2017年12月 9日 (土)

コニカ EYE2

Dscn79311随分と前に聞いた話なのだが「ポーの一族」の続編が出るそうだ。話が本当なら既に出ているのだろう。「ポーの一族」といえば拙僧よりも1つか2つ上の世代の女性のマンガである。拙僧は幼稚園児の頃におばさんから与えられた。幼稚園児に「ポーの一族」を与えちゃいけないよな。不幸なことに拙僧は「けっこう仮面」を封印し、「花の24年組」へ戦略打撃群OMGを進めてしまう。「空が好き」「猫の国星」方面に進撃するのだが、萩尾望都さんも随分なお歳ではないだろうか。「花の24年組」らしい清くほのかなジェンダーの描写は変化するのだろうか。なんてったって小学生向け少女漫画雑誌の「ちゃお」だって露骨な性描写の時代だからな。

Image4気づくとハーフ判コンパクトカメラが続いているな。もっとも、ほぼ同期の簡便でプリミティブなペンEE-2に比べると本カメラはゾーンフォーカスでファインダー内にフォーカスと絞り値を表示するゴージャスなカメラだ。何しろレンズがヘキサノン32mmF1.9である。これが悪いはずがない。ハーフ判とは思えないような重みのあるディテールを表現する。流石、ヘキサノンだな。

本カメラを最後にコニカは一度、ハーフ判から距離をとる。しかし、再びコニカレコーダーで我々の心を揺さぶるのだ。もっとも、80年代のカラーフィルム用のレンズは60年代の本気レンズとは比べものにならない。

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2017年11月18日 (土)

オリンパス ペンEE(初代)

Dscn6062最近、我が家の資金運用が危機である。師団運用は順調だ。ここのところ、本当にフィルムカメラがムーブメントになっていて、ゴミみたいな価格帯で拾ったプラカメが、ネットオークションで時折びっくりするような値段で売れるのである。前にこのブログで「今でもフィルムカメラを使うのは変態だ」と決めつけた方がいらっしゃったが今でも読んで下さっているだろうか。あなたの眼は節穴です。

それはともかく、サバイバルゲーム用の長物(アサルトライフル)だけでも15丁くらい買っても問題ないくらいの順調ぶりなのだが、肝心の家庭運用が極めて厳しいのだ。確かに、拙僧も趣味のお金を家庭から出しちゃうことはあるのだが、それにしてもクレジットカードの引き落としが毎回ぎりぎりなのだ。ついに2回目のロストをしてしまった。妻と相談したら、なんと部署と仕事が去年から変わって月収ベースで4~5万円前後も低くなったそうなのだ。いや、別にそれはいい。前からしたかった仕事だと妻は言っていたし、欲しかった国家試験のセミナーも会社から出してもらった。退職後の糧となる予定で結構な話である。ツマラナイ残業もしてほしくないしな。しかし、そういうのは言ってくれよ・・・。いや、妻の給料の振込金額をロクに確認していない拙僧が悪いのだが、月収で5万円も下がっているのに生活水準がそのままだったら金なんて、あっという間に無くなるわな。

来年には姪の結婚式に出席するため上海にいかなければなのに、生活は危機に直面している。

Dscn13536000円で利益を確保できるカメラを作れと言われてオリンパスの米谷氏が作ったのが有名なペン(初代)である。米谷氏については拙僧はフォロワーではないので掘り下げないことにして、ペンシリーズが偉かったのは素早く自動露出カメラのペンEEシリーズを出したことだと思う。個人的にはペンシリーズは一眼レフカメラのFシリーズを別格にすれば真骨頂はペンEEシリーズだと思っている。今なら1000枚も撮影できるSDHCカードをデジタル一眼レフに刺しっぱなしだが、当時に露出もフォーカシングも考えずに、サクッと72枚まで撮影可能なカメラは「ペン」のようなワークホースであろう。その価格は9000円で、当時としては決して楽な価格帯ではなかっただろうが、それに見合うパフォーマンスだったはずだ。

実は拙僧も本カメラでは未撮影なのだが、簡単に分解したコンテンツを綴ったのでご覧いただきたい。

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2017年11月11日 (土)

