2018年11月10日 (土)

ペンタックス PC35AF

Dscn2312拙僧が生を受けた頃は勿論、カメラ市場のことなど知らなかった。拙僧が初めて手にしたカメラは母親から給与されたコニカC35EFである。いわゆる、「ピッカリコニカ」だ。これは拙僧がティーンエイジの頃に壊れてしまた。それは生産から20年以上も経過したのだが壊れても不思議はないのだが、拙僧が壊したと非難された。たしかに、そのピッカリコニカは現在のジャンク籠に200円とか500円とかで転がっていたわけではなく、給料(収入ではない)をかなり割いて買ったのだろうが、自分ではロクに使わず一時期拙僧が使っていただけで拙僧が壊したことになるのだ。こういう理不尽な非難は時には暴力となり、拙僧は親と決別することになる。

Image57本カメラが登場したのが1982年だから、拙僧が10歳くらいの頃だ。当時、全自動のAFコンパクトカメラはひとまず完成の域に達しようとしていたのだが、本カメラは「ペンタックスが送り出した一眼レフでないカメラ」である。つまり、それまで頑なに距離計連動機やビューファインダーレンズシャッター機を出していなかったペンタックスが、とうとうAFコンパクトカメラというジャンルに参戦せざるを得なかったのである。

本カメラは「巻き上げがノブ式」というユニークな特性を持つが、なかなか写りのいいカメラである。拙僧がピッカリコニカを使っていた頃には既に時代はAFコンパクトカメラになっていた。もっとも、成果初の量産AFコンパクトカメラであるコニカC35AF、つまりジャスピンコニカだって1977年の登場だから、カメラの進化は光のごとくであった。

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2018年11月 3日 (土)

バルダ CE35

Dscn1522TBSラジオの「アフターシックスジャンクション」で放送したライムスターの「宇多丸さん」の受け売りなのだが、拙僧も膝を打ったくだりがある。つまり、卒業式で歌い上げる「仰げば尊し」だ。あれは師に感謝するという歌なのだが、教師自らが自分たちを「仰げ」と強要するのって気持ち悪くないだろうか。拙僧の頃は体罰もイジメも無法治だったから「仰げば尊し」も教師からの相当なプレッシャーがあり、「気持ちがこもっていない」などと厳しい叱責があった。なんだよ、自分たちからって。そりゃ、拙僧だって感謝を抱く教師はいたが、それは拙僧が個人のペースでやるのが本筋だろう。なぜこのような横暴がまかり通ってしまうかといえば、「目上の方に対するお涙頂戴」という価値観の強要で、ライムスターの「宇多丸さん」の言葉を借りれば「プチファシズム」である。

Img695今なお少なからずの国で「ファシズム」といえばドイツの「なーちすのヒッテレー」とイタリアの「ムッソリーニ」そして残念ながら我が国である。思うに我が国がしくじってしまったのは「ヒッテレー」と手を組んじゃったからだな。それは、経済封鎖で参っていた我が国だが、ドイツとさえ手を組まなければ何とかなった。事実として戦前のドイツは蒋介石と密接で露骨に支援していた。今でもフリッツヘルムとドイツ軍装備の蒋介石軍の写真は多く見ることができる。

戦後、ドイツの工業製品は安くて信頼性の高い日本製品に圧倒されてしまうのだが、はっきりいってドイツ人は日本人が嫌いだ。ルフトハンザに出も乗れば露骨に嫌がらせをされる。ドイツ信仰の日本人は多いが、そういうのは心したほうがいいだろう。

本カメラは生まれはドイツのバルダだが、生産設備を中国が買い取り、中国で生産したものである。中国といえば日本の生産設備を盗むように手に入れコピー製品を作ったのは有名だがドイツ人には金を払ったようだ。この辺でもドイツと中国の関係性を思わせるな。

もっとも、政治的な思惑とは全く関係なく、本カメラは軽くてコンパクトでよく写るカメラだ。ミノックス35シリーズによく似ているが、その辺のくだりはコンテンツに譲りたい。

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2018年10月27日 (土)

リコー オートショット

Dscn3237TVやラジオの秋の改変期である。個人的にはTBSが野球放送を放棄してもポップカルチャーを発信する「アフターシックスジャンクション」が継続して嬉しい。もっとも、「野球は好きではないがAMラジオが好きだ」という理由でTBSラジオを聞いていた方々が文化放送やにっぽん放送に戻るかもしれないからな。これは「当事者意識」を持って宇多丸さんを支えたいところだ。

