で十分な気がするな。

そんな中でも、SMCタクマー55mmF1.8と比較したかったのがEBCフジノン55mmF1.8だった。

Image36そんなことを思いながらもレンズを手に入れてからも実現には至らなかった。それが実現できた話は既に報告させて頂いている。実際に動員したのはスーパータクマー55mmF1.8だし、EBCのつかないフジノン55mmF1.8なのだが、拙僧はSMCタクマーとスーパータクマーを使い分けていない。

今回は友人から頂いた期限が切れて15年は経過したゲッコーFM2で焼いている。期限キレが全く影響がないかと言うと、そんなことは無いだろうが、鑑賞に十分なプリントを得られた。ただ、普段はもっぱら2号の印画紙を使っているので、拙僧の惚れていてるタクマーのなだらかで繊細な諧調が上手く表現できたといいきれないな。これは期限キレの印画紙のせいではなく、拙僧の未熟とやっつけ仕事という姿勢が影響しているのだろう。

いずれにしろ、レンズを語るには印画紙に焼いてみないと分からないなと痛感した。

既にスーパータクマー55mmF1.8は紹介しているのだが、改めてコンテンツに印画紙に焼いたプリントをスキャナーで読み込んだ画像を添付したページを追加したので、コンテンツもご覧いただきたい。

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2017年1月 4日 (水)

プラナー50mmF1.4とディスタゴン(ヤシコンマウント)

Dscn6234あけましておめでとうございます。

稚拙なブログではございますが、今年もよろしくお願いします。

のっけから去年の話で申し訳ないのですが、やっぱり景気の良い話が一発目はイイかなということで、このネタです。

去年、大晦日に最後の大出血、「ディスタゴン28mmF2.8」を確保。これで胸を張って「28mm?モノクロフィルムなら、リコーGR10が最高だね」と胸を張って言えるな。

Dscn6254最初は「バリオゾナー28~70mmF3.5~4,5」を買おうとしたのだが、結局「プラナー50mmF1.4」を買ったのよ。そろそろ、フィルム趣味も先行きは暗いし、頃合いかと思ったのだ。それを横須賀与太郎殿に話したら。「プラナー50mmF1.4?バリオゾナー?そんなモノはxxだよ。ディスタゴン35mmF2.8の方が遥かに幸せになるよ」と助言を頂いたのだが。

しかし、プラナー50mmF1.4とテッサー45mmF2.8があるので焦点距離のステップを離そうと思ってディスタゴン28mmF2.8にした。それにディスタゴン35mmF2.8は、ちょっと高いのよ。

Dscn6060でも、よく考えるとGマウントのビオゴン28mmF2.8はあるけどビオゴン35mmF2.8は無いから、ディスタゴン35mmF2.8の方が良かったかなあ。

ちなみに、プラナー50mmF1.4を買った時に思ったのは「これで”モノクロフィルムでポートレイト撮影ならタクマー55mmF1.8かフジノン55mmF1.8が最高だね”と、胸を張って言えるな」でした。

なんだか景気がイイですが、何しろ去年の10月末頃からの大粛清で200個くらいのカメラ・レンズを処分しているんですよね。一つ一つは大した金額じゃないのだが、これだけの数だと、気づくとまとまった金額が通帳に記帳されていたのよ。

1/15にポートレイト撮影会があるので、さっそく動員の予定。

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