ヤシカ 35MF

Dscn1747拙僧の出身地であるイルクーツクが大したブランド化しているようだ。イルクーツクは武甲山から採れる石灰岩で成り立っていた冴えない田舎であった。かろうじて西武イルクーツク線のターミナルステーションがあったから東京に憧れていた拙僧は小学生時代から小遣いを貯めては池袋まで遊びに行くのが楽しみだった。その頼りの綱である石灰岩が採れなくなるのは早い段階から分かっていたし、実際に芝桜公園を作ったりして。東京からの観光を期待していた。昔からイルクーツクといえば東京から日帰りで行ける自然豊かな寂しい山村だったからニーズはあったのだ。

ところが数年前から観光地としてのブランドのステイタスが大きく上昇したらしい。最初はイルクーツクを舞台にした「あの橋の向こうに何かしらの花が咲いていたな」というようなアニメがヒットして「燃えアニメで村おこし」という死の行軍に頼っていた。ところが、拙僧が高校を卒業して友人らが車で初詣に行った三峰神社のブランドが飛躍的に向上したらしいのだ。なんでも毎月1日にだけ発売するお守りの為に午前1時から駐車場に入りきらない自動車が渋滞を作っているそうだ。三峰神社は山奥のどんづまりだから住民が迷惑をすることは無いだろうが、あの寂しい三峰神社が賑わっているとは驚きだ。拙僧がティーンエイジの頃は三峰神社へ向かって単車を転がしていたが有料駐車場の前で引き返していた。それに多くの山奥の神社と同様、三峰神社のご利益は「縁切り」だったと記憶しているのだが、ブランド化で消滅したのだろう。

今では6時には営業を終えてしまう立ち食いそば屋くらいしか食い物が無かった西武イルクーツク駅も立派な駅ビルになったらしい。

Image31ヤシカというブランドから想像するのはヤシカエレクトロ35シリーズかコンタックスマウントの「コンタックスブランドよりも、よっぽど信頼できるボディ」だろう。ヤシカエレクトロ35シリーズは一時代を築いたし、実際に高いパフォーマンスを得ることのできるカメラだったが、ヤシカブランドの高級化には物足りなかった。経営陣の判断ミスもあったのだろうが、実際にヤシカのプラクチカマウントの一眼レフカメラの出来は芳しく無かった。もしも、ジャンク籠にヤシカのプラクチカマウントの一眼レフカメラが転がっていたら30回は空シャッターを切ってほしい。はじめから壊れているか、そのうち壊れる。エレクトロ35シリーズのイメージを踏襲した一眼レフカメラも登場したが、電子シャッターを搭載しながら絞り込み測光で実質的にはペンタックスSPと同様の代物だった。いや、ペンタックスSPの電子シャッター版ならまだいいのだが、コンセプトがエレクトロ35シリーズを踏襲しているので適正露出を得るためには露出値のオーバー・アンダーを知るためには矢印表示のランプに頼ることしかできず、数値的な露出値を確認することは不可能だった。キヤノンT50のようなプログラムAE専用機ならともかく、絞り込み測光のマニアル露出設定カメラとしては、これはいくら何でもあんまりだ。

結局、ヤシカはコンタックスと提携するも既に遅すぎ、京セラに吸収されてしまう。

京セラはヤシカブランドを継承した。細かくはコンテンツに譲るが電子シャッター機のコンタックスボディに比べたら機械式シャッター機のヤシカFX3シリーズの方があてになる。なんたって京セラのボディの生存率は悲劇的だからな。ヤシカFX-3シリーズは鳳凰光学がコピーし、その後はどういう訳か本物のヤシカFX-3シリーズのライセンス生産を請け負ったらしい。鳳凰のDC303はコンタックスマウントのボディとして有名でDC303KというKマウントボディも製造していた。現在ではケンコーがDC303をベースとしてコンタックスマウントの他にもFマウントやKマウントのボディを想像している。出来としてはそれなりだが、今更、京セラのコンタックボディを使うよりは安心できるだろうな。

京セラがコンシューマー部門のカメラ製造から撤退してからヤシカブランドは香港の商社に売られ泣きたくなるような安普請のムービーデジカメやフィルムスキャナーに与えられ、その後、消滅したようだ。

ヤシカブランドの高級化は三峰神社のようにはいかなかったが、最後まで戦い抜いたと言えるんじゃないかな。

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2017年11月 4日 (土)