最近はめっきりTVを観ないのだが、TVも秋の改変期である。それで「警視庁24時」とか楽しみなのだが、最近見無くなったジャンルに「懐かしのアニメ」がある。「NG・ハプニング集」も無いなあ。「懐かしのアニメ」が編成できないのはなんとなくわかる。恐らく版権意識が無かった頃のアニメはソースがあっても放送が難しいのだろう。版権の厳しいモノもそれなりに難しいだろう。思うにもっとも厳しいのは「プロット(話の枠組み)もさることながらタイトルだけでも放送に堪えない単語が使われている」というのがあるのではないだろうか。例えば「みなしごハッチ」である。拙僧が幼稚園児の頃、毎日再放送を見て涙を流してからでないと幼稚園に出頭できなかったアニメだ。後年、「みなしご」という単語が「(戦災で)家族がみんな死んだ子)」という意味だと知ったのだが、なかなか放送が難しい単語ではないだろうか。

Img142本カメラはハーフ判カメラのオートハーフのプロットを継承してライカ判カメラとしたものである。似たようなコンセプトであるオリンパスのトリップ35と比べるとトリップ35の素っ気ない所が目立つ。トリップ35はベースのペンEEシリーズと同様、極めてシンプルな構造が特徴的である。

一方で本カメラはオートハーフの手のかかった部分も継承しているが安く手っ取り早く済ませた部分も継承している。

ゼンマイ式巻き上げというプロットのプロパティも現在ではアンティークだが、そのアンティークさがレトロフューチャーだったりスチームパンク風だったりして魅力的なカメラである。ちゃんと動けば。

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2018年9月23日 (日)

ヤシカ ヤシノンDS50mmF1.7

Dscn2698ああ、コンテンツは作ったのにブログを更新するのを忘れていました。取り急ぎなので短いブログになりますがご了承ください。

Imagey22ヤシカの技術と言うのはレンズ先行と言う気がしてきました。本カメラはヤシカTLエレクトロに付属していたらしい。どうも富岡光学生と言う噂もあって、そうだったら嬉しいなろいう感じだ、写り具合はメリハリがあって実に好ましい

しかし、ヤシカTLエレクトロというのは決して褒められたものではない。その前のヤシカJシリーズはまず壊れているような代物だ。どういう訳かヤシカの一眼レフカメラはボディに恵まれなかった。本レンズはプラクチカマウントのレンズなのでペンタックスのカメラにでもつければパフォーマンスを発揮できるが、ヤシカのボディの信頼性の低さはヤシコン時代になっても重くのしかかるのだ。

前回がヤシカスナップという底辺のカメラだったので、今回は一眼レフカメラのレンズを楽しんでいただきたい。

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2018年9月 8日 (土)

ヤシカ スナップ

Dscn1724拙僧はmixiの住人だ。何を今さらと思われるかもしれないが、拙僧は結構保守的な上に基本的にはコンピュータ的なパーソナリティが嫌いなのでレイトマジョリティの中でも後ろの方にいる。ツイッターだのインスタグラムだののスピード感は疲れそうなのでmixiと極めて狭いLINEのグループチャットで精一杯である。

そんなmixiだが、SNSらしくネットゲームを供給している。そういうのが画面上に広告として出るのだが、拙僧は無視である。ところが、危なく接触事故を起こしそうになったのがゲームがあった。舞台がスタートレックなのである。なんで?という疑問もあるのだが、拙僧はスターウォーズよりも遥かにスタートレックなので無視できなかった。結局、始めないうちに広告は消えたのだが、あれは一時的なゲームだったのだろうか。拙僧ははまり込んでしまうタイプなのでコンピュータゲームはやらないことにしているのだが、スタートレックは危なかったなあ。

Image39それにしても何故スタートレックという疑問は残る。「パテントがスターウォーズよりもはるかに安いから」という夢の無い事実が浮き上がるが、それにしてもスタートレックファンにしては、ちょっといい気分だ。

カールツアイスの配下であるカメラメーカーのツアイスイコンは1971年に日本製の優秀で廉価なカメラに敗北してカメラ製造から撤退した。カメラメーカーがカメラ部門から撤退したらツアイスイコンは何をしていたのだかよく分からないのだが、21世紀になってコシナがブランドを買ったからカールツアイスが安売りせずに取っておいたのだろう。フォクトレンダーブランドはコシナの他にも韓国人に安売りしている。カメラ製造をやめてしまってもカールツアイスのレンズ製造は健全だったし供給先を探していた。無論、ツアイスというだけで頭の中に「ああ、女神さま」が浮かんでしまう幸せな方も多かったから需要はあった。そこで選んだのがヤシカなのである。拙僧がカメラ人民として解放されたころには既にヤシカは京セラのブランドの一つであった。なので、あまり実感はないのだがヤシカというと高級感に欠けたカメラメーカーだったらしい。確かにライカ型Lマウント距離計連動機にはシリーズが少ないし、プラクチカマウントの一眼レフカメラは必ず壊れている。ヤシカが喉から手が出るほど欲しかった高級ブランドのツアイスが手に入ったのは幸運だったのだろうが、時すでに遅しヤシカの体力はそれを展開し維持するには至らなかったようだ。ひょっとしたらツアイスのコンタックスブランドのパテントが高くてヤシカの運営を圧迫したのかもしれない。

ヤシカがツアイスのブランドを手にしたのが1974年である。本カメラの登場は1978年だが3枚玉のレンズとはいえトリオターの名を冠しているわけでもない。しかし、本カメラのような身近な友がヤシカにふさわしく、それは名誉なことだと思うな。

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2018年8月 3日 (金)

フジカ ST701

Dscn2104一時期ほどではないが、穏やかな暖かさでフィルムカメラのムーブメントは続いているようだ。なんでもアクロスの再販運動のようなことも起こっているらしく、できれば参戦したいところだが、既に虚無感の方が多い。

販売終了の延期はシングル8でもあったので、満更可能性がないわけではないだろう。

Dscn2107ムーブメントとは言っても旧世紀のクラシックカメラムーブメントと違うのは、あの頃はいかに他人と違うコーディネーションであるかを競っていた。ライカに8枚玉ズミクロンの方もいらっしゃったが、拙僧には関係の無い話で、もっぱら中古カメラ市で戦いになるのは聞いたことが無いブランドのプラクチカマウントのレンズだったりしたのだが、モダンな戦争を行う方々はジャンクですらスマートフォンで相場を見るのだ。だからという訳ではないのだが、値が上がっているのは特定のブランド、特定のモデルのみである。

そいう意味で、本カメラはブランドとしては忘れられているだろうな。

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2018年7月14日 (土)

ミノルタ レポ(後期型)

Dscn2874関東圏以外の方には申し訳ないのだがTBSラジオの話である。拙僧も下京している身分なのだが、ありがたいことに現在はインターネットラジオが聞けるのだ。なのでラジコプレミアムでもっぱら関東圏のAMラジオを聞いている。すっかりTVは見なくなったな。

今年度から始まった「アフターシックス・ジャンクション」が好評のようで嬉しいのだ。というのは、18時台のAMはこの時期になると軒並み野球中継になってしまう。拙僧はTVニュースでも野球の話になるとチャンネルを変えてしまうタイプなので辛かった。今更、J-WAVEの「GROOVE LINE」のピストン西沢さんのライブDJは年齢的にキツイ。そういう意味では「アフターシックス・ジャンクション」のライムスター宇多丸さんだってラップシンガーなのだが、その軽妙な語り口とマニアックな話題が、ほんのり深夜の香りがしてとてもいい具合なのだ。実際、前期まで宇多丸さんは深夜枠を持っていらっしゃったしな。

Image66TBSとしてもAMラジオながら野球枠を放り投げるのは思いきった判断だっただろう。今はFMでも聞けるとかそういう問題ではない。

本カメラは標準的なハーフ判カメラである。写りはかなりいい方だろう。しかし、思いっきりの悪さを感じざるを得ない。固定焦点(パンフォーカス)なのに露出はマニアルとか煮え切らない感じがする。オリンパスのペンEEシリーズが大成功したのは自動露出(AE)の簡便さが受けらのだろう。一方でペンDのようなアッパーフォロワーが望むフォーカシングの機能はない。

これは推測なのだが、ミノルタが本気を出したかったのはミノルチナPではないかと思う。レポはそのスタイリングの没個性的な面からしてもバタバタと作られた気がするな。

カメラとしての写りがいい分惜しい話だ。

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2018年7月 7日 (土)

バルダ ポンティナ(戦前)