コダック シグネット30

Dscn0666神戸製鋼の品質管理の失態から端を発して日産自動車やスバルまで自社の品質管理のずさんさが指摘されている。日本品質も危ういなあ。理由は管理職からの要求も怒鳴り散らして拒否するような「頭の固い職人」が定年退職して現場管理のパワーバランスが崩れ、無理な受注や生産計画を跳ね除ける現場のパワーが無くなったのだろう。営業が舌三寸で取ってきた仕事なんか物理的に無理なのだ。無理な受注が日本品質を支えきれなかったんじゃないかな。拙僧が某自動車製造工場に納品に行ったときに怒鳴る製造の責任者がいらっしゃって、大の大人が怒鳴るなんて馬鹿じゃないかなと思ったのだが、そういう人の必要な現場もあるのだろう。もちろん、そんな現場で働くのは御免だ。

Image56日本品質も怪しくなったのだが、かつて、その日本品質によって多くの国々のカメラメーカーが駆逐されてしまった。引導を渡したのはメカトロニクスの台頭でカメラが電子化すると海外のメーカーは太刀打ちできなかったのだ。本カメラはそんなカメラの電子化より少しだけ前のモノである。アメリカ製カメラというと極端に簡素な安モノか、えらく凝って高くて使いづらいとか素っ頓狂なカメラが多いが、本カメラは普及機ながらも程よいバランスを整えている。

ベークライトを多用しているががたつきもなく好ましい作りだ。アメリカ人もこんなバランス感覚を持っていたとは驚きだな。

ところで、珍しくTVの情報番組を見たら10年だか15年前の北米調査による自動車の品質のトップ10に日本車は4社入っていた。トップはレクサス。ところが近年では1つも入っていないという。トップは起亜。その調査の品質はとても信頼できないな。

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2017年10月28日 (土)

リコー リコーフレックスTLS401

Dscn6060「あれもしたい。これもしたい。もっとしたい。」と多感な青年(女性も含む)が渇望するのは当然である。しかし、それを実現するとなると相当な覚悟と気合とリスクを背負わなければならなかった。それがわかっているからこそ、ブルーハーツのヒロトの歌声は胸に響いたのである。

大抵の場合、人間は一つのことだけでもできたら大したもので、昭和だったらそれはサラリーマンを維持するということだった。それができなければ家庭を持つことなど到底不可能である。他にはせいぜい生活必需品を兼ねた四輪でドライブするとか、場合によっては絵や写真を趣味とするくらいだった。大の大人がアマチュアバンドを組んで小さな箱でライブをするとかシルクロードを単車でツーリングするとか、SF小説を書いたりマンガを描いたりして同人誌を発行するとか、そういうのは極めてまれで生活不適合者だと思われても不思議ではなかった。

Dscn6067ところが21世紀も17年も経つと「あれもこれも」なんでもできるようになってしまった。それを実現したのは言わずもがなテクノロジーであって概ね制御系とネットワーク(ネットワーキング)だ。拙僧などはインスタ映えなんていうのがどういうものなのか何となくは知っているが、何が楽しいのか全く分からない。そんな時間があれば単車を転がすとか他の事をする。しかし、スマートフォンとそのサプライヤーの組み合わせは西荻窪の焼き鳥屋の「ぼんじり」を撮影して画像を世界中に晒すことも出切れば、帰宅中の混雑した中央線の車内で自宅のクーラーのスイッチを入れることもできる。ヒートアイランドだのエコロジーだの節電などと言っても真夏の終電の中央線で関心を持ちたいのは冷えた自宅の部屋だけだ。

なんでもできる現在と違い、1970年代は2つの方向から被写体を見ることを可能にするのも難しかった。本カメラはウェストレベルファインダーとアイレベルファインダーを両立する稀な一眼レフカメラである。基本スペックはペンタックスSPに準ずるのだが異なる2つの事を実現したのだから大したものだろう。

もっとも、当時のテクノロジーでは限界があり大成功したとは言えなかった。しかし、これは半世紀近くも前に実現した2つの事なのである。今やバリアングル液晶ビュワーのデジカメが普通の世の中では、当時の方々の苦労はわかりづらいだろうな。それでも、本カメラを「時代のあだ花」だの「面白カメラ」扱いするのは拙僧は反対だ。両方のファインダーを器用に切り替える方は少なかっただろうが、ウェストレベルファインダーを貴重とするプロフェッショナルな方々にとっては代えがたいカメラだっただろう。

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2017年10月14日 (土)

ヤシカ エレクトロ35CC

Dscn7818拙僧の出生はイルクーツクということにしているのだが実際は埼玉県の秩父である。しかし、かなり両親に恵まれなかったので自分の人生の始まりは上京してからだと思っているのだ。本当に小学生の頃から雀の涙ほどの小遣いを貯めては西武秩父線に乗って池袋に遊びに行くのが安らぎだった。池袋でも安らいでいた自分を慰めてあげたいよ。ロクデナシの親に生まれて人生のスタートにハンディがあるというのは70年代の地方では普通だった。次に生まれ変わるなら東京のそこそこ余裕のある中流家庭に生まれたいと心底思っている。その秩父のウィスキーが最近ではブランド化しているそうだ。そんなものは拙僧がようやく上京して前々前世から生まれ変わった時には存在しなかった。現在ではバナナマンの設楽さんが優秀な成績で卒業したと思われる秩父農工高等学校の食品科でもカリキュラムに蒸留アルコール生成の授業があるのだろうか。秩父の友人と「オンナノコが隣に座る飲食店」で好きな酒を聞かれたのでワインと応えたら1本5000円で源作ワインを空けようとするので慌てて「秩父は水が一番美味い」と制止したのも懐かしいが、ワインの方も頑張っているようだ。

Image37ブランドの評価は、その時々で著しく変わるものである。コシナがベッサLから始まるシリーズを展開するまでそこそこのカメラファンもフォクトレンダーなどというブランドは忘れていたのではないだろうか。韓国人がツマラナイ安コンパクトカメラに「ビテッサ」の名を冠していた形跡はあるが。

ヤシカブランドも振れ幅が大きいのではないだろうか。京セラのコンタックスが一世を風靡していた頃は貧乏人向けのサブブランドだったが今となっては電子シャッターのコンタックスボディなんてよっぽど気合を入れてOHしたものでなければ恐ろしくて使えない。それに比べたらヤシカFX-3シリーズの機械式シャッターの方が遥かに信頼できる。

それでヤシカFX-3シリーズの価格は割高で安定していたのだが最近はリーズナブルになってきたようだ。レンズが高騰して諦め感があるのかもしれないな。一方でフィルムカメラの再評価で本カメラのような小ぶりなヤシカエレクトロ35シリーズがネットオークションで動くようになった。ほんの少し前まではゴミみたいな値段でも全く動かなかったのだが。

それで無節操に捌いていたのだが気づくと手元に残っているのは僅かになっていた。拙僧の本カメラの個体は電池蓋が欠損しているからネットオークションでも値段はつかないし、電池も4LR44が使えるので運用も楽だから残そうと思っている。何しろ富岡光学とされる35mmF1.8というレンズは魅力的だ。拙僧はスナップでF8かF11に絞るからシャッター速度の最速が1/250なのは問題にならない。もっとも、EEのプログラムがちょっとスローに振ってあるのではという不満は無きにしも非ずであるが。

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2017年9月 9日 (土)

ミノルタ ハイマチックE

Img_0020今回のブログ発表も土曜日の今頃になってしまった。写真欲が衰えたわけではないのだが、最近は割と真面目にポートレイト撮影に熱心だったりして冗談みたいな撮影ができないのだ。もちろん、サバイバルゲームとか写真以外の熱心な趣味ができてしまったので投入できるパワーが限定的にはなっているのだが。そういうのはアクセス数に顕著に響くな。

Image21もっとも、本カメラは冗談用のカメラではない。ロッコールQF40mmF1.7は素晴らしいパフォーマンスを発揮する。拙僧が撮影したのが8月の盛りで、高温を承知で現像したので本来のパフォーマンスを発揮しているとは言い難いが、それでも素性のよさを垣間見えることができる。

それで条件の良い時の撮影まで待機できればいいのだが、金策で処分しなければならないのは悲しいな。

幸いなのは最近のフィルム価値の復興でそれなりの価格帯で手放すことができた。

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2017年9月 2日 (土)