Dscn0460実は6月に名古屋中古カメラ市が勃発したのだが、拙僧は参戦しなかった。何故かというと忘れていたからだ。いや、正確には忘れていはいなかったんだけど前日の深夜に上海から便が延滞し、駐屯地にたどり着いたのが中古カメラ市の初日だったのだ。睡眠に至るまでは中古カメラ市のことも覚えていたのだけど時計の針は早朝3時を超えていたし、忘れてしまってもいいやと思ったのだ。

それで二日目に戦場に参上したのだけど、無論、そこはぺんぺん草も生えていないような荒地と化していた。

Image3それで中古カメラ市で何も買わなかったかというとそうでもないのだが、あえて報告するようなものはないのだ。むしろ買ったのは名古屋キタムラ買い取りセンターで10%オフで売っていたアクロスである。ライカ判も120判も10%オフで拙僧はフォトカルチャー会員だから20%オフなのだ。なので店内に吊るしてある分は全て買った。

実は、明くる週の月曜日にも名古屋に行く機会があった。委託で出してていたホースマンプレス970とトプコール10.5cmF3.5とトプコール90mm5.6、それに6x7フィルムバックと6x9フィルムバックのセットが売れたのだ。売買値は伏せるとして手に入ったのは9000円にも満たない。何だか悲しいが、買い取り価格は1500円だったから投げ売りである。

本カメラは戦争を生き残ったカメラである。実際に撮影してみたがごく一部のカットで光線漏れが確認できただけでそれなりに写った。しかし、これの買い取り価格は想像もしたくないな。

デニムを着た戦前の中堅クラスの目測フォールティングカメラは手に入れた時と似たような価格帯で旅立って行った。拙僧にしても、120判フィルムを使うのはかなり限定的で、買い手がいるうちに処分しないとな。

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2018年6月 2日 (土)

フジカ GER

Dscn9103三河に身をやつしてから15年くらいたつのだが、それなりに住めば都になっている。東京に比べると渋滞は少ないし、いい感じの単車屋やロードスター屋、魚屋などが見つかってインフラも充実してきた。しかし、無いモノは無いのである。例えは「てん屋」が無い。お蔭で天丼の食事率は壊滅的である。スーパーの天丼弁当ではだめなのだ。かといって帰郷してまで食べるものではないのだが、次回に中古カメラ市場にでも行ったときにてん屋で食べようかなあ。

Fujicager514本カメラは実質的にコニカC35のムーブメントにぶつけたキラーサテライトである。なかなか重厚なスタイリングだが、本来はカジュアルなプログラムAE専用コンパクトカメラだ。その辺のスタイリングのちぐはぐ感がフジカらしくて好ましい。

ジャンク籠でも珍しい存在ではないので、それなりに売れたのだろうが、本カメラの登場の2年後。世界初の実用フラッシュ内蔵コンパクトカメラのコニカC35EFが登場し、市場を席捲する。

本カメラもフラッシュマチックになっているが外付けと内蔵では大違いだ。無いモノは無いのである。

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2018年5月12日 (土)

BeLOMO チャイカ2M

Dscn4087先日、珍しく最近の日本カメラを中古で買ったのだ。教えてもらうような写真を撮っていないし、デジカメのニューフェイスなんて興味が無いからな。それで驚いたのが薄くなっている。確かにミノルタやコンタックスなどカメラ供給メーカーが減っているので記事や広告が少なくなっているのだろう。

しかし、顕著に少なくなっているのはショップ系の広告だ。要するに中古カメラ屋が激減しているのだろう。1ページ全面を使った中古カメラ・レンズ相場表なんて無かったんじゃないかなあ。実際、興味のある記事は殆ど無くて捨てちゃったんだけど。

Chaika2m782何かにつけて西側のコピーだったりするソビエト製カメラや工業品だが、本カメラはオリジナルなんじゃないかな。つまりロシア人が自分の頭で考えたギミックで構成しているのだ。本カメラの産地はベラルーシのミンスクだが、ソビエト当時の事だから設計はモスクワの設計局で生産をBeLOMOが行っていたのかもしれない。何しろシリーズで200万台以上生産されたらしいから、BeLOMOのみならず複数の工場で生産していたのだろう。もしかしたら、製造番号でどの工場で生産していたか分かるかもしれないが、そんなマニアは本カメラに注目しないだろうな。

本カメラはソビエトカメラらしく写るときは中々のスパシーバだが、ダメな時はニェット(ノー、ネガティブ)野郎である。

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