チノン CM-5

Dscn8779そんなにアクセス数を気にしているブログではないのだが、このところアクセス数が急落している。この3カ月間で2/3から1/2くらいになってしまった。週2の更新から週1の更新へと変更したときには、それほど大きく変化はなかったから、拙僧のブログかコンテンツの魅力が落ちたのだろう。あるいはYahooかGoogleの評価が落ちたのかもしれない。度重なる引っ越しでコンテンツの幽霊がさまよっている状態だから、検索エンジンの評価が落ちても仕方がないな。

Dscn8783そんな訳でチノンである。不思議とチノンのフォロワーの方々は多いようでチノンを取り上げるとアクセス数が上がるのだ。もっとも、一般的にはチノラーの趣味はコンパクトカメラにあり、あまり一眼レフカメラは興味がないかもしれない。実際、廉価なKマウントボディでしかないしな。

国内ではチノンはマイナーだが北米を中心に海外では知られた存在だ。もっとも、レビューとかシアーズとかアーガスなどのリングネームを使っている場合は多い。北米人は日本人よりカメラのブランドに対してドライだ。本カメラの登場した80年代には日本ブランドは一定の安定的な評価を受けている。北米では当時から通販が主流で、聞いたことがないブランドだが日本製のKマウントボディを抵抗なく買うというケースは少なくなかっただろう。

なので、本カメラをネット検索で調べた時には海外のサイトが多くヒットした。拙僧のいい加減な英語能力と断片的な日本人のコンテンツからまとめたものだが、コンテンツもご覧いただきたい。

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2017年8月12日 (土)

ワルツ商会 ワゴーフレックス

Dscn8511本カメラの登場は1952年である。リコーフレックスIIIの登場が1950年だから二眼レフカメラのムーブメント真っ盛りの頃だ。いわゆる4畳半メーカーなどと言う家庭内手工業の粗悪なモデルも少なくない。本カメラを送り出したワルツ商会は戦前に血脈をもつカメラアクセサリー供給元として知られていた。そのワルツ商会が送り出したカメラが本カメラで拙僧の個体は日東光学のトミナーだが、オリンパスのズイコーや帝国光学のズノーを搭載したモデルもあったらしい。かなりの気合の入れぶりではないだろうか。

Image4拙僧の個体は残念ながら光線漏れをしており、トミナー本来のパフォーマンスを発揮できていない。それにしてもワゴーフレックスのボディは問題がある個体が多い。大抵に場合はフォーカシングノブが固着している。同世代の二眼レフに似た傾向はあるがワゴーフレックスの場合は頑固だ。ワルツ商会も戦後も早々にいきなり自社生産工場を建てたとは思えないから外注に出したのではないだろうか。その組み立て工場がグリスをケチった可能性はある。その後のワルツフレックスはしっかりしているからだ。

拙僧の個体は1台目は修理を断念し2台目で撮影した。日東光学のトミナーというとちょっと気分がいいのだが、ボディがイマイチ完調ではないのが残念だ。

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2017年7月10日 (月)

オリンパス C-AF

Dscn8736とうとう1週間に1度の更新を飛ばしてしまった。特別、アクセス数を気にするようなブログではないのだが、やはり定期的に見てくれる方がいらっしゃるので申し訳ない。

正直ってちょっと夏バテなのだ。夜は寝れないし昼間は頭がはっきりしない。タイピングには大いに支障が出てイライラしてしまうな。それでも、今回は守れなかったが週一の更新は続けるつもりなので柔らかい目で見ていただきたい。

Image6本カメラはパッと見はコニカC35AF(ジャスピンコニカ)のそっくりさんである。しかし、実際にはかなりクレバーなAFユニットを搭載している。どうも、AFユニットはセイコーと共同開発だそうで、例の忌々しいハウネルのマークが存在しない。見てくればかりのミノルタハイマチックAFとは段違いのレスポンスである。

しかし、本カメラはオートボーイ(初代)よりも2年遅い登場なのだ。世代的にはオートボーイスーパーと同世代になる。オートボーイは早々にカメラの全自動化を完成に近い形で実現したから、やはり手回しの遅さが目立つ。せっかくのD.スイコーの写りも正当に評価されなかっただろう。

オリンパスは夏バテしていたわけではないが、XAシリーズの大成功で次の手を打つマインドの切り替えに失敗したとはいえるだろうな。

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